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宮古ベースの活動報告(抜粋)

抜粋になりますが、宮古ベースの様子を掲載しております。



◆ボランティアの参加者が激減しています。
◆ボランティアのご協力を頂ける方は、先ずは、ご登録を。ご協力お願いします。


          「ボランティア募集概要」 
    「ボランティア申込・登録用紙」



2014年9月29日(月)~10月5日(日)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・河南、清寿荘、崎山、実田、上村、板屋、鍬ヶ崎小の仮設住宅

河南では、訪問すると12人の方がお見えになりコーヒー出しは大忙しでした。手作りのおしること、パウンドケーキを食べて頂きました。皆さんでカラオケを使っての唱歌を歌たり、折り紙、ゲームなどをして楽しんで頂きました。野幌教会から提供された丹前を25セットお届けしました。自治会長さんが希望者に抽選で配布されるとの事、大変感謝されました。

清寿荘では、テッシュのカバーを作る端布を持参しましたら皆さんで相談しながら分けておりました。盛岡財務事務所から3人の方が見えて最近、振込み詐欺への注意喚起でした。午後から身体が不自由な老人男性がこられ、足湯をして上げると大変喜んで頂き、仮設に戻ってからわざわざ栗をもって来てくれました。

崎山では、2匹の柴犬がいつもの様に迎えてくれた。最近はおもてなしを受ける事が多くなって来た。うどんとおにぎりを持参したがドウナツを作って来てくれました。足湯効果で効能が沢山出ています。(足のしびれが和らいだ)(冷えが治った)(便秘が治った)(今夜はグッスリ眠れそうだ)一番の効能は心の扉を開いて語ってくれる事です。

実田では、拾ってきたという方が茹でたての栗を持参してくれました。食べながら雑談、ご主人を亡くした婦人が宮古では1年目48本、2年目88本、3年目には108本のろうそくと線香を家の前に供え、松の木でたき火をして死者を迎える(迎え火)習慣があると話された。トマトを取られないようにカラスとの戦いの様子を話され、「私の勝ち」と大笑いされたことも。

上村では、管理している方がカリタスさんが来るので事前に掃除をしたとの事、集会室が大変きれいになっていました。話題は自宅を再建したいが大工さんが多忙でなかなか地鎮祭が出来ないという。その他、健康の話が多かった。お昼はそれぞれが持ち寄ったおにぎり、さんまの煮つけ、味噌汁など持って来て頂いたのを皆さんで語らいながら、頂きました。

板屋では、復興住宅の抽選になかなか当たらない為に市議会議員さんに来て頂き説明を受けておられた。集会室に来た方が(カリタスさん美味いものくわせてくれるのか)という。何もありませんが、おにぎりと漬物をお持ちしましたので一緒に頂きませんかと伝えた。(なんだキリストさんはみんなに分けへだてなく作ってくわせんでないか?)と言われる。 部屋の空気が一瞬に緊張したが、ある方が、大丈夫、私が赤飯の栗ごはんを作って来たので一緒にたべましょうと持って来て下さった。早速皆さんに配り食べた。しかし食べきれずに余ってしまった。マルコ6章の5つのパンと2匹の魚の事を思い出した。

鍬ヶ崎小では、 朝方社協から連絡があり藤原は今日どなたもこられないので、鍬ヶ崎でイベントがあり午後からカフェをして頂けますかとの連絡があった。急きょ変更し、カリタスの旗を揚げて待ちました。カリタスさんが来ているのだといって来られた方もいました。有難い事です。午後に13名がこられましたが、こちらは一人の為準備に時間がかかり待たせる事となり大変申し訳けなく思いました。


2014年9月22日(月)~9月28日(日)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・中里、近内、なかよし公園、荷竹、西ケ丘、板屋、あゆみ公園の仮設住宅

中里では、1年前に仮設を出て借家住まいをしている方が一番乗り。一人でいる淋しさを訴えられ、何かある度にここへ来ているが、初めのうちは住人でないのにと言われ落ち込んだこともあったと話された。手芸をしていた皆さんだが、「今年は何もしないの」とのこと。今日も昼はじゃがバターで、こんな食べ方は初めてと言われる方が多く、喜んで頂けた。

近内では、元気一杯だった子供は中学生になりサッカー部活とのこと、会えずに残念。昼近くに、6月に復興公営住宅へ移った方が来られ、じゃがバターを一緒に食べて帰られた。彼岸でもあり、仮設住宅はシンとしており午後の来客はありませんでした。

なかよし公園では、「われが一番乗りだすがね」と話しながら入ってこられた。自宅を新築したが、地震が来て高台へ避難してからまもなく、津波第1波が来た。波が引き波になったが家は残っていた。第2波が来た。その時、家が波にのまれ渦を巻きながら流されていった。あの光景は一生わすれられない。家の新築はあきらめましたと淋しくはなしてくれました。

荷竹では、常連のみなさんが手芸をはじめた。バザーで販売するので1万円分の手芸品の購入を申し込んだら、早速その作品の制作に取り掛かっていました。匠みに針を使って縫っていたが、縫い目を見ている感じがない。手の感触で縫っているのだ。その技に感心して見とれていた。その手先にタコが出来ていました。

西ケ丘では、昨夜作ったバナナパウンドなどを持参した。いつもの話で大笑い。しゃべれば、しゃべったとしゃべられるし、しゃべんねばしゃべんねとしゃべられるし、そんなら、どうせしゃべられんだったら、しゃべんないよりはしゃべった方が、いいんべさア ああア~ すごししゃべり過ぎたんべかア。手を振って見送って下さいました。

板屋では、宮古市の高校の先生がボランテイアの体験研修にこられました。まもなくあるお母さん来られ、自宅が山田町で被災し仕事の関係で宮古の仮設へ入居したが、宮古市民優先で、復興住宅がなかなか当たらないという。話題が息子さんの話になり、メールをしても返事がなかなか来ないという。会話に中で、研修員の先生が担任の先生とわかり、びっくり。正座をしてあわててご挨拶をされていました。

あゆみ公園では、午前中ミサに預かってからあゆみ公園へ向う。今日は敬老会があり、お年寄りが少ないですよとの事。それでも乳幼児が3人、よちよち歩きが出来るようになって、おばあちゃん、おかあさんと賑やかな集会室となりました。


2014年9月15日(月)~9月21日(日)

<TOPICS>
■2か月ぶりに訪れた世話人は、宮古の変わりように少々驚いた様子です。区画整理が始まり、道路がつけ変わったり、新たな生コンのプラントが出来たりと復興の歩みを感じたそうです。
■6月に来たボランティアの方からたくさん送って頂いたジャガイモを茹でてバターを乗せて食べる”じゃがバター”はどこでも大変喜ばれました。宿舎のご近所にもおすそ分けできました。感謝します。


⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・児童相談所、田鎖、高浜、清寿荘、鍬ヶ崎、二中、浄土ヶ浜の仮設住宅

児童相談所では、住人のお二人が台所で、たちどころに栗おこわ・八宝菜・菊の酢の物を作り、漬け物、ゴーヤチャンプルーも出て13人で会食。とても美味しく頂きました。その後、食べ物の話からキノコ、栗、山菜採りに発展。聞いたことのない山菜の話も興味深かくお聞きしました。復興公営住宅については希望通りに当選した方、そうでなかった方があり、微妙な感情のずれがあるとのこともささやかれました。

田鎖では、以前、別の仮設に居られた方に電話してお誘いし、皆でじゃがバターを食べました。午後から20歳前のボランティアが加わり2歳児は大喜び。午後にはさらに3人の方が用事を済ませて来られ、ボランティアと久振りの再会。ここでも希望の公営住宅に当選した方、別の所に再申し込みされた方と様々なようでした。

高浜では、仮設から復興市営住宅へ移られた方2人が待っておられ、その後住民も集まられた。研修医も参加し、病気の事や医師の心無い言葉に傷ついたことなどが話され「そんな医者にならないでね」と諭されていた。4歳児は久しぶりのボランティアにまとわりつく様に遊び相手を求め、皆の笑いを誘っていました。小座布団(山鼻教会作)8枚を差し上げたところ大変喜ばれました。昼食代りのじゃがバターも。

清寿荘では、皆さん次々と途切れることなくお話しされるが、初めてのボランティアには聞き取りにくい。手芸の中心だった方は10月に仮設を出るとのことで、作品作りは先細りの様子。残っているものの一部を札幌のバザー用に買い取らせて頂き、喜ばれた。いつもの“おじいさん”もコーヒーを飲み、肩もみを受けて帰られた。じゃがバターは歓声を受けた。

鍬ヶ崎小では、鍬ヶ崎地区の区画整理が始まり、町の風景が変わっていくことが話題になりました。いつものメンバーで談笑。手揉みが好評で、声をかけられた方が午後遅くに来られ、満足して帰られた。ジャガイモはお持ち頂いた。アンサンブルグループが来ることをお伝えしたが、会場までの送迎が必要とのこと。社協と協議することにしました。

2中では、一気に13人が来られ、コーヒーやお茶出しに追われました。2人から4人程の単位で大声での会話が続いており、 お話の輪に入るのも大変だった。イモを茹でることをお伝えし、出来上がりまでの間はSさんのリードで、皆で懐かしの歌を大声で歌った。復興・街づくりに対する意見などもお聴きした。さをり織りに取り組んでおられるが、織り機が少ないため遅々として進まないとのことでした。

浄土ヶ浜では、午後からのスタート。さをり織りは普段火曜が休みとのことだが、今日は皆さん自主的に休みとのことで、談話室で過ごされた。お二人は浄土ヶ浜で行われた”さんま祭り“の帰りとのこと、さんまの水揚げの事が話題になりました。10月には3か所ほどに作品を出展・販売する由、忙しそうでした。


2014年9月8日(月)~9月14日(日)

⇒今週のボランティアは1名から6名
⇒移動カフェ・・・西ケ丘、あゆみ、荷竹、きれまち、白浜、わかば公園、藤原の仮設住宅

西ケ丘では、明るい皆さんが多く笑いがたえなく被災地だということを忘れそうになってしまいます。巡回中の警察官3名を含め、みなで送っていただいた新じゃがいもをお昼がわりに頂きました。ここでも皆さんこれから離れ離れになるということで、会長さんは是非年に1回は会う機会を持ちたいとおっしゃっていました。

⇒あゆみ公園では、新じゃがを持参していることを告げたら、是非食べたいとのことで早速ゆでました。1歳の子も一緒になり、ボランティアの女子学生と楽しそうに遊んでいました。ようやく歩けるようになり集会室は格好の安全な遊び場のようでした。

⇒荷竹では、オープン直後、地鳴りのような音が少ししたかと思うとまもなく地震がありました。震源は岩手県沖で宮古は震度3でした。見えた方々もそれほど気にすることなくコーヒーをのみいつものようにストラップ作りを始めました。おみやげにジャガイモを持って行っていただきました。

⇒きれまちでは、ボランティアがいなく一人での活動となりました。幸か不幸か来訪者も少かったです。学生ボランティアが来ているかもという事でお昼のおにぎりを持参してくださっていまし。いつもの年配に方は病院に行ったとのことでした。

⇒白浜では、早速コーヒーをフル回転でおとし、飲んでいただきました。ここはほとんどが同じ地域の人々のせいか皆さん和やかに話が弾んでいました。時期的なこともあり敬老会の食事の事について昨年の話と今年はどうなのかという事で楽しみにしているようでした。

⇒わかば公園では、我々の佐原宿舎と同じ地区にある11世帯の小さな仮設。退去した1世帯の部屋を談話室替りにしています。以前は2中の集会室にイベントのある時は行っていたそうです。集まった皆さんはすぐ近くで建築の始った佐原の県営住宅に入る事が決まっているそうで入居を楽しみにしているようでした。

⇒藤原では、前日に社協より電話があり、いつもの方々より明日は用事が出来て行く事が出来ないのでカフェをキャンセルしてほしいと伝言を受けたとのことでしたが、オープンは午後からなので取りあえず行きますと返事をしました。案の定誰もみえなく終了となりました。


2014年9月1日(月)~9月7日(日)

<TOPICS>
■7日の日曜日には第19回みやこわくわく(和来輪来)まつりが開催。晴天のもとの開催で、札幌カリタスも実行委員の一団体としてジンギスカンを提供しました。盛岡の志家教会や宮古教会の信徒の皆さんの御手伝いを頂き、午後1時には200食完売しました。皆さんに喜んで頂けたら嬉しいです。


⇒今週のボランティアは2名から7名
⇒移動カフェ・・・愛宕小、崎山、実田、赤前、上村の仮設住宅

愛宕小では、男性の方も交え、皆で昔の話を語り合いました。よく話して、笑い、とても楽しい時間を過ごしました。昼はソーメンをゆでて皆さんと一緒にたべました。年齢差がある人同士でも皆さん協力し、コミュニケーションをよくとりあいながら過ごしている様子でした。

崎山では、会話も聞こえないほどの強い雨が降り、皆さん家に帰る事ができなくテントの下でやむのを待つ状態でした。午後からは仮設の周りを歩いて、家の軒先で花を世話している人とお話しをしました。待つだけではなく一歩踏みだしてみるのも良いと思いました。

実田では、仮設を出られた方が自分の畑でとれた枝豆をもってきてくれました。早速ゆでてそのあとは枝豆とお茶で話がとぎれることなく、天気やペット、野菜の値段、ご家族の話などであっ言う間に時間がすぎました。

赤前は、ここはいつも多くの方が見えコーヒーはフル回転ですが、今日はお茶が欲しいという方がいてスムーズに提供できました。12名といつもより少ないと思いましたが、聞きますと11月にはこのうち5名が公営住宅に移るということで、良かったという反面、もう会えないというさびしい気持と複雑な状況と言われていました。

⇒上村では、仮設住宅で暮らす苦労や不安、つらさについて被災者の方の生の声を聞くことができました。特に、震災で家がなくなりローンだけが残り、「天国からローンを払い続けないとならない」など笑いながら話していました。今もなお先が見えずに暮らしている方はたくさんいるのだなと改めて痛感しました。



2014年8月25日(月)~8月31日(日)

<TOPICS>
■今週は学生ボランティアが多く、仮設の方々に喜ばれました。
■北海道からのボランティア派遣の空白期間には宮古教会の信徒方の応援を受けました。ご協力に感謝です。


⇒今週のボランティアは、2名から7名
⇒移動カフェ・・・田鎖、高浜、なかよし公園、清寿荘、鍬ヶ崎、二中、河南の仮設住宅

田鎖では、誰もみえないので案内に回りましたが、殆どの方が働きに出ておられる様子。アイドル赤ちゃんが人気のまとです。スイカ、お好み焼きを差し入れて下さり、蕎麦を含め豪華昼食となりました。話題は復興公営住宅予定地の事でした。土砂災害の後なので何処が危ないとか抽選に外れた方が心のゆれを話されました。珍しく男性4名来所。

高浜では、今日はFMラジオみやこハーバーの開局1周年記念日で、高浜仮設より生中継がありました。住民の方へのインタビューやカリタスカフェの紹介もありました。(ボランティアも出演)午後から大学生に押し花教室を開いて下さり、熱中しました。

なかよし公園では、広島の土砂災害の話になり皆さん宮古の津波と比較しておられ、広島の方が状況が悪い、自分達の方が恵まれていると話され、3・11の事を思い出されて当時の辛い体験を話されていました。宮古教会の信徒の方に手伝って頂きました。

清寿荘では、ここでも広島の土砂災害の話になり、おのずと3・11にバックしていきます。宮古教会からのボランティアの方が同じ被災者どうしとわかり親近感も増して話が弾んでおられました。自分が所有し流された漁船の写真を見せてくださいました。

鍬ヶ崎小学校では、午後は愛宕小で太鼓の演奏が有るので午前見えた方は揃って聴きに行かれた。何処でも同じ話題になりますが広島の土砂災害から3・11に戻ります。今日は大学生4名が加わりましたので鍬ヶ崎の津波の様子を詳しく話して伝えて下さった。復興支援住宅の抽選に外れた方もおられ、次の申し込みの予定が立たないと話された。学生さんと話したり、会ったりすることで心が落ち着く。今夜はぐっすり眠れそうと話された。

2中では、10時過ぎから次々と見えアッと言う間に18名になり広いスペースも一杯になりました。個人的な話はなく近況など楽しそうに話されていた。震災は辛かったが、こんな多く知り合いが出来るとは、明るく前向きになれたと話された。

河南では、急遽10時からのオープンにしていただき、旗を立てると次から次ぎに見えました。例の如く2テーブルに別れ、間にボランティアが入り、和やかな雰囲気。子ども5人来て大学生が遊び相手になりゲームや散歩のお付き合いなどで学生はクタクタに!?。地元の方同志で話されるとやはり方言が理解できません。昼食にシスターがソーメンを作って皆一緒に頂きました。


2014年8月18日(月)~8月24日(日)

<TOPICS>
■先週はお盆で里帰りの方々がいらっしゃっているので、例年通りにボランティア活動をお休みしました。
■広島の土砂災害がありましたので、3・11の当時のことをを思い出される方もおられたようです。


⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・西ケ丘、赤前、きれまち、児童相談所、若葉公園、板屋、浄土ヶ浜の仮設住宅

西ケ丘は、当日北海道から直行のため、八戸港4時45分に到着 宮古市の佐原に8時、西が丘仮設に9時半に到着しました 社協よりの案内が午後1時なっていましたので、早めに到着したためKさんが驚いて皆さんを誘って下さり、大人12名、子供3名が来館なさいました。手打ち蕎麦は少し小盛となりましたが皆さんでいただきました。今日はNHKの大河ドラマの話題となり黒田官兵衛が洗礼を受けた事など歴史の勉強でした。皆さんが面白おかしく話されて大笑いの1日でした。持参した紳士ズボン、靴等受け取ってもらいました。

⇒赤前では、朝から暑さが厳しく、アイスコーヒーを所望される方が多かったです。ここの方は以前からの知り合いの方が多いらしく90歳を越えた方をいたわっておられ微笑ましく感じました。赤前に出来る復興公営住宅は不便でここの方は入らないと話されていました。大勢見えたので、コーヒー、蕎麦と忙し。仮設は狭く暑いので、ここが良いと3時まで静かに食べて、静かに話して帰られました。紳士下着受け取ってもらいました。

⇒きれまちでは、今日もうだるような暑さです。Hさん夫妻が大きなスイカをさげてきました。盆明けは女子大生が沢山来ると聞いていたので食べさせようと張り切っていらっしゃいました。ボランティア二人とも年寄りですみませんとあやまったしだいです 94歳のおばあさんと5人。平均年齢78歳。毎回お会いしている方なのでとりたてて話もなく手芸品の話が殆どでした。明日から来る学生の為にとスイカ半分頂いて帰ってきました。蕎麦は余りお持ち帰りいただきました

⇒児童相談所では、今朝は一転して、朝から音が聞こえる程の雨です。車への積み込み、積み下ろしには合羽をきました。雨で来館者がいるか心配しましたが11名が見えました。沖縄から贈られたゴーヤの種を蒔いたら大収穫で食べきれないと持ってこられました。昼食にいただき、蕎麦とボリュームたっぷりの昼食で昼寝をしたいとはなされていました。宮古市で復興道路の工事も多く行われていますが、県と市がかなりの土地を買収していますので、そのおかげか成金が増え、あの人、この人もと羨ましそうな話しでした。復興住宅は抽選に恵まれ8人が希望の所に入れるそうです。完成は来年秋以降でまだ先の話です。2名の方が外れ残念がっておられました。 

⇒若葉公園は、全戸8軒の小さな仮設です。1戸が空き家となり住民の方が自主運営されています。ヤカン、コップも無い所なので全て持って行きました。近日中に社協とカリタスが協力して備品を揃えたいと思います。第1回のイベントにカリタスをあてて下さいました。6名が見えました。2中にいつも来る方が1名おられました。蕎麦を皆で美味しく頂きました どうしても来られない方6名に出前して喜ばれました。午後からボランティア初めてのF大生に鍬ヶ崎の3,11とその後の生活ぶりを話され、心のキズが癒されないのを感じました。広島の土砂災害とどちらが苦しいかと話され、家族、家を亡くされた方は同じではないでしょうか、としかお答できませんでした。きょう来られた方は復興公営住宅等に行先は決まったと話されていました

⇒板屋では、11時を過ぎても誰も見えないので、各戸に案内にいきました。現在16軒が入居されているそうですが在宅は7軒でした。1軒はカリタスには行きたいが人間関係でどうしても行けないと話されていました。5名が見え、逆にF大生に感謝とねぎらいを頂きました。猛暑で冷たい蕎麦を喜んで頂きました。来られない方に出前をしました。午後からは復興住宅の第一希望に外れた方がキャンセル待ちで、次の所えは申し込まないと話されていました今回の広島の土砂災害を目の当たりにして、宮古の山を削ったり、土盛をしている復興住宅の候補地の事を心配されていました。3,11直後の話も大分なさっていました公園内の草むしり、枝切りをされている2人にアイスコーヒーの出前をしました。暑いので談話室に入って頂く様に進めましたが叶いませんでした。

⇒浄土ヶ浜では、今日は宮古教会でミサが無いので、社協を通して午後1時から開始のを午前10時に変更して頂きましたわくわく祭りと盛岡の展示会に出す商品が不足気味で製品作りに追われていらっしゃいました。コーヒータイムも取らずにひたすら手作業。昼前から13時まで蕎麦昼食とティタイムでした。子供が遊びに来たので親もこられ さおり織をされていない家族もみえて大人数となりました。午後から来ていれば何の役にも立たず午前から来て良かったと思いました。F大生は話す機会が少なく気の毒でしたが。


2014年8月4日(日)~8月10日(日)

<TOPICS>
■暑い日が続き、仮設の方々は屋外の木陰で涼んで話をされている方が良く見かけます。集会室ののカフェがオープを待って来られる方が多くなりました。
■宮古教会の改修工事が9月上旬の完成を目指して進められています。完成が楽しみです。


⇒今週のボランティアは3名から7名
⇒移動カフェ・・・愛宕小、崎山、荷竹、実田、白浜、あゆみ公園、藤原の仮設住宅

愛宕小では、朝から暑い日となり、集会室に入ってこられかき氷を希望される方が多かった。三人の子供を連れてきた母親が、かき氷を食べて涼しくなって気持ちが良いと喜ばれていました。午後から復興住宅の抽選会があり皆さんお出かけになった。良い場所は競争率も高い状況にある。ご高齢の方は、郊外の住宅では車の運転も出来ないので生活が難しいと話されていた。

崎山では、気温35度。「とにかく暑いね」が挨拶替わりになっています。かき氷りの氷を購入に走り廻りました。ご婦人がボランテイア人数を確認してから生うにを持って来て下さいました。「いつもコーヒーをご馳走なっていますのでほんの気持」と名前をつげずに帰られた。また他にきゅうりにみそをつけてお持ち頂いた。やさしい心使いに心も熱くなって美味しく頂きました。

荷竹では、先日、バザーの為の作品を提供して頂いた事への感謝を申し上げました。猛烈に暑さの中、飲食しながらも手を休める事なく、黙々と作品作りを続けておられました。3人の神学生はマスコット人形をプレゼントされていました。共同作業を通して仲間同士の心の交流を進めておられる様子でした。

実田では、東日本大.震災の時に誕生した子どもが来てくれました。学生らと元気一杯に走り廻っていました。また、震災時の津波のことを生々しく話をしてくださった。兄弟3人車で逃げようと車に乗った途端に津波に呑み込まれジェットコースタの様に車を持ち上げられたこと。2人はドアが外れて外へ投げだされて津波に流されて行ったこと。自分は自動販売機の上に車が乗り、ハンドルを握っていたので救われたこと・・・。

白浜では、元小学校の給食室を利用した広い集会室に迎えてくれました。白浜では小学校が閉鎖されて赤前までスクールバスで通っています。この地域でも子どもがいなく、若い人達が盛岡や関東方面へ行ってしまい津波や地震でますます限界集落になる不安と復興住宅で仲間がバラバラになる不安を語ってくれました。

あゆみ公園では、3歳の子どもとお婆ちゃんがこられました。母親が生活の為に働いているので、コミニュケーションが少なく初めは人見知りをしていましたが、その内に皆さんに抱かれて、はしゃいでいました。交流の大切さを感じました。今日は長崎の原爆記念日で、皆さんと一緒に11時2分に平和を願い黙とうを奉げました。宮古の防災無線で鐘の音を流していました。

藤原では、前回のカフェでジンギスカンを作ってご馳走してくれて美味しかったと御礼を頂きました。今回学生達が始めて宮古へ来た事を話すと東日本震災の時の津波の状況を話してくれました。いつも来られる方が忙しかったのかお見えになりませんでした。最近こられる人がすくないのが気になります


2014年7月28日(月)~8月3日(日)

⇒今週のボランティアは2名から6名
⇒移動カフェ・・・荷竹、あゆみ公園、西ケ丘、河南、上村、板屋の仮設住宅

荷竹では、暑いのでアイスコーヒー等の冷たいものに人気がある。飲みながら雑談。「8/4に復興住宅の抽選があり、出席を求める通知があったが、交通が不便で困っている。」という方がおり、早速、市役所に問い合わせすると「公開方式のことであり、必ずしも出席は必要ではなく、後で結果を文書で通知します」との回答。このことを伝えると本人は安心した様子でした。後方支援会議で委託された手芸品を1万円分購入。大変喜ばれました。

⇒あゆみ公園では、暑い一日となりました。どこかでお会いした感じがする方が見えたが昨日食事した餃子店の店主であり、大笑い。半年前まであゆみ仮設におられたという。復興住宅の場所の良い所は抽選となり、思い通りならないと悩まれていた。午後から親子が見えて幼児が話題を独占、和やかになった。

⇒西ケ丘では、今日も暑く31度超えとなった。うに漁が解禁になったため皆さん留守。研修医の方も手持ち無沙汰でした。後から仮設住人が帰ってこられて3人で生うにをご馳走になった。いつもながらの心遣いに感謝。午後から天使大学生も来て仮設の皆さんも集まり総数11人となった。子供達にはかき氷を。ここが集会室とは思われない位、大笑いして楽しい時間を過ごさせて頂きました。

⇒河南では、訪問すると直ぐに11名の方々がこられ本日も暑い日でしたので汗だくだった。2人の若い警察官(沖縄、陸前高田から派遣)が立ち寄り、すずめ蜂への注意喚起。私的な話題となり、おかあさん達がお腹を抱えて大爆笑された。震災から3年過ぎ、2人の方がご主人を亡くされた事を話され、仮設住宅の生活に耐えているが集会室で語らう事で気を紛らすが部屋へ帰ると一人淋しい現実をしらされた。

⇒上村では、朝から雨生協ボランテイア(をしている住民)のお二人がこられた。昼にソーメンご馳走して頂き分かち会った。人数が少なかったので、震災の状況を詳しくお話して頂き、学生達はテレビ等で見聞きはしていたけれども実際に体験した人の生のお話しを聴けて大変良い体験学習となったようでした。

⇒板屋では、.近隣の西ケ丘仮設で日赤が公園内にテントを張って、ひっつみ、掻き氷りを無料で振る舞われたので板屋の被災者がそちらへ行かれた様子。午後は4名がこられて学生達に昔の事を話された。「子供を沢山かかえてその日その日の生活で食べるだけでいっぱいでした。若い皆さん方早く結婚して子供を沢山生んで下さいよ。このままでは日本がだめになる」と励ましておられました。


2014年7月21日(月)~7月27日(日)

⇒今週のボランティアは2名から7名
⇒移動カフェ・・・鍬ヶ崎、高浜、二中、清寿荘、藤原、板屋、児童相談所の仮設住宅

鍬ヶ崎では、今回、子供向けの「うまか棒、お好み焼き、とんかつ等々」のお菓子を沢山用意していた(パチンコ店からの寄贈品)。お出しすると皆でわいわいパクパクしながら雑談。2人のお孫さん(小3と幼児)が来店。2時半ごろ招きに応じ中2と中3の子が来店。海水浴帰りという。子どものお菓子をお出しすると喜んで食べていた。

高浜では、コーヒーを飲み、お菓子を食べながらよもやま話をする。3人の方が高浜復興住宅へ転居していた。日当たりが良く、まずまずの環境との事です。しかし、引越しと後片付けで、疲れが重なってきているとのこと。午後一杯、5人の方に肩もみ。皆さん、感謝されていた。

二中では、副会長ご夫妻が迎えてくれ間もなく続々と集まり、合計16名となった。手際よく足湯の準備をし、11名実施。用意した食事が終わると皆さんはお帰りになった。世話人はこの後、全ベース会議出席のため仙台へ向かった。

清寿荘では、釧路から来た神父さんを含め5名のスタッフ。足湯を実施。その中で、ボランティアと、仮設住宅に住む方との涙のわかちあいがあった。子供のボランティアも足湯のほかバルーンマジック(風船でいろいろな動物をつくる)で大人気だったとのこと。アクセサリーや小物のプレゼントを数種いただき、店じまいしました。

藤原では、今日は足湯や、歌で楽しむ。ジンギスカンを用意し、準備万端整えて7名で訪問。
しかし、参加者は少なかった。・・・が、お二人は我々のために冷たい麦茶作って下さり、昼食用に、心づくしの料理を作って下さった。申し訳なく感じた。最後に「また会う日まで」を合唱し、藤原仮設を辞した。

板屋では、朝から気温がどんどん上昇してきた。「足湯とジンギスカン昼食」のお誘いをすると、快く5名来所。盛岡教会から3名来所。続いて板屋仮設の3名来所。狭い部屋はごったがえしてしまった。午後は、くつろいでお茶を飲みながら、身体のツボの話や震災時の話、復興住宅についての不安について話題となった。暑さのせいか、ここ数日ボランティアに体調不良が見受けられ、適宜休んでいただいた。

児童相談所では、宮古市在住の市民の方(信者さんの親戚)が是非ともボランティア参加したいとの申し入れがあり、急きょご一緒しました。日曜のため、13時開店。全戸を廻りお知らせを行う。徐々に集まり始め参加者11人となった。このうち足湯は8人実施。とても賑やかで笑い声が絶えない状態で、あっという間に15時となり、15分延長し仮設を辞した。


2014年7月14日(月)~7月20日(日)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・崎山、児童相談所、赤前、実田、田鎖、近内、浄土ヶ浜の仮設住宅

崎山では、到着時すでに、住民の皆さんは談話室内に3名、外のテント下に7名いらしてお話し合いをしていた。近くに新居を建てられ、現在、引越しをされている方も嬉しそうでした。3名の肩もみをし、午後は、さらに新たな5名の方が参加しました。なごやかな雰囲気の中で3時となりカフェを終了した。

児童相談所では、本日はここの仮設の方の卒寿(90歳)の誕生日。「お祝いしましょう」と約束していたのでパーティーを開催。余興として、民謡とのフルート演奏があった。歓談が終始続き、ご本人も嬉しそう。終了後、教会に於いてスタッフシェアリングを行った。盛岡からの2人は「最初、自信がなかったが、十分に交流できた。満足である。」と話されていました。

赤前では、16名の参加となった。コーヒー出しに大忙しの人や、積極的に住民の皆さんとお話する方。午後は、カラオケ再開。皆さんに後片付けを手伝って頂き終了となりました。
夕方でのボランティアの分かち合いでは、「自分は耳が悪く交流に不安があったので、裏方に徹した。」「住民の皆さんと思った以上に交流できた。達成感を感ずる。」との感想が聞かれました。

実田では、盛岡からのボランティアの方が、漬け物、黒豆、ようかんを持参、有名なコッぺパンも。お土産として皆さんに渡すととても喜んでくれた。辛かったこれまでの事などを静かにお聴きしました。
1時過ぎに2人の若い警官が立ち寄り、1時間ほど皆さんと話をされた。「宮古の安全は私達に任せて下さい」と頼もしく言って帰って行きました。

田鎖では、全戸訪問しカリタスカフェを知らせる。兼ねて用意していた昼食が好評。一段落し生ギターで歌を開始。皆さんは元気で歌い大合唱となった。仕事の合間に来所者に寄り添いお話しを聞いた。その後もポツポツ来所者があり結局9名の参加。

近内では、宮古教会にドミニコ会の神父が滞在し、ボランティアを希望され同行することになりました。開店間もなく副会長が来訪されて、仮設での不安を話された。それは、最近転入してきた人の情報が無いとのこと。社会福祉協議会に文書で連絡しておくと伝えた。

浄土ヶ浜では、午前、スタッフはミサに出席のため1300からカフェ開始となりました。すぐに4人が来所。コーヒーを飲み、お菓子を食べて雑談となりました。小座布団贈呈の話をすると「椅子に使用するのでぜひ欲しい。第2集会所にも配置したい。」とのことだった。一度佐原住宅に戻り、8枚お渡しした。大変喜んでいらっしゃっいました。


2014年7月7日(月)~7月13日(日)

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□復興住宅の話題で、通院に便利な街の中の復興住宅に申し込まれた方のほとんどは高齢な方で、抽選に漏れたらどうしようと不安の声が聞かれます。叶わぬなら元居たところに戻りたいとの声も・・・。しかし、土地がないのも現実で、解決の策が見当たりません。
佐原のボランティア宿泊施設の玄関先の雨水対策を行いました。これで、雨天時の出入りも改善されました。


⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・中里、西ケ丘、なかよし公園、あゆみ公園、白浜の仮設住宅

中里では、それぞれ数人ずつおしゃべりされた。老人会でサクランボ狩りに行って来て楽しかったこと、ウニやアワビの食べ方などの話題だった。午後はカフェが初めてという7ヶ月児を連れたお母さんが来られ、子供を皆があやして楽しみました。手もみをしたボランティアは1:1でじっくりとお話しが出来たと話していました。

西ケ丘では、いつものように皆が冗談を言い合って大笑い。すでに引っ越されて原付で駆け付けて下さった方が「話し相手がいなくて淋しい、本当はここの人と暮らしたかった」などと笑わせていました。午後は、手揉みをきっかけに、大根足比べやシミ比べをしてまた大笑い。「次回宮古に来たらまた西ケ丘に必ず来て下さい」と。皆さん外に出て見えなくなるまで手を振って下さった。

なかよし公園では、先日、近くの復興公営住宅に入居した方が、住み心地は良くなく不都合部分の補修を頼んだとの事です。また荷物運びで腰を痛めてしまい、ほとんど動けなかったそうだが、カフェがあるからとわざわざバイクで来られた。仏壇の話になり、お盆の時にお供えをするのがいかに大変か、墓参するお墓の数の多さを聞かせて頂いたが、我々には驚きでした。

あゆみ公園では、雨の中、隣の仮設からお一人が来られ、二人と地元ボランティアさんも加わってのお話し。流された土地を買い上げられたが、お金を返してでも元の土地に戻りたいといった心情や、仮設に来た直後にうつになり苦しかったことなどを語られた。7ヶ月児と母親も参加、母親も楽しんで下さった。仮設の皆が手揉みをとても喜ばれた。

白浜では、到着時には10人程がいらしていた。早速コーヒーをサービスすると、本当においしいと言ってくださった。今回のVlr.は皆初めての訪問地だったので、この地域が昔は船しか交通手段がなかったこと、流された家屋は数軒だったこと、防潮堤が設置されることなどをお聴きした。手揉みは12人が受け、曲がったままだった関節が伸びた人もおられ、皆さんニコニコ顔だった。


2014年6月30日(月)~7月6日(日)

⇒今週のボランティアは1名から4名
⇒移動カフェ・・・児童相談所、愛宕、きれまち、荷竹、上村、板屋、藤原の仮設住宅

児童相談所では、3人の夫人が、〇さんはどうしたろう、△さんは通院だろうかと、常連さんを案じながら、夫々が申し込んだ復興支援住宅に関する情報交換。ボランティア手作りのすあまが好評でレシピをお渡しした。娘さんから送られてきたアルバムを毎日見ているとのことで見せて頂き、皆で「よかったね」と喜びが分かち合われた。

愛宕小では、開店前から集まられ、コーヒーを淹れるのに大忙し。皆さんこの地域出身で顔馴染みでもあり、大声で笑いながらのお話は実に楽しそうだ。午後も9人が来られ、3人の男性によるカラオケ大会の様相。記憶が衰えた方も曲が始まると思い出して歌い、皆さん楽しそうだった。

きれまちでは、耳の遠いおばあさんが「おや、今日は一人かい」と来られ、最近の仮設での人間関係や皮膚病になって通院していることなど様々な話題が話された。ボランティアの〇さんはいつ来るの?、△さんはどうか?と、それぞれ再会を待っていられる。

荷竹では、いつものメンバーが集まったが、マスコット作りの手はほとんど動かず、時間一杯お話しした。「皆に見せようと思って」大きな白百合を取ってきて下さり、花瓶も家から持ってきて飾ってくださった。最高齢のおばあさんは仮設に来たころはヨロヨロしていたのに、毎朝夕歩いて今や大変な健脚になったそう歩く大切さに頷いた。

上村では、午前、お母さん、娘、3歳の孫が来て場が和みました。家を新築するそうで、丁度届いた間取り図を見せてくださった。仮設外の方が3人見え、うち一人はウニの口開けで漁の帰りだったが小さいのばかりでだめだとのこと。女性3人に手もみのサービスを受けていただき、とても気持ちがよいと喜ばれた。

板屋では、午前遅くなって3人が連れ立って来られ、前回のボランティアが差し上げた端切れについて丁寧な感謝を述べられた。これまでの苦労やつらい体験を語り、身内を捜して百を超える遺体の顔を見たことが、忘れることが出来ないと涙を浮かべて話された。もっと聴いて差し上げる必要がありそうに思いました。

藤原では、食べ物などが話題の中心だった。前に供されたそばが美味しかったのでまた是非食べたい、アワビの塩辛の作り方など等。今日は近くの神社のお祭り日で、おこわと寒天の汁物を用意しておられ、皆で頂戴した。次のカリタスさんの時は何を作ろうかとの話になり、以前約束したジンギスカンを持ってくるとお話ししたところ、楽しみにされている。


2014年6月23日(月)~6月29日(日)

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仮設入居期間が現行の4年間から更に1年延長とされ5年間となることが決定、延長は3回目という記事が過日掲載されていました。一方仮設住宅の使用長期化にともなう改修の問題も出てきている様です。復興への道はまだまだのようです。


⇒今週のボランティアは3名から5名
⇒移動カフェ・・・田鎖、高浜、西ケ丘、あゆみ公園、浄土ヶ浜、板屋、藤原の仮設住宅


田鎖では、母娘がみえ子供の学校のことや公営住宅のことなどについて話されました。その後、お孫さんが来ているという方が「カリタスが来ているから」ときてくださいました。午後には隣の仮設のご夫婦も見え皆さんとおしゃべりを楽しんでいました。

高浜では、午前10時半から宮古教会で第4回全国担当者会議(被災地の4年目の現実を見る)の出発式に参加後、午後から活動しました。すでに8名の方がまっていてくださり、久し振りに再会したボランティアとなつかしくおしゃべりをし、「花は咲く」を皆なで唄い、コーヒーを飲んでいただきました。

西ケ丘では、午前中6名が来て下さり、足湯をおこない気持ちがいいと喜んでいただきました。午後はウニ漁に行っていた方ともう1名が訪れ「さをり織り」の作品を見せてもらい、先日行われたファッションショーの話で盛り上がりました。

あゆみ公園では、暑い日でしたが足が冷えコタツに足を入れているという方に足湯サービスをし、喜んでいただきました。赤ん坊が登場し、かわいいしぐさにひとときいやしを皆さんで共有しました。我々ボランティアを楽しく笑わせてくださり感謝です。

浄土ヶ浜では、30分以上かけて下の仮設から歩いてきて下さった方は、すぐ紙皿折に挑戦、他の方も午前中いっぱい紙皿つくり。午後からはバイヤス縫いに取り組みました。足湯の間、車いす生活のご家族の世話の大変さを話され、カリタスさんが来てくれる日が楽しみと言って下さいました。

板屋では、午前は足湯サービスを3人、その後、紙皿作りに挑戦、山田町で津波にあった方は津波後、血圧が高くなり体調が良くないと訴えておられました。端布を持って行って皆さんに持って行っていただきました。

藤原では、宮古教会での主日ミサに与り、午後1時からの活動でした。すでにいつものお二人が待っていて下さり、昨日とってきたというふきの処理をしていました。今日は短い時間でしたが、コーヒーを飲みながらカラオケを楽しみました。


2014年6月16日(月)~6月22日(日)


⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・西ケ丘、河南、赤前、崎山、清寿荘、荷竹、実田の仮設住宅


西ケ丘では、話題の中心はやはり災害公営住宅抽選のことでした。純粋な抽選なのか、ある程度事情を考慮してくれるのか等心配がつきないようです。 午後からは談話室にはじめてという方がみえ、皆さんから歓迎をされてていました。

河南では、案内が徹底していなかったのか「今日カリタスあるの?」と言いながらオープンと同時に12名のかたがこられコーヒーの準備は大忙しとなりました。大きな笑いの中での話が一段落したところで、住民の一人がトランプを準備しており、2グループにわかれてババ抜きや七並べを行いあっという間にお昼となりました。

赤前では、いつものようにオープンと同時にみなさん誘い合って集まってきました。隣の造成地へ行く方と公営住宅へ行く方と2つに分かれる様で、せっかく親しくなったのに淋しくなると言っていました。また公営住宅にガスコンロがついているのか等設備についてまだ何も分からなく不安であると話されていました。

崎山では、昨年生まれた柴犬の出迎えをうけオープンしました。若干肌寒い感じでしたが数人の方がいました。外でコーヒーをということで早速出前となりました。午前中は皆さん外でお話しになりました。午後は2時頃に見えられ閉店後も皆さんなごやかに話しておられました。

清寿荘では、いつも楽しみにしていると言われ大変ありがたく思いました。ここではティシュケースやポーチなど手芸作品を数多く作成しており、札幌でのバザーで販売したい旨を申し出たところ大変よろこばれました。

荷竹では、久し振りに多くの方がみえてくださりました。震災前の生活ぶりを楽しそうに話してくださりました。ここでもバザー用のストラップを購入させていただきました。流行に合わせてご当地キャラのフナッシーやアンパンマンなども作っていました。ボランティアの皆さんもいつものように沢山のお土産をいただきました。感謝です。

実田では、日曜日のため昼からの活動でした。はっきりしない天気で今日は誰も来てくれないのかと思っていましたが2時前に一人見えました。一人のせいか色々な話をして頂きました。


2014年6月9日(月)~6月15日(日)

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□5月末に復興公営住宅への入居申し込みが締め切られました。建設戸数793戸に対して812世帯の申し込みがあったそうです。競争率3倍のところから、ほとんどピッタリや満たないところなど様々です。住民の方の心が大きく揺れている2週間でした。


⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・二中、あゆみ公園、なかよし公園、きれまち、白浜、板屋、鍬ヶ崎の仮設住宅

2中では、連日の雨と低温で来場を心配しましたが14名が来られた。ボランティアHさんには別室にて整体ストレッチをして頂きました。皆さん身体に何所か不調を抱えられていて、いつの間にか個人の身の上話になり堰を切った様に話され身も心もスッキリされた様子でした。昼には蕎麦を食べて頂きました。

あゆみ公園では、「カリタスさんが来ているよ」と誘いに行って下さり次々に見えられました。昼も休まず整体ストレッチをして皆さん身体が軽くなったと感謝されました。初めてのボランティアの方は3.11直後の苦労話に涙ぐんでおられました。公営復興住宅は中央の便利な所を申し込んだので、外れて遠くになった時や、知らない人との生活に不安を感じておられました。

なかよし公園では、9名が見え、ここも殆どの方が復興公営住宅を申し込まれたそうです。皆さんバラバラに分かれる事が辛いと話されました。ここでも引越しの際、ガスレンジなどの備品を無料で持っていける様にしてほしいと濱されていました。皆さん転居後の生活の心配をされています。午後からは半数の方がパッチワーク手芸をされました。

きれまちでは、朝から大雨で、車からの搬出入に苦労する程でした。高齢の方が歩行がつらくなり通院されたり、血糖値が高く大分注意を受けたらしく落ち込んでいました。手芸パッチワークと健康の話題に終始しました。昼食に蕎麦を食べて頂きました。

白浜では、札幌カリタスとしては初めて訪問する仮設住宅なので社協とコーディネーターが同行くださり自治会長さんや住民の方を紹介されカリタスの今までの働きも伝えて下さいました、重茂の少し手前にあります。カリタスの事は全く知らなかったそうです。子供がいなく年寄りばかりなのでこの先どうなるかと心配されていました。ご老人で出られない方がおられるので蕎麦を出前しました。

板屋では、誰も来られないので宅訪しました。おられそうな家を一緒に案内して下さり6名が見えました。他町から避難されている家族が2世帯あり宮古市では他市町村から避難者は狭き門とこぼしておられました。今、仮設で使っている備品を無料か格安で分けて貰えないかと話されていました。

鍬ヶ崎小では、近くに咲いている花が話題で、月見草、桑イチゴ等の露地で咲いている花を持ち帰り自宅に飾っておられる方が多く、少し心に余裕がでてきた様子で嬉しく思いました。 6/15 日号の広報宮古で災害公営住宅申し込み状況が発表されたのでそれぞれの思惑が交錯する語らいでした。2時間がアッと云う間に過ぎました。


2014年6月2日(月)~6月8日(日)

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7日~8日中央商店街にて宮古街復興まつりが開催され、150程の店が出店しました。生憎の雨と低温で人出が少なく傘をさしていればテントにも入れず食べ物店の一部を除き低調の様子でした。
□公営復興住宅の申し込は各仮設住宅でばらつきが有り何割の方が申し込まれたか不明ですが、仮設住宅の使用が2015年10月まで延長になりましたので、今後それまでに転居するものと思います。


⇒今週のボランティアは2名から5名
⇒移動カフェ・・・愛宕小、高浜、荷竹、浄土ヶ浜、上村、千鶏、児童相談所の仮設住宅

愛宕小では、なごやかにお話し会を楽しまれ過ごした。持参した男性下着を受け取っていただいた。復興公営住宅の間取り、建材、見た目等の話が中心で、宮古市の街が変わっていく様子をゆっくり話して下さった。前によく来ていた男性が見えないので コーヒーと下着の出前をしました。

高浜では、早めの昼食に手打ち蕎麦を食べて頂いた。家族にも食べさせたいと申し出られて2所帯4名分を持って帰えられた。4日前、この仮設に住む方で工事用の筏から転落され亡くなられる事故があった。悲しみに暮れておられるご家族に蕎麦を届け食べていただけた。

荷竹では、暑い日でしたがいつも手芸をされている方々が外のベンチで話をされていた。蕎麦は何十年振りと喜ばれました。きょうは手芸はされず山菜や料理の話でした。7名が揃って和やかに話し合いされていたので後を頼んで退出しました。

浄土ヶ浜では、コーヒーを飲んですぐ第2集会室へ「さおり織」に行かれた。昼前に7名の方が昼食のために来られ喜んで頂いた。6/76/8の復興イベントへの出品準備に忙しそう。第2集会所に立派な作品が並んでいました。

上村では、勤務先の障害者施設に住む方が連れて来られ(被災された方)、趣味がパッチワークとの事で布を持って行ってもらった。地域の障害のある方や若い母子さん30名程でたまに集まり助けあって生活しているとの事でした。午後ボランティアのHさんが入宮し早速3名の方に整体ストレッチをされ喜ばれました。

千鶏(釜石ベース手伝いに変更)では、今日、近所で不幸があり皆、親族になるので全員御参りに行って今日は誰も来ませんとの事で社協に電話し、千鶏でのカフェは中止となりました。ちょうど釜石ベースのオープンハウスの日で手伝う事とし昼前に駆け付けました。大船渡、大槌よりも手伝い有り、スタッフも大勢でした、近隣の方々沢山見えていました。お土産も頂いた。

児童相談所では、4グループでの会話になりワイワイガヤガヤとよくお話ししました。鍼灸士のボランティアのH氏を紹介すると次々にストレッチを受け大好評。移転する来年10/2までには再度来てほしいとの要望でした。ここは全世帯が公営復興住宅を申し込まれましたが、近場なので人気あり抽選だそうで互いが離ればなれになるのが辛いと話されていました。


2014年5月26日(月)~6月1日(日)

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地元紙で復興関連特集の「苦悩する自治体」という特集がありました。職員の疲弊、入札の不調、入居者が埋まらない復興公営住宅、土地区画整理事業への反対そして巨大な復興計画と人口減少の現実など、震災からの復興のいかに難しいかを知らされました。今苦しんでいる人々が将来も苦しむなどという事がないよう、携わる人々にも住民にも、良識が問われているようです。本当に、復興は難しい事です。


⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・河南、赤前、西ケ丘、きれまち、実田、あゆみ公園、中里の仮設住宅

河南では、今日は運動会振替休日で小学生が6人訪れ、お菓子と飲み物を貰い、男性ボランティアに相手をしてもらっておとなしく遊んでいきました。いつもは3ブロックに分かれて座られるのだが、今日は長くしたテーブルを皆が囲んでおしゃべり。共通の知人の安否の話、病院にかかる大変さ、復興公営住宅をどうするか~まだ決めていないし他の人には申し込み先は教えないなど。

赤前では、午前中10人の婦人が来室し、思い思いにおしゃべり。住宅の話になり、○○さんの新築の家は素晴らしい、仮設はやはり狭すぎる、いつまで居ることになるやら等の話題。この仮設は小学校校庭にあるのだが、避難所だった当時から校長先生が皆の為によく尽くして下さり、遠隔地に転勤後退職されてなお、時々訪ねて来て皆に米を配って下さると感謝の気持ちを皆さんがお話しになった。

西が丘では、午前中6人で復興住宅の話題が中心となった。借家を借りることになった方の転居が見込まれ、皆から淋しがられていた。引越すに当たって、エアコン、ガスコンロ、カーテンはぜひ払い下げてほしい、そのお金でみなし仮設住民に支援を考えてくれればよいのにとの意見があり皆さん賛同しておられた(報道で、みなし仮設住民との公平の上からこれらの物品を持ち出すことを禁止しているとあった)。

きれまちでは、初のボランティアが緊張しながら活動に入ったが、ボランティアが昔話の語り聞かせをしたところ、耳の遠いおばあさんも聞いて下さった。H氏も「これはいいなあ、紙芝居を思い出したよ」と。昼には昆布巻きとばっけ(フキノトウ)味噌を塗ったおにぎりをご馳走になった。手縫いのミニチュア着物のお土産を貰ったボランティアは感激。

実田では、3人の方が来られてコーヒーを飲みながらよもやま話。お話し会の終わり近くに、ある事情で他の仮設の集会室に来られなくなった方が会いに来てくださり、久振りの対面となった。閉店間際にOさんが来室、近況を語られたが、「家事等をこなす気力がない」と話されたことが気になりました。

あゆみ公園では、幼児も来た頃合いを見て「お話し」を開始したが、あまり集中はできなかったものの、小道具持参の上演に感心された。午後、ある方がこんな話は思い出して悲しいんだけれどと仰りながら、津波の惨状を目撃し、鬱になったこと、親戚を失ったこと、避難所に入らず知人宅に身を寄せたため、食料・支援物資の配給がなく避難所に貰いに行っても貰うことができず悲しい思いをしたこと等を語られたが、今は元気になり、仮設の世話を買って出ていられる由。

中里では、仮設に行く前に鍬ヶ崎地区を視察し、初めてのVlr.は被害の大きさを実感した。皆さんが互いにおしゃべりをし、コーヒーやお茶が一段落した処で、昔話の語りをさせて頂いたが、大かたは集中され終わるごとに拍手を頂いた。宮古市で行われるスポーツイベントの話になり、シーカヤックの大柄な選手が銭湯の女湯に入ってきて男性と間違われた話など、皆で大笑いのうちに終了しました。


2014年5月19日(月)~25日(日)

<TOPICS>
❒復興支援住宅への入居申込期限の5月31日が間近となり住民の選択が迫っています。遠隔地に住む子どもを保証人にして申し込んだが許されるかどうかと不安に思っている人もいます。
❒土が6~7メートル積まれているところもあり、復興に向かっていることは感じられるのですが、申込基準の関係か報道では、見込み数の半分程度しか申し込みがないとの事です。


⇒今週のボランティアは2名~4名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、中里、千鶏、荷竹、高浜、板屋、児童相談所の仮設住宅

清寿荘では、皆さんが、初めて参加のMさんを伴って来室。いつも足湯を希望しているOさんも呼びに行き来室。6名の参加となりました。足湯2名、簡単な肩もみ2名実施。札幌から送っていただいた冷やし中華とアスパラを用い昼食を提供。女性ボランティアは参加の皆さんと涙ぐみながら手を握り合ってのお別れでした。全員外に出て見送りしてくださった。

中里では、前回訪問したボランティアが途中まで教えたネッカチーフの縫い方を、今回のボランティアに引き継いで縫い方の続きをお教えしました。皆さんも研究・工夫しながら縫いに集中。上手く出来た人もあれば苦労したのに単純な形に終わった方もおられ、笑いながら、“まあこれも有りだ”と満足されておられました。

千鶏では、集会室はかなり汚れており、虫の死骸もいたるところに転がっていたので、30分かけて掃除。以前設置した出入口の網戸も動きが悪くなっていたので調整。時に強まる雨のせいか、不在のせいか、来室される方はありませんでした。

荷竹では、朝一番で病院を終え、カフェがあるからと駆けつけてくれた夫婦の楽しい掛け合いに皆笑いながら盛り上がりました。お誕生日の方のお祝いしたところ、「こんな風に祝ってもらったのは初めてだ」と喜んでくださった。誰一人お昼にも帰宅されず談笑が続きました。マスコット作りが盛んだが、いつも新たに来たボランティアにたくさん持たせて頂いており、何とか販売に結び付けられないものかと思いました。

高浜では、午前中に12人の方が見え、様々な話題を楽しんでおられた。3月まで当仮設の生活支援員であり、現在は社協のコーディネーターの方が巡回に来られ、皆さんの歓迎を受けてしばらくおしゃべりに加わった。次々と手仕事をリードしておられる方の力は大きい。ヒマワリの苗を頂いたので、カリタスの住宅の花壇に植えました。

板屋では、午前は公園管理者の方とその友人が、“カリタスさんに食べさせたくて”今朝ついた草餅やウド、梅漬けを差し入れて下さり、山菜の美味しい食べ方などについて面白くお話しされた。午後は3人の住民が来られ、手芸の本を見ながらどれを作ろうか、難しいか、布が無いねと、取りかかるのが楽しみな様子。

児童相談所では、イモ餅をたくさん焼いて下さり、皆で昼食として頂いた。どなたも帰られずおしゃべりが続きました。山菜の採り方、その失敗談、食べ方などが話題になるのは、山が近いこの地方らしいと思いました。復興住宅の話になり、間もなく90歳のご婦人を案じてグループ申し込みを考えようと言う事になった。思い遣りのある皆さんのお気持ちをとても温かく感じました。


2014年5月12日(月)~18日(日)

⇒今週のボランティアは2名~4名
⇒移動カフェ・・・きれまち、崎山、なかよし公園、あゆみ公園、実田、愛宕小、田鎖の仮設住宅

崎山では、10時半ごろから集まり始め、自治会長さん含め6名の参加となりました。ボランティアは積極的に話の輪に入り,皆さんを笑わせていた。新人ボランティアの2人も積極的に交流していました。牡蠣入りうどんをつくり皆さんと昼食。午後3時過ぎに集まってくる子どものためにお菓子を残し、皆さんとの再会を約束し辞した。

なかよし公園では、熱心に手芸を始められた。豪華なハンドバックや和風デザインの素敵な暖簾などレベルの高いものであった。手芸の先生役は「この仮設はいろいろなことで苦労があったが、安定した状態になった。」と話されていました。うどんの昼食後、「皆で折り紙の紙皿」作りをしました(教えて頂いた)。

あゆみ公園では、和気あいあいと言う感じでした。一人の方が皆にドーナツを差し入れされた。昼食は、たこスパゲッティとレタスサラダを皆さんと頂く。昼食後、カラオケを始めた。元プロ歌手さんがいて、抜群の上手さであった。皆さんはほれぼれと聞いていました。一人の方は「津波後うつ状態になった」など、関を切った様に話をされていた。

実田では、いつも来ていた子供は幼稚園に入園したため来なくなり、ちょっと淋しい雰囲気。うどんをつくり皆で食す。カラオケを実施。最初、歌う事を辞退していたSさんも歌い、終わりごろには「歌ってすっきりした。とても楽しかった。」と述べられていました。再会を期し、皆と握手して帰途に着いた。

愛宕小では、皆さんが集まるとどんどんよもやま話がはじまり、爆笑となり、それが続いた。市の社会福祉協議会から、世話人に対し呼び出しがあり、「災害住宅入居者の募集期間が終了することの住民への周知確認の依頼」がありました。皆さんに「災害住宅入居者の募集終了・・・」の件を伝えると、既にご存知でした。帰り際にKさんが「今日はとても楽しかった」と言ってくれました。

田鎖では、日曜のため11時にオープン。しかし、この仮設に貼ってあったスケジュールでは10時オープンと記載されていました。そのため、オープンしていることを知らせるため全戸を訪問。その際、災害住宅申し込み締め切りが5月末に迫っていることを伝えました(社協の依頼による)。4軒在宅。災害住宅の件は大変悩んでいるとのこと。社協からの情報を提供した。


2014年5月5日(月)~5月11日(日)

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■震災後4回目の春となり、仮設住宅では日中働かれている方が多く、家に残る年配の方が顔を出してくれます。特におひとりの方は、2週に一度ほどの訪問を楽しみにしていて下さいました。
宮古教会で日曜日のミサ後に母の日を20人ほどの信者さんとお祝いしました。ボランティアの方が洋風炊き込みご飯を作り頂いた。そのため、教会の運営委員会は月曜日に延期。

⇒今週のボランティアは2名から5名
⇒移動カフェ・・・児童相談所、高浜、赤前、浄土ヶ浜、上村、板屋の仮設住宅

児童相談所では、クラフト作品作りを中心に盛り上がっていました。昼食にきな粉餅が振る舞われ、私たちはおかずを提供しました。おしゃべりも手も動かし賑やか、足湯とエプロンつくりも大好評。手作りの上っ張りの裏地には風呂敷が使用されていたので、着物地に限らず、まだまだ必要なものがあることが分かり今後さらに呼び掛けて集める必要性を感じました。人生豊かなお話をしてくださった方や皆さんに感謝。

⇒高浜では、子供の日の休日でしたが、いつものメンバーが集まりました。午前中はペットボトルのふたで作る帽子のストラップを子供も交えて皆さんで作りました。午後は手もみしながら一人一人いろいろなお話を聴くことができました。

⇒赤前では、
天気が良かったせいか到着すると既に集会室のベンチで数人の方が待っていました。今日は手芸など特別のことはなかったのですが、コーヒーをゆっくり飲みながらおしゃべりを楽しんでいたようです。昔のことなどを懐かしそうにお話いておられました。

⇒浄土ヶ浜では、
9日から始まる各仮設からの展示会に出品する準備で忙しそうでした。年配の方が一人集会室に残られましたが、11時半頃準備を終えた皆さんが集まって一服。その後展示会場へ向かい早々に家へ帰られた。ゆっくりとお一人とお話しし、「今思えば被災した家を修理して済んだ方がよかったかな」と話されてました。

⇒上村では、
盛岡上堂教会から朝お二人の男性が到着し男3人での訪問となりました。2歳のお孫さんを含め8人の方が楽しそうにお話しされていらした。ボランティアでやはり仮設訪問されていらっしゃる方が3人いて、仮設で振る舞ったイモ餅を私たちにも下さった。復興住宅の申し込みの仕方や希望が外れた時のことをお互いに相談されていた。何かご要望はとお聞きすると、入居時に日赤から支給の寝具があるけれど、新住居に入る時は新しい布団が欲しいと話されていた。

⇒板屋では、
仮設住民ではないが公園管理の自治会の方が皆さんに呼びかけてくれた。盛岡からのボランティアの方が、ご自分で打ってきたそばを振る舞い皆さん山菜の話で盛り上がりました。「これに懲りずに来てください」と見送ってくださった。


2014年4月28日(月)~5月4日(日)

<TOPICS>
■災害公営住宅の申込期限が5月30日との事ですが、入居予定が27年度以降と言うのが大半なためか、仮設の方々は中々決められない様子が伺えます。
■一方で、引っ越しボランティアの動きが少しずつ出てきている模様です。


⇒今週のボランティアは2名から6名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、実田、荷竹、河南、崎山、二中、鍬ヶ崎の仮設住宅

清寿荘では、10時少し前でしたが、談話室の鍵がまだあいてなく3名の方が待っていました。ここは4月より利用時間が平日の1000から1500となり、土日と祝日は利用出来なくなったとのことでした。皆さん午前はコーヒーを飲みながら歓談し、手作りのケーキが大好評でした。来月に開かれる仮設の作品展示会に出品する準備を楽しそうに行っていました。

実田では、桜も終わったのに晴れてはいましたが肌寒い休日でした。今後の住宅の話になり、公営住宅への入居条件の保証人がいなくて大変とのはなしがありました。今日から足湯を実施しました。いつも断っていた方が「せっかくきてくださったのだから」といって受けてくださり、ボランティアもホットしたようでした。

荷竹では、いつもように手芸の方たちがみえ、まずは一杯コーヒーを飲み作業に入りました。最近は買い取ってくれるところもなく、ボランティアの方々におみやげとして差し上げるために作っていることでした。今は、仮設に住んでいる人たちは被災者がすくなくなり山田町での工事の方たちが多くなっているとのことでした。

⇒河南では、オープンと同時に皆さんが入って来られ、あっという間ににぎやかになりました。午前はコーヒー、午後はお茶で午前、午後と変わらない人数でした。普段もこのように集まってお茶を飲んでいるのかと思い聞いてみるとこのように集まるのはカリタスの時だけと言われ、非常にうれしく思いましたが、日常も交流があればと考えさせられました。

崎山では、オープン後まもなく見えられ皆さんコーヒーを飲んだ後順番に足湯をうけて頂きました。5名でしたのでゆっくりとすることができました。ゆっくりと話ができました。家も新築の目途がついてうれしそうな方もいらっしゃいました。

二中では、いつものようにオープンと同時にぞくぞくと集まり、コーヒーは大忙しでした。自治会長さんが手伝って下さり大助かりでした。足湯を8名の方におこないました。また今日からきたボランティアのエプロンの型紙も好評でそれぞれ持って行って作成するようでした。

⇒鍬ヶ崎では、日曜のミサ後の活動なので11時オープンとなりました。今日はペットボトルの蓋(ふた)でつくる帽子のストラツプ作りに挑戦してもらいました。スタートが遅かったのでお昼をまたいで行いました。それぞれ可愛い帽子のストラップを完成することが出来ました。久振りの手芸に皆さんとても喜んでいただきました。


2014年4月21日(月)~4月27日(日)

<TOPICS>
先週は暖かい日がつづき教会前の公園の桜がいっきに日曜日に満開となりました。仮設住宅付近にある公園も美しい花を咲かせています。
■宮古ベースも教区の多くの方々に支えられて4月22日で丸三年が経ちました。しかし現地の復興はまだまだと感じます。これからも皆様の暖かいご支援を頂きながら、被災者にともに寄り添って行きたいと思います。


⇒今週のボランティアは1名から3名
⇒移動カフェ・・・中里、西が丘、なかよし公園、藤原、田鎖、きれまち、あゆみ公園の仮設住宅

中里では、生協移動販売車での買い物の後に、仮設の人達がカフェに寄って下さいました。コーヒーを飲んでボランティアが作ったスアマと、宮古教会ボランティアSさん手作りの抹茶カステラを食べて「お店で売っているカステラより美味しい」と大好評でした。その後、皆さんに五角形の折り紙灰皿を造って頂きました。午後からは宮古のボランティアさんによるハンド・マッサージのサービスがあり7人の方々が受けて、とっても気持ちが良いと喜んで帰られました。

西が丘では、西が丘公園の桜が満開になり、公園には幼稚園児や近隣の方々が桜見に来られていました。仮設の人達も桜見に出かけていかれました。気温も20度になって気持ち良い日でしたので外のベンチで数人の方にコーヒーを飲んで頂きました。いつもながらのK夫妻のたくみなお話しにお腹を抱えて大笑いし愉快な時間を過ごしました。Kさんは沢山の辛い思いを過ごしたのだからこれからは笑って過ごすのだと話してくれました。終始笑いの絶えない集会室でした。

なかよし公園では、桜が満開になったので仮設の花見会をしませんかと、仮設住民から社協経由で連絡がありました。住民で食品を持ち寄り、ご馳走を作りました。マツタケの炊込みご飯、ワカメとトーフのみそ汁、サラダ,千枚漬,なます、コーヒーゼリー、果物等々、花見と言うより食事会でした。4月から支援員さんがいなくなり、普段は集会室は施錠されていてお互い顔を合わせる事が少なくなったので、カリタスのおかげで久振りに顔を合わせ食事が出来、話も弾み、市議会議員選が定員の28人となり全員の無投票当選が決まったことへの不満、女性同士で体脂肪の話し、そして最後は復興住宅の話を種々されていました。

藤原では、以前は沢山の方がお見えになっていましたが、トラブルなどで集会室にこられる方がめっぽう少なくなったようです。到着すると既に待っておられました。カリタスさんにはいつもお世話になっていますのでと云ってお昼に美味しいそう麺を作って下さいました。お話し好きの方が終始話題の中心となり休みなく話されていました。傾聴に徹しました。
ベースへ帰る途中で、小学生が横断するため車両を停止して待って居ると、子供たちが横断歩道を渡り終わったら振り返ってこちらにペコンとおじぎをしていきました。こんな子供を今まで見たことがありませんでしたのでとっても感激しました。

田鎖では、10時すぎに社協の方が3名みえる。「孤独死を出さないように頑張っている」という言葉がこころに響きました。昼近くになりいつもの方々がみえました。一人は手芸の締め切りに追われているが少しは収入につながるので頑張っているとのことでした。その後「カリタスさんの日だってこと忘れていた」といって来られ、そのようにいっていただき、ただ感謝です。

きれまちでは、10時半過ぎにいつものご夫妻がみえ、そのあともう一人がみえて今年の山菜の状況や、天気の行方などで話がはずみました。今年の桜は例年より白いとのことで何かが影響しているのだろうとのことでした。お昼はうどんをゆでてくださりごちそうになりました。

あゆみ公園では、日曜のミサ後の活動となり、12時すぎに到着し準備を始めました。今回は午後からの開店なので来てもらえるか心配でしたが、天気がよいので外で遊んでいいた若い親子2組がやって来ました。その後はいつもの方が見えコーヒーをお代わりしながら今後の住宅や土地のことなどを話されていました。あるかたは海の見えるところがやはりよいと言うのに対しいっぽうでは海は見たくないとそれぞれの思いでした。


2014年4月14日(日)~4月20日(日)

<TOPICS>
■4月20日の日曜日はご復活祭でした。主のご復活の恵みが皆さんの上にありますようにお祈り申し上げます

■三陸鉄道の北リアス線が全面開通し、宮古を訪れる人が増えているように感じられます
■ある世話人さんは数か月ぶりの宮古入りで、仮設の方々に「お帰りなさい」と言って頂き、宮古が自分にとって第二の故郷になったような気がすると語っていました
■5月完成予定の宮古漁協の冷凍施設が全焼。被害額は11億円に上ると言われています。復興への歩みが遅くなるのではと心配されています



⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・高浜、赤前、上村、千鶏、近内、愛宕小の仮設住宅

高浜では、前夜、問題を抱えた方のお話を数人の住民が談話室において10時ころまで対応したとのことで、その話題がしばらく続いた。対岸で起きた火事のことも話題に。地元ボランティアが焼いてきたケーキが大好評。自宅を新築されて最近見えていなかった親子がやってきました。子供がいると談話室が一段と楽しくなります。

赤前では、天気も良いせいか開店早々に10人がこられました。昼には「いも団子」を作りましたが準備に大忙し。昼近くに1歳と3歳の幼児がきて元気に遊んでいました。夜、宿泊施設の佐原の住宅に到着すると女性巡査が訪問され警察台帳の確認をされていかれました。

上村では、初めての仮設訪問で場所が分るか不安でしたが無事たどり着けました。開店時にはどなたもいらっしゃいませんでしたが、その後こられた自治会長さんが仮設住民に声掛けをして頂き、4名の方がお見えになりました。

千鶏では、昔話になり、ご主人を亡くされた事や、雑貨を販売していたので看板娘だったことなど楽しくお話しされていました。夏には自宅を新築するので遊びに来て下さいとお誘い頂きました。

近内では、どなたもこれられなく仮設内を歩いて声かけをしました。長い仮設生活で談話室を利用する人が少なくなったと言う。復興住宅、ご近所、津波、友人関係、種々話題になりました。カリタスさんは末永く支援してくれているので案心して話が出来ると言ってくれました。寄り添う事の大切さを痛感しました。
午後2時ころ大きなサイレンがなり、宮古漁協の新築中(5月中完成予定)の冷蔵施設が全焼、被害額は11億円ほど。これでまた復興が遅れるのではと心配です。

愛宕小では、昨年、訪問した時にこられた方にばったりお会いしました。今回の津波で腰まで浸かったが助かり、80歳を超えて自分は生かされているのだと思うと話されていました。体が不自由な状態でも前向きな生き方に感動を覚えました。カフェを終わって帰る時もひとり見送ってくれてとても嬉しかった。主のご復活祭を迎られる事に感謝。


2014年4月7日(月)~4月13日(日)

<TOPICS>
■春を迎えて、山菜や桜の便りを話題に心も和みますが、市の復興支援住宅への入居条件に、一定の収入があり60歳以下の市内在住者の保証人が必要とされること、思いのほか家賃が高いなどの不安の声が聴かれます。


⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・児童相談所、あゆみ公園、藤畑、浄土ヶ浜、実田、板屋の仮設住宅

児童相談所では、午前は山菜採りの話になった。北海道ではあまり馴染みのないアイコ、ウルイ、シドケ、アサヅキ、ミズなどPCで画像を見ながら料理法などを教えてくださった。また、山菜採りで迷子になった話も。82歳の元気なおじいさんが、先日草むしり中に足がつって動けなくなり大変だった等、寄る年波を感じることも話された。2人の方が足湯を喜んで受けられた。午後はカフェで初めてお会いした2人の方も交え、皆さん大声で楽しい会話が続いた。

あゆみ公園では、Sさんが集会室の鍵を預かっているとのことで到着を待っていてくださった。いつもの4人のメンバーが集まりおしゃべりに。K氏の持っている蘭の名前を知りたくてPCで検索したがついに分からなかった。Kさんの孫、1ヶ月のひ孫も参加し、さらに8ヶ月の子を連れたお母さんも来て、皆で子どもをあやしたり相手をしたりで楽しく過ごしました。午後は暖かな日差しの中、外で話をされていた。この公園にある桜の開花を皆さん楽しみにしていらっしゃいました。

藤畑では、3人の母親が来られた。大学生2人、高校生2人の子どものある方は、流された家のローンの軽減対策の対象にならないらしく、復興公営住宅の家賃も高く負担になりそうと頭を抱えておられた。土地の価格高騰も目に余るそう。もう一人は流された土地が危険区域外ではあるが盛土の目途も立たず、そこに住む気にもなれず、“原っぱ”にして税金だけ払うのかと、こちらも困惑しておられた。しかし、子供たちの成長の話には笑顔が見られたので、少しほっとしました。

浄土ヶ浜では、午前6人の方が声を掛け合ってお出でになった。うちお1人は仮設外の方で初めてお目にかかった。お話し好きのMさんを中心に次々と話題が変わっておしゃべりが続く。サルが出た話、テン・カラス・リスの事、食育の話から病気談義、医師や病院の評価など。昭和20年代の台風による浸水被害体験の事もお聞きした。午後はK氏が「久し振りだー」と入って来られ、世話人との会話を楽しんで帰られた。

実田では、到着時N氏がおられた。訪ねてくるはずの方を避けて談話室に隠れているとか。開店とほぼ同時に3人の婦人も見えたが、今日はN氏の独壇場で、次々とご自分の兄弟との関係、流された兄弟への弔いを続けている様子、若い時の銀座での寿司職人修行のことなどを話された。皆さんよくコーヒーをお代わりしながら聞き手にまわられた。幼稚園に通いだしたS君も来たが注目を集める暇もあまりなかった。ご婦人たちは昼過ぎに解散されたが、N氏は閉店まで残って「一人でしゃべりすぎた。けれどすっきりした」と言って帰られた。

⇒板屋では、家を建てて引っ越された方が、札幌カリタスへお礼のメールを携帯に送ってきているので読んでほしいとご婦人がいらした。5回に分けての長文メールで近況が綴られていました。午後には、3人の御婦人方がいらして、冗談を言って笑い「ここで笑えるのが嬉しいの」と言われたが、将来の話になると、隣の山田町出身なので宮古の公営住宅に入るのは難しいことが分りがっかりされ、暗い顔つきになられた。この仮設住宅ではイベントが少ないそうで、ほとんどカリタスのカフェの時にだけ顔を合わせるとの事でした。


2014年3月31日(月)~4月6日(日)

<TOPICS>
■仮設住宅の一部撤去が始まりました。入居当初は釘1本打ってはいけない(後になって少し緩和されたが)と言われたのに、撤去は壊すに等しい解体作業だったと、行政の柔軟性のない対応に不満の声が聞かれました。
■チリ地震の津波に対する警報が出た週ですが、被害も出なくて安堵しました。


⇒今週のボランティアは3名から5名
⇒移動カフェ・・・きれまち、河南、崎山、2中、清寿荘、鍬ヶ崎、荷竹の仮設住宅

きれまちでは、近隣仮設からもお出でになり、この談話室では異例の人数が集まったため、足湯はスペースを確保できず中止としました。足湯を楽しみにしていた方は残念がっておられた。手打ち蕎麦を皆さんが待ってられ、とても楽しい雰囲気でした。山菜採りの季節が近づき、楽しみにしておられるようです。

河南では、開店前から集まっていましたが鍵が開いておらず、しばしベンチでのお話しでした。午前はコーヒーを入れるのに追われ、蕎麦打ちが始まると数人は近くに行って観察され、説明に感心しきり。大好評のうちに召し上がって頂き、徐々に遠慮も解けてお代わりも。どなたも昼には帰らずおしゃべりが続いていました。いっとき被災時の話も出て、知人が目の前で流されたが何もできなかったとも。だが、やがて大きな声で笑いながら時間が過ぎた。

崎山では、開店間もなく5人程が来られ、手打ち蕎麦があると知ると声掛けして誘って下さり、子供を含めて15人が集まりました。コーヒーを飲みながら蕎麦打ちを見たり、感心したり。予想より人数が多かったので、量は少なめだったが皆さんに食べて頂き「本当においしかった」の声を聞けました。午後は晴天で暖かく、外での花壇作業などで過ごされていました。

2中では、この日は、午前3時ころから20分おきに、チリ地震による津波への警戒呼びかけが鳴り響き、8時半頃には震度3の地震がありました。しかし、日中はぽかぽか陽気ののんびりした一日で助かりました。
開店と同時に15人が来られてコーヒーが間に合わないほどでした。5か月ほど前から、さをり織りが始まったそうでマフラー状のものが出来ていました。毛糸の希望があったので、ストックを届けることにしました。午後はN氏がハワイのコーヒーを淹れて下さり、また近所の、個人ボランティアをしておられるKさんがイモ餅の差し入れをして下さった他はお一人が見えただけで、これから先の事などを静かに話すことができました。

清寿荘では、到着時3人が既に来ておられ、もう一人が通院後に見えてお話しました。手芸作品のお手玉やティッシュボックスケース等を見せて下さり、一部をボランティア.が買い上げさせて頂きました。造成された住宅用地の抽選が終わったそうで、自分のところはどの辺りか、○○さんはどこか等が話題になりました。ボランティアの一人が肩もみをして差し上げたが、遠慮気味でした。"おじいさん”と呼ばれている方が来られたのでコーヒーをお薦めしたところ「うまいなあ」と飲み干して下さいました。

鍬ヶ崎では、開店とほぼ同時に震度3の地震があり、先日のチリ地震の事などが話題になりました。3月の大雪の時の話題になり、昔なら子どもらは大喜びで雪と戯れたのだが今は誰も出てこなかった、ゲームばかりしていて心配だとの声に、皆が頷いていました。足湯を4人が楽しまれた。相手をするボランティアも初めての体験だったが、満足いただけたようでほっとしていました。午後は遅くにお一人が来られ、浄土ヶ浜で夫婦して働いていたことなどを話してくださった。

荷竹では、到着時、集会所前の自販機にいらした男性が「今日はカリタスさんか、じゃあ止めた」といって自販機で買うのを止めて中に入られ、午前中いっぱいおしゃべりに加わって行かれた。たくさんの手作りマスコットに“フナッシー”や“クマモン”“みやこちゃん”などが加わっており、皆でゆるキャラの動画を見たりしながら話が盛り上がった。足湯はご希望がなく、肩もみをさせて頂いた。午後は、マスコット作りに取り組まれて、ボランティアも体験させて頂いた。終わり近く、淋しそうな顔になったおばあちゃんに声をかけると「亡くなった息子の事を思い、笑えなくなった」と仰り、背中をさすってあげることしかできませんでした。


2014年3月24日(月)~3月30日(日)

<TOPICS>
■宮古教会に来てくださっていた川口神父様(長崎管区 大分教区延岡教会主任)が、31日宮古への派遣期間が終わり九州へ戻られるます。 ボランティアために土曜日夜にもミサをして頂きありがとうございました。


今週のボランティアは2名から5名
⇒移動カフェ・・・藤原、中里、なかよし公園、西ケ丘、近内、田鎖、千鶏の仮設住宅

藤原では、手打ち蕎麦をすると伝えたら皆さんを誘って来館して下さいました。日頃の欝憤が噴き出したかのように不満を聴きしました。結果的に口に出した方が良かったのだろうと思います。4月から全仮設で支援員がいなくなり、生協とカリタスが来る日だけ集会室が解錠されるそうです。日常集まれる場が無くなり淋しそうでした。

中里では、出前を3軒しました。カフェは手が足らず手伝っていただきました。午後2時を過ぎてから話の輪に入る事ができました。やはり公営復興住宅の話題。何時になるのか、転居できるのか、どの地域が良いのか、不安がられていました。最後は荷物の積み込みも手伝って下さり、又来て下さいと言われました。

なかよし公園では、支援員さんがいなくなり社協が鍵の管理をされています。昼前に近隣の雇用促進住宅の方が見え、電話をしてくださり他の仮設の方が3名見えました。なかよし公園仮設の方は誰も見えないので気掛かりです。

西ケ丘では、ぽかぽか陽気で皆さんフキノトウを取って来てベンチで分けておられました。蕎麦を食べていただき、久し振りの方が多く喜ばれました。支援員さんを囲んで4月からの施錠、解錠の話になり、イベントの無い日使って良いか等、相談されていました。午後から足湯を行い4名がうけられました。

近内では、ここでも4月以降談話室の利用方法について話されていました。イベントがないと鍵を開けて貰えないのでカリタス来て下さいと言われました。

田鎖では、土曜日なので休みの方が多く、比較的若い方と子供が3名見えました。皆様の話では4月から鍵を借りて毎日開けるんだと話しておられました。カフェ、蕎麦、足湯と盛り沢山でした。20度を越える日でしたが足湯4名されました。

千鶏では、ほとんどの方がワカメ取りの仕事等に出かけ不在です。その内の一軒のご家族に蕎麦を食べて頂きました。千鶏仮設は現在6軒が入居され、半年以内に全て転居される様で仮設の閉鎖が迫ってきています。
風雨強い為、早じまいしました。