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④2011年10月3日~12月25日の活動報告のページへ
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⑦2012年10月29日~12月27日の活動報告のページへ
⑧2013年1月8日~3月31日の活動報告のページへ
2013年4月1日~8月31日の活動報告のページへ

2013年9月1日~12月31日の活動報告のページへ
宮古ベースの活動報告(抜粋)

抜粋になりますが、宮古ベースの様子を掲載しております。



◆ボランティアの参加者が激減しています。
◆ボランティアのご協力を頂ける方は、先ずは、ご登録を。ご協力お願いします。


          「ボランティア募集概要」 
    「ボランティア申込・登録用紙」


2014年3月24日(月)~3月30日(日)

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■宮古教会に来てくださっていた川口神父様(長崎管区 大分教区延岡教会主任)が、31日宮古への派遣期間が終わり九州へ戻られるます。 ボランティアために土曜日夜にもミサをして頂きありがとうございました。


今週のボランティアは2名から5名
⇒移動カフェ・・・藤原、中里、なかよし公園、西ケ丘、近内、田鎖、千鶏の仮設住宅

藤原では、手打ち蕎麦をすると伝えたら皆さんを誘って来館して下さいました。日頃の欝憤が噴き出したかのように不満を聴きしました。結果的に口に出した方が良かったのだろうと思います。4月から全仮設で支援員がいなくなり、生協とカリタスが来る日だけ集会室が解錠されるそうです。日常集まれる場が無くなり淋しそうでした。

中里では、出前を3軒しました。カフェは手が足らず手伝っていただきました。午後2時を過ぎてから話の輪に入る事ができました。やはり公営復興住宅の話題。何時になるのか、転居できるのか、どの地域が良いのか、不安がられていました。最後は荷物の積み込みも手伝って下さり、又来て下さいと言われました。

なかよし公園では、支援員さんがいなくなり社協が鍵の管理をされています。昼前に近隣の雇用促進住宅の方が見え、電話をしてくださり他の仮設の方が3名見えました。なかよし公園仮設の方は誰も見えないので気掛かりです。

西ケ丘では、ぽかぽか陽気で皆さんフキノトウを取って来てベンチで分けておられました。蕎麦を食べていただき、久し振りの方が多く喜ばれました。支援員さんを囲んで4月からの施錠、解錠の話になり、イベントの無い日使って良いか等、相談されていました。午後から足湯を行い4名がうけられました。

近内では、ここでも4月以降談話室の利用方法について話されていました。イベントがないと鍵を開けて貰えないのでカリタス来て下さいと言われました。

田鎖では、土曜日なので休みの方が多く、比較的若い方と子供が3名見えました。皆様の話では4月から鍵を借りて毎日開けるんだと話しておられました。カフェ、蕎麦、足湯と盛り沢山でした。20度を越える日でしたが足湯4名されました。

千鶏では、ほとんどの方がワカメ取りの仕事等に出かけ不在です。その内の一軒のご家族に蕎麦を食べて頂きました。千鶏仮設は現在6軒が入居され、半年以内に全て転居される様で仮設の閉鎖が迫ってきています。
風雨強い為、早じまいしました。



2014年3月17日(月)~3月23日(日)

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宮古では、3月21日に52cmの記録的大雪で、近くの仮設住宅の訪問に急遽変更でした。不順な天候の日が続いています。しかし、ボランティアの皆さんと除雪をしながら元気に楽しく活動させていただいています。
■いくつかの仮設から、復興住宅への入居や新築転居の話が聞かれ、ようやく次の段階への動きが感じられました。しかし、まだまだ残る方も大勢いいます。そして焦りや不安を募らせていらっしゃるようです。そのお気持ちに寄り添うことを願いながら仮設を廻らせていただいています。



⇒今週のボランティアは3名から6名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、藤畑、浄土ヶ浜、実田、2中、赤前、愛宕小の仮設住宅


清寿荘では、カフェ開店時に既に4名の方々がいらっしゃっていました。そして、熱心に津波が押し寄せて来た時のことを話されていた。二人のボランティアは真剣に耳を傾けていました。2名に肩もみ、1名に足湯を行った。 昼には、きつねうどんをつくり皆で食べました。簡単な料理だが、皆さん、美味しいと言っていただいた。午後には、女の子3人が来所。仮設住宅以外から訪れているようだが心配なさっている点もあるようです。集会所の管理の問題もあるようなので、自治会長の了承を頂き、状況をそのまま文章にまとめて社協に報告しました。

藤畑では、常連のHさんとお嫁さん及びNさんが来所。Hさんは「今後の見通しが見えてきた」と明るい感じであった。藤畑仮設は既に3月、自治会を解散した。役目を終えた様である。そして、それぞれ身の振り方に専念する様子。昼には、きつねうどんをつくり皆で食べました。お嫁さんは夫に、Nさんは二人の子供の分を持ち帰った。ちょっと塩辛かったが、皆さん美味しいと言ってくれ、ご配慮を感じました。今日は社協の会議があるためいつもより早く店じまいし帰途へ着いた。Hさんとお嫁さんが、風が強い中を見送ってくれた。感謝!!

浄土ヶ浜では、今回は足湯をメインとして実施。4人に行ったが、「一対一で向き合えて充実した活動が出来て良かった。」とボランティアは感想を述べていました。足湯隊の隊長Kさんは、率直で陽気で楽しい米国人女性です。来所の皆さんも引き付けられ、「とても楽しい」と会話が弾んでいました。旭川からのちゃんちゃんこ4人の女性にプレゼントした。とても気に入ったと喜んでいました。皆さんと再会を約束し帰途についた。

実田では、いつものように10時半ごろから集まり始め6名となった。来所順に4名(男性1名含む)にちゃんちゃんこを贈呈。皆さん嬉しそうであった。足湯は皆さん遠慮がちだったが4名実施。幼児(3歳)がくることが予想されたのでホットケーキの昼食を企画。全員で食した。幼児もチョコレートを乗せておいしそうに食べた。大きなアンパンマンの絵を描いたホットケーキをプレゼントすると「どうもありがとうございました。」と、とても大人びたお礼を述べていました。最後に手話付きで「故郷」と復興支援曲「はな」全員で歌いカフェを閉めた。

二中は、
宮古市は52cmの大雪となったため、エスティマ号も雪をすっぽり冠ってまったく動かすことが出来なかった。このため急きょカフェの会場を2中へ変更となりました。荷物を分担しリュックにつめ、徒歩で30分かけ2中に到着。除雪手伝い、足湯8名実施。昼となり、スパゲッティ、おしるこをつくり皆さんと食した。仮設の皆さんとの交流が深まったような雰囲気となりました。

赤前では、到着時、仮設の皆さんは昨日の大雪の後片付けを熱心にされていた。全戸を訪問、21人(中高生5人)の参加となった。足湯は11人で順番待ちをするほど人気があった。Tシャツ、男用下着、タオルの配布も人気があった。
男子高校生とTさんが積極的に準備を手伝ってくれ、1145分からジンギスカンを始めました。「ジンギスカンは臭くまずいものと思っていたが、大変美味しい。予想とは格段の違いだった」と大好評でした。食事が終わると皆さんはそそくさと帰り始めた。3人が残ってくれてしばらく歓談していたが、14時には全員帰宅された。

愛宕小学校では、11時近くになっても誰も見えないので全住宅に案内に出かけました。殆どが不在でしたが56軒が来て下さいました。足湯をされる方、雑談される方夫々です。集会室が狭いので前夜に手打ち蕎麦を打ち、昼に食べていただきました。一人住まいの男性が女性67人を相手に冗談を言い皆を笑わせていました。案内に出かけた時、男性が対応に出て下さった中にとても暗い表情の方が何人かおられたので気掛かりです。蕎麦を2人前お持ち帰りなった方は仮設から出て行く方が多くなりあせる気持ちで落ち着かないと話された。足湯の体験者は5名で、全身の疲れがほぐされて楽になったと話されていました。


2014年3月10日(月)~3月16日(日)

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■大震災から丸3年を迎えた3・11は、地元紙も「生きる 語り継ぐ」という大きな見出しで、復興へ向けての新たな決意と防災に対する心の備えが掲載されていました。一方では、復興の兆しが感じられないという声が依然としてあるようです。
■3月11日は宮古教会で平賀司教様の司式による丸3年の犠牲者追悼と復興祈願のミサが行われました。
■旭川のちゃんちゃんこグループから袖なしのちゃんちゃんこが届きました。有り難うございます。各各仮設にお届けします。

⇒今週のボランティアは3名から6名
⇒移動カフェ・・・崎山、二中、きれまち、田鎖、荷竹、児童相談所、板屋、あゆみ公園の仮設住宅

崎山では、10時ごろから集まり皆さんで会話を楽しまれていましたが、昨日の朝、救急車で運ばれた方の訃報が届き、それからは亡くなった方の思い出話となりました。この仮設からこれで3人目の見送りという事でした。

二中では、すでに10名位人が集まっていました。会長さんからコーヒーのおとし方を教わり準備をしました。YMCAも午前中みえて似顔絵書きなどをしていました。

きれまちでは、今日は利用者が少なく残念でした。風邪が流行しているらしく、いつもご夫婦で来られている方もご主人が風邪らしく心配でした。それでもカリタスが来ているという事で見えて下さり本当にありがとうございました。

田鎖では、2歳の子供を中心に楽しませてくださいました。支援員さんがせんべい汁をふるまってくださいました。支援員制度も予算の関係から今年度で終了とのことでした。今後、集会室の管理はどの様になるのか心配です。

荷竹では、いつもの手芸グループの方々がコーヒーを飲みながら作業が始まりました。ときおり会話を交えながらも手をやすめることなく進めていました。今日は人気キャラクターの「フナッシー」を分業で行っていました。持参した袖なしちゃんちゃんこを皆さん喜んで持っていってもらいました。

児童相談所では、いつものメンバーが集まり、まだ来ていない方を見に行ったりして、お互いに支えあっている様子がうかがえます。朝10センチ以上の積雪があり談話室の前を除雪して下さった方に感謝です。また若い人はカフェから除雪の手伝いにでていかれました。お昼には米粉の団子とかぼちゃ入りのぜんざいをご馳走になりました。

板屋では、午前中はだれも見えず土曜日と卒業シーズンと重なり開店休業かと思っていましたが、午後から4名の方が来られ思わず感謝でした。3年が過ぎたせいか住民の方から震災の時の話がでています。それでも「津波は余計だった」と心情を吐露されていました。

あゆみ公園では、このところ津波の話題が出ることが多く、熱心に話はじめられた。「まさか家までくるまいと思ったけれど、神社に逃げて様子を見ていたら、我が家が流されて行った。残ったのは家の鍵だけであった。」「黒いものに追われて、もうこの世の終わりかと思った。揺れが止まってから逃げようと思って動かずにいたところを波に流されたが、近くで工事をしていた人達に引き上げられた。」「黒い波が来る前に、しぶきがかかり、回りが良く見えなかった。」「若者が太鼓をたたいているような音がしたが、実は宮古橋に船々があたる音だった。」「思い出すと涙が出るから思い出したくない。しかし、忘れられない。」などなど。旭川グループが提供してくれた「ちゃんちゃんこ」を喜んで受け取ってくださった。


2014年3月3日(月)~3月9日(日)

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■もうすぐ被災から丸3年を迎えるに当たり、新聞・テレビで被災地を取り上げる頻度が増えてきました。ほとんどの被災した人々が早い3年だったと言っています。しかし、土地のかさ上げ、復興住宅の建設など復興計画の進捗速度は遅々たるものだったような気がします。


⇒今週のボランティアは3名から6名
⇒移動カフェ・・・河南、高浜、藤畑、実田、藤原、浄土ヶ浜、鍬ヶ崎、西ケ丘、近内の仮設住宅


河南では、開始時刻から次々と来館者があり、飲み物の用意やお配りするのにおおわらわ。2つのテーブルに分かれたが、それぞれ仲良しグループのようです。時にぶつかることがあっても、それでもやっていけている関係は素晴らしいと感じました。各テーブルでトランプに興じ、何人かは別室で読売新聞記者(高知支社)の取材に応じられていた。

高浜では、開店早々にいつものメンバーが集まりました。Sさんが中心にいろんな飾り物などを作っておられた。近くに復興支援住宅が建っているが、どんな間取りなのか等が話題になるも、入居予定の方も分からないとのこと。昼に見に行き、写真とともに間取り概略をお知らせした。午後は1時間ほどトランプのババ抜きと神経衰弱で笑った。

藤畑では、4人がいらしておしゃべりした。ボランティアの一人が、以前談話室がなく公民館でカフェをしていたときにも来たことを話すと、その時の写真をお持ち下さり懐かしんだ。明日が高校受験日の由、狭い仮設では勉強部屋がなくかわいそうだとの話から、一日も早く家を建てて移りたいが、工事関係者の不足や市の分譲地が確定しないなどの不満も聞かれました。

実田では、息子さん・お孫さんの話や、犬猫のおもしろい話で盛り上がりました。おいしいわかめを差し入れてくださったのでありがたく頂きました。以前から毎回みえていた方が体調不良とのことで心配でした。支援員さんも3月一杯で仕事がなくなるという事でした。

藤原では、いつもの方が昼食をつくって下さりソーメンとちらし寿司をご馳走になりました。その後は仮設住宅内の問題や不安について話され、社協への要望が話された。話ができるだけでも少し安らいでおられたと感じます。

浄土ヶ浜では、すでにさおり織にとりかかっていました。その後次々に見えられコーヒーを飲みながら歓談をし、4名の方はお弁当をもってきており一緒に昼食をとりました。午後に借用をお願いしていたさおりの作品を持ってきていただきました。311の日本司教団の追悼・復興祈願ミサでの奉納のためお借りしました。

鍬ヶ崎では、午前中は、鹿児島から宮古の仮設に話を聞きに巡回している大学の先生方と一緒になり、地震当時の話しや最近の出来事などを話し賑やかにすごしました。午後からは子供たちも来てゲームをしたりペットの話をして過ごしました。

西ケ丘では、常連の方が来られて楽しいカフェとなりました。3.11も近いせいか皆がそれぞれに当時の話をしていました。それをこのように他人に話せるくらいに受け入れ、前を向いているように感じました。

近内では、いつも来られるかた1名でしたが、ご自分の仕事のこと、津波の一部始終、その後の避難所生活、今の仮設での生活についてときおり涙を浮かべながら話されました。来ることが出来てよかったと思いました。


2014年2月24日(月)~3月2日(日)

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■国道をひっきりなしにダンプカーやトラックが行き交っています。巨大なコンクリートの塊を乗せ坂をのぼる何台ものトレーラーと毎朝すれ違います。復興の足音なのだと思われます。
■仮設の住民からは、復興公営住宅に入る不安・・・どこに行くのか? 誰と一緒になれるのか? 家賃を負担して行けるのか? 引っ越しをどうしたらいいのか? など・・・を耳にします。


⇒今週のボランティアは2名~3名
⇒移動カフェ・・・中里、愛宕小、荷竹、清寿荘、藤原、児童相談所、あゆみ公園の仮設住宅


中里では、久しぶりに快晴に恵まれました。次々の来客でお湯が間に合いません。釧路教会から頂いた手編みのマフラーやハンドウォーマー等をお見せしたら皆さんが集まって品定め。気に入った品を貰い、しばし編み方や使い方の“研究”で盛り上がりました。午後は、鍬ヶ崎地域の言葉を教えてもらい、興味深い言い回しを皆で“研究”し、笑ったり感心したりで楽しく過ごしました。

愛宕小では、午前8人、午後9人が来館。菓子が入れ歯に挟まったのをきっかけに歯科医の評判や、病気の話題でもりあがりました。思い出話は皆さん何度も聞いているはずだが、相槌を打って拝聴。また皆さん負けずに突っ込みを入れて大笑い。「今日も笑った、しゃべった」と、明るい表情でお帰りになりました。先行きへの不安話は聞かれませんでした。

荷竹では、1時間ほど歓談しましたが、その後女性3人はマスコット作りに集中。元漁師の男性は、ここは蚊が多くてクマが出て人の住む所ではないと聞いていたが、住んでみるとそんな心配な皆無で、静かでいいところだと話されていました。午後は研修医から睡眠剤の服用の仕方や運動の仕方などの話を聞いた。自宅を再建して仮設を出られた方が来館されたので、住み心地を訪ねると「睡眠剤がなくても眠れるようになった」と話されたのが印象的でした。

清寿荘では、着物や洋服を割いた布でバッグやポシェットを作ったことにとても満足しているご様子で、昼食後に持参され見せて頂いた。素晴らしい出来栄えでした。被災時の話になり、家を建てようと用意していた土地の上に2階建て家屋が流れ着いたことなど各自が体験を話された。雪割り作業に疲れたと、男性もコーヒーを飲みにこられ、しばし皆さんと話して行かれた。

藤原では、避難所では支援物資がいつの間にか消えてしまったこと、食料品を隠し持って行く人を見たことなど次々と話された。カリタスには助けられている、何度も表彰しないと、とも。隣の仮設の方が来られ、市内の水産加工会社が軒並み社会保険を掛けなくしていることなどが話題となり、皆さん時に憤慨しながら話されていた。避難所のしっかりしたリーダーを平時から養成しておくことが必要だと述べられた。

児童相談所では、温泉への招待バスツアーと重なり、来室は3人だけだったが、昼食もとらず、時間一杯話された。避難所生活の苦労話から復興公営住宅の話になり、市内在住の保証人を見つけることはできそうにないこと、現在無料となっている国保加入者の医療費自己負担の免除も終わったら、家賃を負担する事が出来るかどうか、集中的に行われるであろう引越しを高齢単身者はどうしたらよいか等の不安が共有された。

あゆみ公園では、餃子店開業の元住民夫妻が来て、部屋に入るなり冗談を言って皆を笑わせていました。津波で亡くなった宮古一の金儲け上手だった方の武勇伝・金銭への哲学といったものを聞かせてくださった。昼に皆さん帰られたが、通りがかりの方がのぼりを見つけたからと、婦人二人を誘って来られ、次々と話されて話が止まらない。支援員の方が三月一杯で終わりと聞き、婦人たちはがっかりしておられた。


2014年2月17日(月)~2月23日(日)

⇒今週のボランティアは1名~4名
⇒移動カフェ・・・鍬ヶ崎、きれまち、藤畑、近内、あゆみ公園、実田、西ケ丘の仮設住宅


鍬ヶ崎では、9時半に到着したら住民10名余で除排雪作業をしておられた。前の小川にスノーダンプで運ぶ重労働です。終わってから順次14名が見えました。コーヒーで歓談された後、早い昼食で手打ち蕎麦を食べていただきました。好評でお代わりをされていました。午後から、鍬ヶ崎出身の鹿児島大学教授と南日本新聞の記者が、住民の現状について聞き取りをされていました。札幌カリタスの活動についても質問が有り、3・11以来のボランティアについて少し話しました。その後、女性4名、男性1名が来られ、これからどうしたらよいかと話されていました。私達も仮設の方々とどう関わって行ったらよいか究極の問いと感じました。

きれまちでは、いつものメンバー女性4名、男性1名が見えました そば打ちをみてもらった後、皆様と一緒に美味しくいただきました。2回の大雪で駐車場が無くなり、車が道路に置かれ、住民のトラブルが発生していました、支援員が除雪していましたが追いつきません。ここでも役所の対応に多くの不満が聞かれました。湿った雪がガチガチに固まってスコップでも刃が立ちません。多くの方に支障がでていました。

藤畑は、あまり人が集まらない仮設になってしまいました。今日もH一家の2名です。昨夜 打った蕎麦が余りそうなのでHさんに蕎麦の注文を聞いてもらい4軒に出前をしました。器を返しに来られた際に中に入って見えました。4名が集まり今後の住宅の話になりました。流された家のローンを支払っておられる方が先が、全く見えないと話されていました。

近内では、支援員さんがカリタスの為、駐車スペースを空けてくれていました。仮設内の通路も雪が積もっていて 高齢者は歩けない状態です。4名が見えましたが、人が重なる事なく、ぽつりぽつりで盛り上がりません。おばあちやんが1,5か月の男児を連れて来られ座が和みました。

あゆみ公園は、ボランティア個人として、初めて伺う仮設で不安でしたが、最初に見えたかたがとても明るい方だったので、楽しく対応できました 早速、蕎麦を打ち始めたら、順次来て下さり8名になりました。結婚後、間もなく夫を水難事故で亡くされ、子供さんを苦労して育て上げられましたが、今回の大震災で大きな被害を被られた方がおられ言葉のかけようが有りませんでした 蕎麦は好評で皆さんお代わりをされました どうしても談話室に来ない方がおられるので蕎麦の出前をしていただけないかと言われ2人分出前しました。器を返しに来られ部屋に入って来られたので良かったです。

実田では、常連の方が4人、お誘いに応えての方が6人、聞き付けて来られたボランティアの方が3人と、かつてなく多くの方が集まって下さった。初めて談話室へ来たという30代男性は元調理人で麺を打ったことがある由、喜んで話され、奥さんと二人の幼児も呼んで来て、また声をかけてほしいと言われた。出前も3人あり、打った蕎麦は少し少な目を皆で分かち合った。いつもお出でになるOさんは体調がすぐれないのか、横になっているから…とのご主人の話であった。

⇒西ケ丘では、既にカリタスの駐車スペースが除雪して確保して下さっており大助かりです。いつものように冗談を飛ばし合って大笑いの一日でした。しかし、皆さんが退去すると、ある人が、元住んでいた土地には家を建てることが出来ず、代替地に店舗兼住宅を建てたいという希望があるそうですが、元の土地の買い上げは購入時の1/3程度の価格で、必要な盛土にはこれから数年かかりそうで、高齢な母親を仮設から自宅の家に連れ帰ることが出来るか不安と淋しそうに話されていました。



2014年2月10日(月)~2月16日(日)

<TOPICS>
■2月16日(日)は児童相談所の仮設で移動カフェを開催予定でしたが、降雪のため急きょ休むことになりました。東北と言っても日本海側と違いどか雪はふりません。温暖化の影響で?偏西風の流れが変化したのでしょうか。


⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・河南、高浜、なかよし公園、田鎖、浄土ヶ浜、2中の仮設住宅

河南では、ここの自治会長さんが「住民の皆さんは、貰いなれていて、自分は何もしないで『ご馳走さん、ハイありがとさん』と口先だけで言って帰るだけで、それを当然と思っている。そして自分で行動する意欲を亡くしている。」ことを心配されていた。そこで、「今回、参加者全員で鍋料理をつくり食する」企画に大賛成し、奥様とともに協力していただいた。訪問時には、すでに業者から食材が届いて奥様が下準備して下さっていた。
皆さんに一緒にカフェの準備を手伝って頂いた。コーヒーを飲み、時間に余裕があるので、賭けじゃんけん大会をし皆さん真剣になり、大いに盛り上がりました。11時から皆さんで料理を始めました。皆さんそれぞれ打ち合わせをしながら食材を切ったり手順を決めていました。電気鍋3台で煮たためブレーカーが落ち、急きょ台所のガスコンロも使用した。12時過ぎに鱈と牡蠣鍋、とりつくね鍋、豚肉鍋の豪勢な3種類の鍋が出来上がりました。
自治会長さんの挨拶があり、今回の企画の趣旨が話され食事が始まった。皆さんは「自分で作ったのでおいしい」などと言いながら楽しんでいました。

食事がすんだ後、全員で後片付けをし昔の曲を全員でうたった。帰りには皆さんから「ご馳走さん」と言われ、「こちらこそ」と返した。会長さんからも何度もお礼を言われた。ボランティアの方がいつものとおりケーキを作ってくれ、今回はココアカステラでした。「甘すぎず、とても美味しい」と好評でした。
宮古教会の信徒会長さんにも手伝っていただき、料理・皆さんとのお話・歌唱リード等大活躍だった。

高浜では、かねてこちらの仮設の皆さんと「カキ鍋を皆で作りたべる」約束をしていましたが、本日実施となりました。窓口は住民の方で、買い物から調理の段取りまでやって頂いた。カキはこちらの仮設のIさんにお願いしてあったが、格安で譲って頂いた。11時から皆で作り始め12時には出来上がり、塩と薄口醤油でとても上品な味に仕上がりました。来月、高浜地区に復興住宅がたち、仮設から5世帯が移ることとなったとのことで、それはなるべきことではあるが「とてもとてもさみしい」とSさんがしんみりと語っていました。午後は足湯を5人行いました。雑談の後、2時20分から昔の歌を10曲歌い、3時に帰途についた。

なかよし公園では、仮設住宅には着きましたが、積雪のため駐車場スペースありません。支援員さんに聞きましたら除雪して入れて下さいと言われひと苦労しました。10時すぎ2人が来られ手打ち蕎麦を打つと伝えたら電話をかけて下さり8名が集まりました。美味しいとお代わりを所望され各自2人前は食べていただきました。午後からはテーブルで2つに分かれて賑やかな語らいの場になりました。研修医に健康相談される方や復興住宅の地域選び等が話題の中心でした。夫婦だけでなく子供たちと一緒に震災前と同じように生活したいと話しておられました。

田鎖では、午前1030分を過ぎても誰も見えません。全戸数23軒なので案内に各戸訪問しました。殆どが不在で、在宅は5軒でした。手打ち蕎麦をすると伝えましたら8名が見えられ蕎麦は好評でした。男性2名が見え、捕鯨船で世界の海を回り鯨との戦いを皆に話されていました。この仮設住宅は若い人が多く働いている方が殆どだそうです。今日見えた方は、将来、何処に住めば良いか悩んでおられる様子でした。

浄土ヶ浜では、9時40分に着きましたが、集会所がまだ開いていませんでしたので、TELして10時にオープンしました。今日は第2集会室も誰もいません。明日からの風雪に備え買い物や病院へ行かれたそうです。
一人の方が見え他の方を誘いに行ってくれました。3名が見え、昼食に蕎麦を出し、みなさんお代わりをされました。
午後から4名が足湯をされ温まったと喜んで帰られました。

2中では、午前8時に社協よりTELがあり、今日の活動どうされますかとの問い合わせありました。活動する旨返信しました。仮設住宅に行きましたら、中学生10名余で駐車場の除雪中でした。土曜日なのに有り難く嬉しくなりました。集会所に入ればNさんが早くから部屋を温めて下さっていました。開口一番、カリタスは必ず来ると信じていたと言われ、また嬉しくなりました。札幌教区学生とボランティアNさんはコーヒー係で、他の2名YさんとSさんは蕎麦打ち準備。外は暴風雪で皆さん来て下さるのか不安でしたが、順次15名が見えました。蕎麦を打つところも見ていただき、早めの昼食に蕎麦をだしました。皆さん喜んでいただき全員お代わりをされました。
当初75世帯位が住んでいましたが、現在は54世帯に減少しているそうです。復興住宅は2ケ所になるが抽選になりますが、ほぼ入れるそうで年末までに大きく変わりそうです。13時30分頃に皆さん帰られたので、カリタスも早じまいし帰途につきました。



2014年2月3日(月)~2月9日(日)

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■福岡からの高校生ボランティア5名は、降雪のため仙台空港に着陸できずに新千歳空港へ変更となり、残念ながらボランティアに参加することはできませんでした。急遽、札幌泊となり、さっぽろ雪まつりを観覧し、無事に福岡に帰って行ったそうです。


⇒今週のボランティアは2名~3名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、実田、崎山、近内、藤原、あゆみ公園、赤前の仮設住宅


清寿荘では、訪問時すでに3人の方々がいらしていて足湯を行った。宮古教会ボランティアが自宅でケーキを焼いて持参なされ皆さん感激していました。昼食と差し入れを皆で頂く。皆さん話が弾んで、カラオケの力も借りて若かりし頃の話で盛り上がりました。

実田では、今回、川口神父(宮古教会に1月からいらした大分教区司祭)に同行して頂いた。コーヒーを飲んだ後に昼食作り。そして、昔懐かしい歌を歌い、手話で歌う方も。歌の合間に当時の話が弾みました。

崎山では、今日はこの冬1番の冷え込みだったせいか来室が少なかった。足湯などを行い喜ばれた。カリタスが帰った後、子供たちが45人集まりここの談話室で毎日勉強しているとのこと。プレゼントとしてお菓子を置いてきた。

近内では、昨日に引き続き、とても寒い朝となった。お声がけに歩いたが、ほとんど不在で在宅は4軒のみ。いらした方が話す将来への不安や、仮設住宅での苛立ちなどをゆっくりお聴きしました。

藤原では、今日も寒い1日となった。「今が旬だ」とワカメを持ってきて頂いた。お話を聴く中で懸念されることがあり、もし危険があれば110番通報することをアドバイスした。このことを社協へ報告することとした。

あゆみ公園では、今日は寒い上、雪も多くなり荒れてきた。住民の皆さんはいつもの半分以下とのこと事。昼食のスパゲッティは喜ばれ持ち帰りされた方も。昔の曲を歌って、今日は楽しかったと言って頂いた。

赤前では、前日からの大雪で出発が遅れ道に迷い到着が遅れたが、お声掛けすると参加者は14名となった。皆で昼食を頂き、食後はじゃんけん大会、歌合戦などで大いに笑った。今度、カリタスカフェの日、鍋等の料理をつくることを検討する事となった。


2014年1月27日(月)~2月2日(日)

⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ・・・鍬ヶ崎、赤前、藤畑、実田、西ケ丘、板屋、荷竹の仮設住宅

⇒鍬ヶ崎では、
.オープン早々まだ部屋も暖まらないうちに次々と見えられこたつの中で談笑が始まりました。年配の方の戦争時代の話や花嫁さんの髪型など昔の話にみなさん聞き入っていました。午後からは札幌のお子さんの家に雪かきのお手伝い?に行くと言うお母さんが見えられ、滑り止めの靴等を心配されていました。

赤前では、前日の鍬小同様10時のオープン早々続々と集まり、コーヒーづくりはフル回転となりました。幼児の男の子3人を含め非常になごやかに皆さん談笑されていました。午後からも14名ほど集まり家が流された様子の話や今後の住宅等について話されていました。

藤畑では、到着するとすでに部屋は暖まっていました。8時頃から副会長が暖房を入れていてくれていました。集まったのは2名でしたがお子さん、お孫さんの話など昨日とは異なりゆっくりと話をすることができました。

実田では、幼児が両手をついて挨拶する等しぐさがとても可愛く、皆さんは目を細めていた。昼に、うどんをつくり皆で食す。近況を話し時間を過ごす。男性が来られご自分の近況を面白おかしく話をされ皆さん笑いながら聞いていた。鍋料理をする約束をした。

西ケ丘では、ボランティア持参の毛糸が大変好評で感謝された。警察官による防犯教室が行われた。担当の若い警官がハンサム凛々しく、皆さんは「孫みたいで可愛い」と喜んでいた。まとまりがあり良い関係をつくられているようであった。次回は「持ち寄り鍋でご馳走する」と言っていただいた。帰り支度を全員で手伝い見送りをしていただき、帰途についた。

板屋では、男性は田老地区、女性は山田町から来られたとのこと。山田町での被災体験を生々しく話をされていた。退院して間もなくの方が食事の後しばらく横になって睡眠されていた。ふらふらとなり、立ち上がるのが困難のようであった。(社協に口頭で連絡済み)

荷竹では、最近は転居などによりめっきり参加する人が減ってきている様子。昼は皆でうどんを頂き、昔懐かしい曲を歌った。当時(若かったころ)の経験をそれぞれ懐かしく話しあった。しかし、やはり大震災の津波の経験がところどころに顔を出していた。



2014年1月20日(月)~1月26日(日)


<TOPICS>
■宮古市内の災害公営住宅として近内、高浜の住宅の募集が始まりました。家族数による制限や収入による家賃格差、立地場所など新たな悩みが出てきています。


⇒今週のボランティアは2名~3名
⇒移動カフェ・・・中里、愛宕小、浄土ヶ浜、河南、田鎖、あゆみ公園、近内の仮設住宅

中里では、銘菓や山鼻教会から送って頂いたケーキを食べながらおしゃべりが盛り上がりました。午後は足湯サービスを行い、じっくりとお話をうかがう事ができ、長く働いてこられた手からさまざまな人生を感じられました。

愛宕小では、ここの仮設は男性が多く集まり、かつ女性の皆さんと和気あいあいとおしゃべりをしています。昔の武勇伝?などに大きな笑いが絶えません。ここでも足湯のサービスを行いましたが男性は遠慮されていた。なごやかな仮設でボランティアもいやされました。

浄土ヶ浜では、さおり織メンバー以外の方もみえて一緒にみそ汁をおいしくいただきました。さおり織のメンバーはやめるかたもいるのでメンバーを勧誘していました。午後からは足湯を楽しみにしてくださり本当に気持ち良かった、温かくなったと笑顔で帰られました。

河南では、次から次と集まってこられ、いつものように大忙しとなりました。今日も足湯をおこない7名のかたに提供しました。また宮古病院の研修医さんも加わり終始大きな声での笑いのなか楽しい時間を過ごすことができました。

田鎖では、談話室は冷え切っていて、こたつで足を温め、おしゃべりと折り紙での駒づくりをしました。隣の仮設に、カリタスさんがきているからこちらに来るようよんでくれました。足湯、お話しは復興公営住宅のことが中心となり新たな心配事となっているようでした。

あゆみ公園では、「今日はカリタスさんが来ているから」と、集まったかたは近所に住んでいた方の消息や被災当時避難所に入っていなかった人の苦労などを話されていた。また区画整理で土地は買い上げられたが本当は代替地が欲しかったがと、今後の不安をはなされていました。

近内では、話す相手も少なくなり、中心街のお店で快く話し相手になってくれる店員さんがいるとのことでした。午後は大阪で行われている女子マラソンをみながら一緒に過ごしました。


2014年1月13日(月)~1月19日(日)

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被災後丸3年目を迎えようとして、ようやく復興公営住宅の募集・抽選などが動き始めたようです。先日のボランティア団体の情報交換会でも各団体における引越しのボランティア活動の可能性について話題となりました。


⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、児童相談所、高浜、実田、崎山、きれまち、藤原の仮設住宅

清寿荘では、みかんの差し入れや、すあまと沢山の食べ物も頂きました。ここの仮設は手芸が盛んでいろんな手芸品のお披露目がありました。自治会長さんが「おかげで、事情によって離れていた人達の出会うきっかけが出来て本当に助かりました」と感謝のお言葉を頂きました。

児童相談所では、足湯をする事になり大変気持ちが良いと喜ばれました。昼には仮設の人達が購入した宝くじの当選金1200円で野菜を購入、蟹汁を作って大変美味しく頂きました。みんなで自主的に楽しい事をする工夫をしておられて微笑ましく感じました。

高浜では、新年の挨拶で、本年もよろしくとご挨拶を交わしました。午前中は、押し花先生のお孫さんが来て、おしゃべりを一生懸命して、紙皿の制作も行いました。午後から足湯を行ない、皆さんの前では話しずらい家庭関係の事も話されたりして心も体もほぐれて何よりありがたいと語って下さいました。

実田では、震災の年に生まれた男の子がおばあちゃんとやって来ました。39日には病院を退院する予定だったが黄疸がでたのでそのまま入院。311日は病院に居たので命が助かったそうです。しっかりしていて、やさしい子でした。

崎山では、小学校はまだ冬休みということで13名中半分は子供たちでゲームをしていました。大人たちはコーヒーをのみながら談笑。午後からは足湯を提供。津波ですべて流され、心が折れそうになったことが何度もあったが、こうして来てくれ本当にありがたいと言っておられました。

きれまちでは、せっかくカリタスさんが来てくれるのに今日は少ないかも知れないと言う事で、わざわざ隣の仮設に迎えにいってくれました。イモ餅汁を一緒にいただきました。大勢で食べると美味しさも倍増。足湯も5名の方が受けられ大変気持ちがよいと好評でした。

⇒藤原では、お昼はおそばを一緒にたべたいと持参してこられました。仮設住宅での生活の困難さ、人間関係と社協や行政の対応などについて話された。足湯を行いながら十分に話されたせいか満足されたご様子でした。



2014年1月6日(月)~1月12日(日)


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■今年も6日からボランティアの活動が始まり、7日から仮設住宅での移動カフェもスタートしました。今年も皆様のご協力を頂きながら、被災地の方々が必要としている限り、ボランティア活動を続けて行きたいと考えています。どうぞ宜しくお願いします。


⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・藤畑、なかよし公園、荷竹、二中、板屋の仮設住宅

藤畑では、常連の方が娘さんといらっしゃり「クリスマスのプレゼントが美味しくうれしかった」とお礼の言葉を頂きました。今日7日ボランティアのsさんが七草粥を作ってくれました。ボランティアに札幌から見えた2人の神父さんが家庭にいるようだと大変喜ばれました。

なかよし公園では、健康談議が続いたがB神父がとても熱心、昼はU神父の手作りラーメンとジャガバター+イカの塩辛を頂いた。カラオケをはさみながら復興住宅の話となり、いつ、どこへ、申込み優先枠のことなど現実的な話題となり真剣に話されていました。

荷竹では、今年最初の雪。道の両側の樹氷が素晴らしい景色でした。8名の方が来られました。復興住宅へ入る為に宮古市では敷金として3ケ月分が必要で、資金の算段などについて話し合われた。生活苦を聞くとやりきれない気持になりますが、帰る時に忘れないで来て下さいねと言われた。人に話すことで少しでも気が楽になるのだと自分に言い聞かせ気持ちを切り替えました。

二中では、ここでも復興住宅の話題が中心でした。遅くても来年2月には引越しをする人、ある人はこのまま仮設にいたいと言う。せっかく仲間が出来て落ち着きかけた生活が壊されると言う不安を感じている人もおられた。

板屋では、カリタスさんがきたら宜しくと言って赤飯を託してくだされました。感謝です。前日からボランティアが準備したコロッケを皆さんで頂いた。仮設の皆さん同士で正月の挨拶を「今年も宜しくお願い致します」としておられたので、カフェの前にはあまり交流がなされていないご様子が伺えた。