抜粋になりますが、宮古ベースの様子を掲載しております。



◆ボランティアの参加者が激減しています。
◆ボランティアのご協力を頂ける方は、先ずは、ご登録を。ご協力お願いします。


          「ボランティア募集概要」 
    「ボランティア申込・登録用紙」



2015年9月27日(日)~10月3日(土)

⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・中里、なかよし公園、西ケ丘、河南、清寿荘の仮設住宅、住民交流施設よっとでんせ

中里では、到着すると外のベンチで10人程が話をされ移動販売車を待っておられた。コーヒー準備に大忙し、芋団子も焼いて食べて頂く。昼食は蕎麦。東京在住の息子さんがカフェにこられた、お母さんは4年間1度も談話室に来られていない、お誘いに行ったら来て下さった。1人が近日転居されるので皆様が過去を振り返っておられたが、3,11の苦労話が中心でした。

よっとでんせでは、児童公園仮設に水を貰いに行き鍵をあけて頂く。今日も社協2名がこられ話題のなかで応対されていた。会場を2つ使用していたので午前は傾聴ができませんでした。ブドウや栗の茹でたもの等、持ち寄り下さり味を楽しみながら会話が続きました。

なかよし公園では、無口でいつもニコニコしておられる○さんとゆっくり話ができました。11時半頃よりドドッと13名と社協3名が見え、コーヒー等、大混雑でした。社協が話相手になっていただきました。午後からは2つのグループ分かれて婦人の方は手芸品の作り方や、出来上がった品の品評など行われていた。男性の方は漁業の製品作りに外注加工をせねばならず利益がでないと話された。

河南では、荒天により宮古到着時間が予想出来ない為休止としました。

清寿荘では、いつもの方々をお迎えして集会室へいったら数人の方が来られていました。今日の一番の話題は、被災者の医療費が一年間延長された事が県知事から表明されたことでした。皆さん助かると大変喜んでおられました。子供と関わる仕事をされていたボランティアさんが子供とカードゲームや外で鬼ごっこをして遊んでくれて楽しく過ごしていました。帰りには手を振って見送ってくれました。まるで24人の瞳のお別れの様な光景でした。


2015年9月20日(日)~9月26日(土)

<TOPICS>
■連休の3日間は活動休止し、今週の活動は3日間


⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、児童相談所、愛宕小の仮設住宅

清寿荘では、既に3名が待っておられた。近くでおでんせ、とお声かけをした。 栗拾いをされていた方が栗を茹でて持って来られ、みんなでいただいた。登別教会のUさんが持って来られた手作りリボンブローチを喜んで受け取られた。社協コーデネーター2名も1時間半くらい話し合いをされていた。肩、足のマッサージをしましたが、毎回楽しみにしておられる。ご婦人達は秋の味覚の話、戦時中の食糧難などの話されていました

⇒児童相談所では、昨日も転居者の送別会をされた。登別教会のリボンブローチを受け取り、これなら自分達も制作指導を受け作りたいと話され、ここでも大変喜ばれました。一家4名も来られ社協2名も加わり大混雑です。蕎麦を17人で分けて食べました。○さんは宮古市での宅地探しの難しさや住宅建設費の高騰を嘆いておられた(坪70万位になっている)

⇒愛宕小学校では、3名の男性が待っておられ次々に見えて賑わいました。話題は秋の食品で栗、くるみ、さんま、柿、きのこ等へ。男性は黙って微笑みながら聞いていて大笑いの連続でした。昼食に蕎麦とカボチャ団子。酢づけのタマネギ、枝豆、セロリの差し入れもありました。一人の女性は他の人々とは全く話さず、ボランティアの二人がゆっくりと聞きました。 家族を亡くされ100日が過ぎて漸く外に出られる様になったそうで、満足そうにお帰りになりました。


2015年9月13日(日)~9月19日(土)

⇒今週のボランティアは1名から4名
⇒移動カフェ・・・崎山、高浜、荷竹、白浜、田鎖、二中の仮設住宅、わくわく祭り

わくわくまつりでは、
荷物満載で8時発。会場の設営を終え、9時半の開始に合わせて炭をおこしてジンギスカンを焼き始めると行列ができ、隣の生協ブースの方が、その後浄土ヶ浜仮設の方が売り手を務めてくださった。休む間なく焼き続け、11時過ぎに教会の信徒ら4人が、12時過ぎに更に2人が来てくれたのでコンロを2台にし、14時ころまでは休む暇なし。「美味しかった」の声を何人もから聞いた。14時半頃から後片付け。15時終了時には雨となり、伝と問う撤収を手伝い、16時、教会に荷物を納めて一服。女子大生2名が14時過ぎに到着。帰路途中で早めの夕食を済ませた。

崎山では、畑で採れた茗荷を持って来られた方がいらしたが、今日も蕎麦屋さん(蕎麦打ちのVlr.)が来るかと思ってとのこと。CT検査の結果、次の受診が心配との話から、医師に助けられたこと足指を広げる健康法のこと、楽観的に前向きに生きる事の大切さなどを若いボランティアに話してくださった。

⇒高浜では、いつものメンバーが集まり、おしゃべりを楽しんだ。方言を“通訳”してくださり、しゃべる人も周りも爆笑が続いた。午後は、カラオケをしようとなり、機材を取りに出たところ、ある男性に語りかけられ、ボランティアや仮設住民への批判的な意見(誤解が多い)を聴かされた。お話しを聴いた結果時間がなくなり、カラオケは中止となった。社協で連絡会議があり、岩手大の方から、新しいコミュニティ作りに関しての実践(大船渡市)に基づく講演が聞けた。要約すると、支援者が何かをしてあげるのは簡単だが、住民自身が担って行けるようにリーダーを見出しその方をサポートしていくことが重要との内容だった。

⇒荷竹では、暖かな日よりで、しばらく外のベンチで3人と会話した。公営住宅を見てきたが、家賃・共益費等を払ったら生活していけない、ベッドを入れてはだめと説明を受けたと不満を口にされた。集会室でも会話は少なかった。体調不良や病院の混雑などの話題だった。ある方は、カリタスさんが来るからと昨日4時間山を歩き、採れた松茸2本をくださった。夕食は美味しい松茸ごはんになった。

⇒赤浜では、到着を待っていましたとばかりに8人が来られた。「段々に完成し出て行く人があるので淋しくなる、私はまだだけれどカリタスさんは来てくれますか?」と問われ、待たれているなら来たいと思うと答えた。宗教の話になり、病気が治ると信じて行った修行の結果亡くなった方を見て神は信じられないと仰る方に、ご利益宗教の虚しさを話し合った。「本当のキリスト教は、皆に平等にしてくれる(クリスマスプレゼントのことか)から好き」とのこと。午後は「敬老会」として、ハーモニカや山田線音頭、皆で唱歌を唄い気分よく解散した。途中1時間ほど、世話人は重茂小、同漁協に「奏楽(そら)」のポスターを届け、張り出しを依頼した。

⇒田鎖では、午前3時から20分置きにチリ地震の津波注意報のアナウンスとサイレンが朝まで続いた。住人男性が一人来られ、捕鯨した経験などをお話ししてくださった。昼前に財務局から3人が来て特殊詐欺防止の話をして行かれた。地元の食材の美味しさの話題になり、今度来たら美味しいヒッツミ(うどんの様な郷土料理)をご馳走すると言ってくださった。○さんは女子大生に、ご自分の体験をお話しされ、「幸せになるんだよ!祈ってるからね」と言って帰られた。

⇒二中では、2人の学生Vlr.は朝離宮。東京からのマッサージVlr.2人とのコラボとなった。皆さんコーヒーを飲んでは腕のマッサージ、整体を受けられ、気持ちがいいと喜んでおられた。今日から「宮古復興まつり」で、中心街では山車が出たり、さんさ踊り等が繰り広げられるそうで楽しみにしている方もおられた。多くの住人の出身地である鍬ケ崎地区の変貌ぶりも話題だった。カリタスさんからミシン・アイロンを貰ったが、現在はほとんど使われておらず、さをり織機のように譲ってほしいとの要望があった。


2015年9月6日(日)~9月12日(土)

⇒今週のボランティアは2名から7名
⇒移動カフェ…児童相談所、浄土ヶ浜、あゆみ公園、藤原、白浜の仮設住宅、わくわく祭り

児童相談所では、ここの仮設も他と同様災害公営住宅に移った方が多くなり、久振りに顔を見せた方もありお互いの近況を確認し合っていました。その後もうすぐ1歳になるHちゃんが見え、その可愛さにみなさん癒されていました。お昼はきな粉餅を作って下さり、ごちそうになりました。午後からは依頼されたクラフトの籠作りをしながら、避難所生活でのことや被災直後の様子の話になりました。4年以上も同じ仮設に暮らしながらその時の話を今日までしていなかったことに少し驚きを感じました。

⇒浄土ヶ浜では、
到着するとすでに2名の方がサーモン君とみやこちゃん作成の作業にはいっていました。イベントが何回かあるそうで、そのために忙しそうに手を動かしていました。そのようなかボランティアに織り方の体験してみなさいと好きな色の糸をえらび、さおり織の体験をさせていただきました。作業の手を止めて教えていただき3名合作の織りを編むことができました。午後からは鍬ヶ崎の今昔のDVDをみせていただき、津波の破壊力をあらためて実感させられました。

⇒あゆみ公園では、
強い雨のため来る人が少ないのではないかと心配しましたが、まず2人がみえそのあとK夫妻が作りたての暖かい餃子を持ってきてくださいました。雰囲気がいっきに明るくなり皆さんでおいしく頂きました。震災当日のことも話題になりお一人の方はお孫さんの卒業式で盛岡に行っており、その帰りに道の駅で鍬ヶ崎は全滅との話を聞き信じられない中、途中まで行ったが通行止めで現実を知らされたとのことでした。

藤原では、今日も雨だったためどれだけの人が来てくれるのか心配でした。準備をしていると一人の方がきてくださって、今日はうどんを食べようと準備を手伝いました。また野菜がたくさんあるから取りに来てと言われ、自宅にうかがって頂きました。震災から4年半、やはり人間関係のいざこざはまだあまり消えないのだなと言う事を、お話しを聞いて感じました。その後テレビで常総市の洪水のニュースを見ながら津波の事を思い出すといっておられ、でも津波は引くけど、氾濫は止めない限り浸水が続くと心配されていました。

⇒白浜では、
オープン30分ほど前でしたがすでに3名の方が話をしながら待っていました。早速準備に取り掛かり10時には皆さんにコーヒーを提供できました。皆さん昨日からの茨城県の洪水の話をされ、同じ被災者として今後のことを心配されていました。その後、乗り合いバスの話になり、学生のマナーや親切にされたこと忘れ物をしたことなどを楽しそうに話されていました。ちなみのここ白浜から宮古までは片道500円とのことでした。若いVlr.に「また来てね、待ってるからね」と嬉しい言葉を頂きました。

わくわくまつり準備 2人のVlr.は朝に宮古を離れたため、急遽教会のS氏に応援を頼み、明日の準備を行った。必要な物品の買い物、会場のテント張り、コンロの調達、野菜を切って必要数の袋詰め等、何とかこなすことが出来た。



2015年8月30日(日)~9月5日(土)

⇒今週のボランティアは3名から5名
⇒移動カフェ…愛宕、西ケ丘、河南、きれまち、鍬ケ崎、実田の仮設住宅

愛宕小では、野菜が多く出回る時期になり、仮設の皆さんから頂いたゆうがお、カボチャ、なすび、それにボランティアの学生.が親から預かって来たとうきびを皆で食べ、いつもより楽しく語らいました。折り紙で羽ばたく鶴作り、新聞チラシでゴミ入れの制作に取り込んでいました。少し体の不自由な○さんも元気そうに来られていたので嬉しく思いました。

⇒西ケ丘では、いつも明るく迎えてくれます。引っ越しをした方も来てくれています。学生さんは胡桃拾いに連れて行って貰いました。昨日と同じ様に折り紙、ゴミ入れ作りに挑戦。壁側に奇麗なバラが飾ってあったのでのお聞きすると、震災の年に仮設を訪ねてくれたボランテイアの方が、みなさんが癒されるならばと言ってその後4年間に渡って枯らす事がないよう送り続けてくれてとのこと。ホットな気持ちになりました。

河南では、やっと夏らしい日。コーヒーをおとすと香りに誘われてきたと、5人のお母さん達が談話室へこられました。近況を宮古弁で話されていたので丁重に傾聴に徹しました。お一人の方はご主人を「つなみで」、隣のご婦人も「娘を亡くしました」と。話題にしたことに対し「気にしないで下さい、こうして笑って過ごすことが弔いになるから」と話された。仮設の皆さんは大変な思いをして笑顔や努力をされている事を再認識しました。

⇒きれまちでは、
いつもお見えになる方が入院されているので一人が来られた。90歳を超えて大変お元気です。「結婚は早くしなさい」「夫婦喧嘩は子供のいる処ではするな」「なにもしないとボケるから働け」などと若者に話されました。自分は14歳で稼ぎに出されて「おしん」の様な生活だった。働いたお金は親へ自分は稼ぐだけだったが辛くなかったと語ってくれました。

⇒鍬ケ崎小では、
折り紙をはじめました。アサガオや、足のある鶴やさいころ、コマ等お互いに教え合いながら過ごしました。午後から隣の仮設の方が見えたのでトランプをすることに。ババ抜き、ジジ抜き、7並べ最後に大富豪。大富豪は初めてとのことで、娘にカリタスさんと大富豪と言うゲームをした事を報告すると言ってとても喜んでいただきました。

⇒実田では、
今日も4歳の子を中心に皆でその成長ぶりを楽しませていただきました。談話室で育ったと言っていいほどで本人も来る事を楽しみにしているようでした。平日は幼稚園に行っているのでカリタスカフェが土曜日にあたるとおばあさんと一緒にこられます。今日はお弁当とおやつ持参でこられ、皆さんに配ったり絵を描いたりして一所懸命に遊び満足して帰っていきました。いつも皆さんをなごませてくれています。


2015年8月23日(日)~8月29日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ…中里、なかよし公園、二中、田鎖、清寿荘の仮設住宅、よっとでんせ

中里では、転居された方は20分かけて歩いて来られ、その後9名みえた。社協2名が見回り後、1時間ほど転居後の話をされた。不慣れの為に予備知識を与えられていた。談話室の使用料が取られるので割り勘にしたり共同で使用する所の掃除や分担金の話。 その後は3.11直後の食べ物状況の苦労話でした。でも此処へ来てなんでも話せるので元気が出ると話された。そして今が幸せ、そして皆様からの支援が嬉しいと何度も言っておられた。中里の方々は鍬ヶ崎公営住宅に移られる方が多いのですが工事が遅れ来年完成予定だそうです。

⇒よっとでんせでは、
順次8名がみえ、ここは水が出ないのでポットにお湯をいれてもって来て下さる方、スイカを1個もって来て下さる方、感謝です。午前は折り紙、午後は手芸をされ 和やかな談笑がつづきました。(仮設の方2名、地域の方6名でした)

⇒なかよし公園では、
常連さんを中心に8名と乳幼児1名が参加された。神戸から里帰りした9ケ月の乳幼児が一番人気でした。いろんな表情をして皆さんを楽しませてくれました。復興住宅の話題や健康の話しでは、血圧計があり皆さんで測定をされていました。途中に一人の男性がこられてズボンの裾治しを縫製の先生の被災者の方が仮設住宅に帰られてすぐに直して持ってこられて感謝されていました。

⇒二中では、
13名の皆さんがこられて賑やかに話をしながらコーヒーを待っておられました。専門家の方(住民)に頂いたコーヒーは本当にうま味が出て美味しかったです。午後からは8名の方々でカラオケを歌い、青春時代を想い出して楽しく過しました。

⇒田鎖では、
午後から仮設を出られた親子が訪ねて来ました。復興住宅は3DKに住んでいるが、仮設では4年間も身を寄せ合って生活をしていたので今も1部屋にかたまって寝ておられると言う。別々に寝るとゆっくり休めないと話してくれました。ある夫婦も午後からこられご主人が足が悪くなり盛岡の医大病院に入院するという。痛くて眠れないと話された。元気になって帰られる事を祈る。久振りに生協ボランティア〇さん夫婦も来られました。

⇒清寿荘では、
いつも世話役をしてくださるOさんが健康診断で遅れてこられるというので津軽石小学校で移動検診が終わる頃にお迎えに行った。普段は既に新築した自宅にいてカリタスの時にタクシーに乗ってこられるので本当に頭が下がります。皆さん揃った処で以前作っていた籠の完成品の評価をされていました。その後折り紙で鶴、羽ばたく鶴作り、ゴミ入れの制作に取り込んでおられました。おじいちゃんが肩揉みをしてほしいというのでお揉みしましたが依然より肩がほぐれている様に感じました。


2015年8月16日(日)~8月22日(土)

⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ…藤原、崎山、荷竹、高浜、西ケ丘、赤前の仮設住宅

藤原では、以前から、蕎麦を食べたいと聞いていたので早速準備。公営住宅の建設が遅れ来年2月の転居予定だそうです。ここにいる間は旅行は出来ないが落ち着いたら北海道、沖縄に旅行したいと話し、以前より明るく希望を沢山持っておられたので安心しました。○さんは幾回りも細くなり耳も殆ど聞こえなくなっておられ、もう菓子は食べられませんでした。

崎山では、社協担当員がきて勧誘に廻ってくれたが
4人しか在宅されていなかった。昼食に蕎麦を食して頂いた。小学校今日が始業式で、今日は給食がなくお腹をすかして来た子達にも蕎麦を出す。日焼けした健康そうな児でした。昼食にマンボウの刺身をいただいた、美味。仮設に住んでいて亡くなられた方の話をされた。

⇒荷竹では、
この仮設はもう
56世帯しか住んでいないと話された。9月か10月には公営住宅へ転居されるそうで、手芸品はもう作らないとも。社協担当者も2時まで滞在され公営住宅の状況やマイナンバー制度の危惧が話されました。ご高齢の方に足湯をし、散歩の足取りが軽くなったと話された。昼食にはお蕎麦。

⇒高浜では、
7名が揃い、多くの方が転居され、いま来られる方はこれ位だそうです。折り紙の皿作りをボランティアさんから習い皆さん覚えられた、早めの蕎麦を食して頂きながら、足湯を3名が受けられた。11で奥深い悩みに近い話をされ最後はすっきりしたと呟いておられた。さ・わカフェ(社協主催)のため13時に退室。社協開催のさ・わ(茶輪)カフェには社協2名、岩手生協2名、カリタス2名協力。14回目の開催で情報交換と仮設や復興公営住宅に住まいの方々の様子を共有し、社協も知らない事があったら知らせてほしいとの事でした。今後はボランティア同志協力しましょうと話しました。

⇒西ケ丘では、
女性
6名、男性2名が来場された。田老産のそば粉が入手できたので賞味していただいた。つるつるして、腰もあるが風味に欠けるとの評でした。8名の内、仮設に残っておられるのは2名で、この方も年内中に転居予定。西が丘は集約仮設に入っているのでいずれかから転居して来られるとおもいます。今日は皆さん久し振りに会われたのでおしゃべりと笑い声で盛上がりました。

赤前では、
今日はS社の弁当配布日なので蕎麦は遅くに用意しました。次々に見えコーヒーのおかわりはセルフで。足湯を午前4名、午後4名行い、12時より弁当、お茶、お菓子等が配られ40名以上の方が見えた。土曜日のせいか40歳前後の主婦が多かった様です。コーヒー、蕎麦を食された方は16名で賑わいました。赤前も12月には4,5世帯しか残らないと話されました。9〇歳のおばあちゃんも元気です。


2015年8月9日(日)~8月15日(土)

■今週はお盆前で10日と11日2日間の活動でした

⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ…あゆみ公園、白浜の仮設住宅

あゆみ公園では、仮設の中心だった〇さんは引っ越され、今日はお出でにならなかった。近くの仮設の方が孫の幼児2人を連れて来られ、その子らは絵本読み聞かせをおとなしく聞いていた。昼からは高校野球を見ているところへ、地元Vlrさんら2人が来て息子の野球部でのことナどの話題で盛り上がった。お手製のケーキはいつもどおり称賛された。世話人は午前中宿舎の床のワックスがけを行った。

⇒白浜では、
到着時すでに
7人が集まってお話ししておられた。久振りの再会だったボランティアさんと懐かしい挨拶を交わされた。コヒー、お菓子、コーヒーゼリー、スイカを食べて頂き談笑。若いころの遊び、船に乗っての嫁入り、嫁ぎ後の大家族での暮らしや漁への従事などを話され、「思いで話はいいなー」と仰っていた。


2015年8月2日(日)~8月8日(土)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ…鍬ケ崎、浄土ヶ浜、荷竹、実田、児童相談所、きれまちの仮設住宅

鍬ヶ崎小では、ベンチの男性3人をお誘いしコーヒーを飲んで頂いた。男性が入られたのは初めてと思う。ウニの話になり、明日の口開けに備えた作業がある由で5人の女性と交替。お盆のしきたりの話題になり、公営住宅に入ったらこれまでのように家の前で松を燃やすことも出来ない…いっそ様々なしきたりを止めたらいいとの声も出た。冷えたスイカを提供、とても喜ばれた。

⇒浄土ヶ浜では、
皆さん「暑い」を連発。冷たいジュースを好まれた。さをり織りマスコット作りに取り組まれ自分の分担を黙々とこなしておられた。今日は中心となって引っ張っている方が不在で「体調を崩したり仮設から出たりで徐々に作業をする人が減っており、何時まで続けられるのか…」との声もあった。休憩時間にお茶、スイカをお出しし、喜んでいただけた。

⇒荷竹では、
今夏一の暑さで、家にいるのは電気代もかかるからと誘われた
1人が来られた。冷たいジュースで話をしているところへ、教会の信徒の方が手作りのケーキを持って来られた、昼にはお握りを分け合った。墓参が話題になり、松を燃やす(松明かりと言う)のを止めたりしているそう。2年前に自宅を直して移って行かれた夫妻が来られ久しぶりの再会を喜びながら、近況報告からいつの間にか被災時の、年寄りを連れての避難の大変さなどが話された。

⇒実田では、
住民は
1人、元住民が2人、その他の方が2人お出でになった。昨日の劣らずの暑さで、皆さんタオルを首に巻いておられた。今のところは週に1回程度の顔合わせとのこと、畑仕事のこと、蛇が出たこと、振り込め詐欺にあいそうになった話、その断り方~宮古弁できっぱり言ってやる、病気のことなど様々な話題が時間一杯話された。

児童相談所では、常連さん
2人が予告なく復興住宅へ移られ、もう1人は体調を崩し現在の所在が分からない等、色々な異動があったそう。今日は盆の「七ケ日」と言うのだそうで、昔はこの日午後には仕事をせず7回水に浸かって(泳いで)は7回「はっとう」を食べる習わしだったとのこと。これを〇さんが持参下さり皆で頂いた。土地を探している方は病状のことを皆に詳しく話され大変さを思い知った。集まる方々は互いを思いやり、楽しく過ごしておられる様子が一層印象深かった。

⇒きれまちでは、
いつもと同じ方がおいでになった。最近お祭りがあったそうで、おこわをたくさん持って来て下さりお昼に頂いた。午後は高校野球をTVで観て一喜一憂、各自解説者・評論者となって楽しんだ。世話人は午前中、市立図書館の事業で震災関連の記録を残すとかの聞き取りを受けた。夜は、宮古教会の神父様も誘って改装なった市民文化ホールで弦楽四重奏を楽しみ、夕食を共にする事が出来た。


2015年7月26日(日)~8月1日(土)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ…愛宕、なかよし公園、田鎖、高浜、河南の仮設住宅、鍬ケ崎集会所

愛宕小では、梅雨明け宣言された日で、朝から暑い日差しとなった。早めに到着してエアコンを入れ、部屋を冷房していると、10時過ぎには次々と8人来て下さり、皆さん今日を「待ってたよ」との言葉は本当にうれしい。VrSさんの手作りカステラが大好評でコーヒーにとても良く合うのか、コーヒーの「おかわり下さい」も次々と2杯3杯・・・。リーダー的存在のKさんがウクレレを弾いて、知っている歌を皆で歌う。またVrのMさんリードで「ふるさと」の手話を熱心に覚えてくれた。午後からはカリタスのカラオケセットで盛り上がり、時間いっぱいまで楽しい時間を過ごした。

⇒鍬ヶ崎集会所では、社協の到着遅れでバタバタした他、コンロを持参するのを失念し、電気ポットとコーヒーメーカーを借用して何とか問題なく対応出来た。先に高台に住んでいる仮設外の3名が来られ、ややしばらくして8か月のお孫さんを連れてきたUさんとあわせて8名の参加となった。赤ちゃんのおかげで終始和やかな雰囲気の中で談笑が続いた。談笑しながらの簡単な肩もみは、ふれあいの中で大切なことだと実感しました。お昼前に近くでお店の商売している仮設の男性が「コーヒーごちそうになります」と入って来られた。午後からも4名がこられ、ここではあまりしていないカラオケも楽しそうでした。帰り際にこっそりアワビを差し入れしてくれた〇さんありがとう!

⇒なかよし公園では、11時過ぎに鍬ヶ崎のUさんが見えてから、電話でお仲間を呼び出してくれた。お昼までに6名が揃い、刺繍の手芸をVrのMさんから手ほどきを受け、おしゃべりしながら楽しんで作業を続けておられた。昼食はU神父様お得意のスパゲッティを10人がテーブルを囲んで会食となった。新鮮なサラダを添えたメニューに皆さん感謝感激!ごちになりました。仮設住まいの方が一人もいなかったのがきになりましたが、暑い日差しの中、皆さん明るくお元気で集まって来られたのはうれしいことでした。

⇒田鎖では、社協の方が見回りで「今日は、きれいな刺繍とパスタの昼食ですよ」と呼びかけしてくれた。早速、夏休みで日焼けした女の子を連れたお母さんが見えた。お昼前には6人が揃い社協の女性も残って熱心に刺繍に取り組んでいた。大盛りのシーフードパスタは大好評で、全員で食卓を囲み満足そうな笑顔いっぱいでした。仮設は27軒中13軒が残っているうち、8月以降復興住宅に移る方も多く、当面の関心は引越しに伴う様々な事柄が話の中心であった。仮設の備品関係の持ち出しでは、従来禁止であったエアコンも作業費用負担で許可になっているとのことでした。

⇒高浜では、時間前から早々に一人2人と来られ、6名の皆さんが興味を持ってリボンテープの刺繍に取り組んでいた。30度を超える暑さの中、仮設から出られた方は下の町の自宅から歩いて上って来たということですね。当初の予定通り、午後からは移動図書館の女性メンバー4人による紙芝居(愛染かつら)と映画(水戸黄門)が15時まで行われ、皆さんそれなりに楽しんでいる様子でした。

⇒河南では、朝から強烈な暑さ。集会室の2台のエアコンを稼働させ、ようやく涼しくなりました。この仮設にしては少なめの7人が同時に来られ、早速リボン刺繍に挑戦。指導者の水上さんには次々と声が掛かるため、座る暇もない状態。住民の皆さんも、普段なら大声でしゃべり、笑い声が絶えないのだが、今日ばかりはひっそり、黙々でコーヒーもあまり売れないため、二人の世話人は手持無沙汰だった。今晩は八戸聖ウルスラ学院の先生1人と高校生3人が、明日の復興市営住宅でのボランティア活動(美味しいものとげーむの提供)に備えて一泊。夜遅くまで野菜切り等準備をしていた。


2015年7月19日(日)~7月25日(土)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ…中里、藤原、赤前の仮設住宅

中里では、佐原の公営住宅に移った2人も来られました。生協の販売車での買い物を済ませた方が集まりました。作晩の佐原の火事の話からはじまり、公営住宅の住みごこちについてなど。5階に住んでいる方は眺めがよく、海も見えるし夜景もきれいとのことでした。午後からは気温が上がってきたためクーラーをいれました。

⇒藤原では、すでに一人に方が見えていて「今日はお昼においなりさんを作るので食べてね」と話され胡瓜の酢の物を作るのをお手伝いしました。「本当はもっとみんなで集まってわいわいおしゃべりをしながら作って食べるのがおいしいのだけど、みんな色々でなかなか来なくなって・・・」と。通りがかり声をかけられた男性がベランダに腰をかけてコーヒーを飲んでいかれました。お孫さんとひ孫さんが見えられその可愛さに皆で目を細めました。

⇒赤前では、コーヒーを飲みながら宮古のお盆やお正月の風習についての話で盛り上がりました。特にお盆は1日4回のお供えやお墓参り等で大変忙しいようでした。午後から再度皆さんが集まりましたが、椅子よりは床のほうがゆっくりできるらしく座ったり、横になったりしていました。ボランテイアの方がストレッチを披露しみなさんも無理のないようにしながら一緒にすごしました。


2015年7月12日(日)~7月18日(土)

⇒今週のボランティアは3名から5名
⇒移動カフェ…清寿荘、崎山、荷竹、西ケ丘、二中、実田の仮設住宅

清寿荘では、今年一番の暑さ、社協の方がこられて入室後すぐにエアコンをいれる。籠作りメンバーの方々が話をしながら製作に取り掛かりました。強引な業者を退散させたかつての武勇伝をお聞きし、震災に負けない強さを感じました。

⇒崎山では、気温がどんどん上がり暑くなりました。到着するとゴミステーションの掃除をしていた方がカフェにいらっしゃいました。昔話になり戦時中の大変さを話された。あの頃は食べ物がなくなど。それを思えば震災も乗り越えられると話してくれました。今日はウニ明け、採って来たウニを持ってきて下さいました。磯の香りがして大変美味しかったです。 感 謝

⇒荷竹では、昨日の35℃と比べると低く感じられましたが、午後からは結構暑くなりました。いつもの方が見え、津波のことや自分の身内のことなど話をされました。その後、地元のボランティアさんと地元ならではの身近な話題。津軽石の公営住宅も9月には完成と言う事でこの4人の方はそちらに移られると言う事でした。ここは他の仮設と違い交通の便が悪いため移転後の来訪は難しいと思われます。

⇒西ケ丘では、東京からの女性3人のボランティアによる手芸教室。前日は大槌で活動し、今朝宮古に到着し、活動後は釜石にもどり夜行バスで帰られるというハードなスケジュールをこなす元気な80歳2名(それぞれ膝と肩に障害をもちながら)と50代の方々でした。ハンカチを使ってかわいい壁掛けピエロやかぎ針編みのサマーバックを指導してくださいました。皆さんそれぞれ興味のあるほうに取り組みました。それぞれの出来上がりに満足して帰られました。

⇒二中では、住民のみなさんから3.11当時の様子を聞く事ができましたが、いまでも思い出すと夜、眠れなくなることがあるそうです。明日神社のお祭りがあるようで皆さん楽しみにしていました。台風の影響がなければと心配していました。自分の笑顔と若さはボランティアの皆さんからいただいたとの話は印象的でした。

⇒実田では、常連の方2人とそのお孫さんの3名の参加。すでに仮設は出られ、それぞれ改築後のもとの住宅と新築の家に住んでいますが、カリタスのカフェを楽しみにしているとの事でした。今日のボランティアさんは司法書士であったのでその事を知らせたら.早速少し相談したいことがあるとうことでお話しをされていました。小人数だったので持参したおにぎりを分けあいながらいただきました。


2015年7月5日(日)~7月11日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ…実田、あゆみ公園、児童相談所、きれまち、白浜、板屋の仮設住宅

実田では、開店まもなく4人の方が来られた。カリタスが来ると言う事で訪ねて下さった。子供が悪い言葉を口にした時に「そのことば悪いことばだよ」と祖母がさとすと「わかったごめんなさい」とあやまっていた。今の世の中素直に謝らない大人が多いなと感じた。皆さんで病院、復興住宅、健康等々の近況報告をされていました。昼にはささやかにおにぎりと漬物を食して頂きました。

⇒あゆみ公園では、朝方大船渡ベースから佐原ベースへT神父が案内して、6名が視察にお見えになりました。今日は非常に暑い日となりました。他の仮設からも尋ねて来られ、また常連の方が「久振り」と談話室に見えた。いつもの様に冗談話をされて楽しく過ごされました。カリタスの幟をみて皆さんに会えると言って入ってこられた人がいました。嬉しい気持になりました。

⇒児童相談所では、昨日と変わって涼しいより寒い位の天候。ここは日常的にコミュ二ケーションが保たれている様に思いました。お互いに声を掛け合って思いやりの気持ちが伝わって来ます。明日も岩泉へブルベリーを採りに行く打ち合わせをしていました。お昼はラーメンを作って頂きました。一番の人気者はなんといっても9ケ月の赤ん坊、皆さんの気持ちを和ませてくれていました。

⇒きれまちでは、いつもこられる方が仮設玄関スロープを修理中だったので完成まで談話室にはこられないと思っていたが、来てくださった。「歯医者さんに行って来た」との事、90歳を超えてお元気です。昼にうどんを皆さんで食べて頂いた。常連さんがいつもの鋭い切り口で豪快に笑いを振りまいておられた。

⇒白浜では、時間と同時に皆さんが来られてテーブルを囲んで座りますが、場所が固定していていつも同じ様にお座りになります。早急にコーヒを落とす準備をしました。昨日バス旅行があって盛岡、花巻、遠野と日帰り旅行を楽しまれてこられたとの事。今日はお疲れ休みでいつもより少なめの参加でした。今朝早朝に地震があり、震災の時を思い出し怖かった事を語りあっていました。

⇒板屋では、仮設廻りを歩き「カリタスですコーヒを飲みにいらして下さい」と伝えた。いつも来られる方々が来られましたが、見えられない方のことを伺いました。元気でいられる事を祈りたいと思います。宮古市司法書士相談センターの税理士と司法書士6名の訪問がありました。:住宅ローンの返済方法 :生活、相続問題:住宅の補助相談等々を話していかれました。


2015年6月28日(日)~7月4日(土)

⇒今週のボランティアは1名から2名
⇒移動カフェ…田鎖、愛宕、荷竹、河南、浄土ヶ浜、鍬ケ崎の仮設住宅

田鎖では、1030より、仙台教区復興支援全国会議のAコース出発にあたり、世話人が30分ほど概況説明を行った。この間、教会信徒のS氏が仮設にて5人の来客に対応。手製のケーキが好評だった。1130からは二人で対応。2人はすでに復興住宅に転出しているが、カリタスには顔を出してくれた。

⇒愛宕小では、7人が来られ、大きな声でおしゃべり。皆さんは隣人の健康度合の話で互いを心遣っておられた。デイサービスを利用するにも本人の同意が必要な事など、心配をしておられることが強く伝わってきた。リーダー役の方が取り仕切りが上手で、話が途切れない。被災時の瓦礫出しの大変さなどもそれぞれに思い出を話された。

⇒荷竹では、固定メンバーの3人が来られた。小さなストラップ作りも最近は来客(イベント)がないので持って行ってもらう事も出来ず、休止状態とのこと。「仕事がない」と嘆く方へ、教会のバザー用に40個の注文をしたところ、「明日から仕事だよ」と声掛けし互いに心配りをしていられる様子が判った。午前1時間ほど研修医が社協職員に伴われて来たが、それぞれが病院の対応への不満を述べられた。

⇒河南では、これまで通りテーブルを2グループ分用意したところ、皆さんが横に長くし、6人ずつ対面して座られた。大きな声でのおしゃべりで半分の方は大笑いするがもう半分は話が遠くて比較的静かといった状況が続いた。体型の話で盛り上がり、ある方はこんなに笑ったのは久し振りだと言って喜んでいられた。札幌からのお菓子がとても美味しいと喜ばれた。今日もほとんど口出しできずに聞き役だったが、方言を聞き取れなかったこともその要因でもあった。

⇒浄土ヶ浜では、自宅再建された方がカリタスの車を見て坂を上って会いに来てくれ、あるご夫妻はブルベリー摘みの帰りにそれを土産に持参、初めてカフェ参加といった様々な方が集まり楽しくお話しできた。宮古のキャラクター作りは少しの間中断中。イベントがあると売れるが日常的には沢山は売れないので、今はバッグなどを手がけておられた。それぞれが何らかの病を抱えており通院のことも話題であった。

⇒鍬ケ崎小では、一帯の再開発事業で日々変わる街並みに戸惑いつつもどんな風になるか楽しみだと話された。昨夜NHK地方版で放映された、公営住宅ないしは再建した自宅で孤独を深める人たちのことも「まるで都会のようだ」「おれたちもそうなるべか」と話題になった。「みそかりんとう」の袋を開けて「これはうまい」と好評。昼になると皆さん丁寧なご挨拶をされて引き取られた。


2015年6月21日(日)~6月27日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ…中里、なかよし公園、赤前、河南、高浜の仮設住宅、鍬ケ崎集会所

中里では、10時オープンと同時に4名が見え、順次12名になりました。佐原公営住宅からも転居された方が歩いてこられた。昼に全員帰られたが午後から7名が再来場され、話題は病院の評判と医師の対応についてで色々と話された。転居の時期が近付いてきて、よくもこれだけの品物が有るのかと驚いておられた、もう何も要らないと話された。

⇒鍬ヶ崎集会所では、誘い会ってくださったので7名が来場、折り紙をされYシャツの形をした爪楊枝入れを皆でされた。昼に全員帰られたが午後から新しい方を含め8名こられた。午後からも難しい駒作りに励まれた。ボランティアのIさんが指導し皆が出来て喜ばれた。来場された方は仮設の方と住民の方と半々との事でした。

⇒なかよし公園では、社協担当者さんも同時に来られた。3列有る仮設住宅のうち2列の方が転居され、残り1列も4世帯となりました。仕事をされている方が午前中、休暇を取り参加。転居された方や他の仮設から会いに来られた方が半数を超えています。元の住民の方がおにぎりと煮物を持参され美味しく頂きました。久し振りに会った方が多くお互いの近況を楽しく語り合い、これからされる方の話題は住宅の事が中心です。

⇒赤前では、揃ったところで折り紙をしました。Yシャツの形をした爪楊枝いれで時間がかかりましたが全員できました。お昼に帰れれる方なく午後からも折り紙で駒作りと紙飛行機に挑戦。真夏の様な気温で多くの方が眠くなり座布団を枕にして昼寝されました。仮設は熱く帰られる方おられず3時に退出しました。

⇒河南では、以前はテーブル2組セットしていたのですが1組で足りるそうです、それでも9名が見えました 今日も折り紙を楽しんでいただきました 午前中に帰られる方がおられるので早めの昼食。自治会長が見え90世帯が50世帯弱に減った、年末には30世帯になる予想をされていました。住宅の話題で自宅を建設される方はライフライン工事が遅れ目途が立たないと話されました

⇒高浜では、昨夜からの大雨で来場の心配しましたが順次8名がみえました。折り紙をお互いに教え合い楽しまれ昼食に蕎麦を食して頂きました。午後からは根ベンツァール会T司祭のギターと歌を披露。コンサートをされているだけに素晴らしく皆様よいしれておられました、花は咲く、や 美空ひばりの歌では聴きながら口ずさんでおられました。終了後、鍬ヶ崎と田老をご案内、夕方大槌町へ向かわれました。


2015年6月14日(日)~6月20日(土)

⇒今週のボランティアは1名から3名
⇒移動カフェ…児童相談所、清寿荘、荷竹、崎山、二中、実田の仮設住宅

⇒児童相談所では、
いつもにようにオープン前より来て準備をしてくれていました。月曜日恒例のSボランティアさんの手作りケーキを食べていただき、コーヒーを飲むのもそこそこにお昼の準備をしてくださいました。午後からは会長さんが地元ラジオのインタビューに出演し、皆さんは中でラジオを聴いていました。現在の仮設の状況や今後の課題などについて話されていました。

⇒清寿荘では、鍵が開いていないと皆さん外で待っていました。一緒に社協さんが来るのを待っていました。今日は皆さんクラフトのかご作りに夢中のようでした。津軽石の先生の指導ではじめたようです。進んでいる方が遅れている方の手伝いをしながら、次回の講習日までに仕上げねばと、口と手を一所懸命動かしていました。

⇒荷竹では、到着後間もなくいつもの2人が見えられ、もう一人の方はお昼ごろにこられました。奥さんを亡くした方が転居先から来られ、生前はこの仮設の花や野菜の手入れを熱心にしていたそうで、花をもらっていかれました。ある方はボランティアIさんに○○さんの娘さんではないですかと尋ね、昔の知り合いとわかり懐かしそうに話がはずんでいました。

⇒崎山では、4軒の崎山仮設も春以降の公営住宅へ転居にともない、現在は56軒が残っている状態でした。そのような中、畑仕事帰りの方がみえてくれました。丁度社協の方2名もこられ一緒にコーヒーを飲んでいただきました。家が建つまではここに残らなければならないと話されていました。それでも昨日は4名の人が集まっておしゃべりをしていたとのことでした。

⇒二中では、米国青年がボランティアでジャズピアノの演奏をしたいとのことで急遽今日の二中に入っていただくことになりました。声かけをして下さったようで多くの人が集まりました。開演近くには社協の職員さんもあつまり20名以上となりました。演奏もすばらしく休憩をはさんで約1時間半、日本の歌もとりいれ皆さん感動していました。昨年大学を卒業し、南三陸をベースにボランティア活動をしているとの事でした。

⇒実田では、お互いにお久しぶりと声を掛け合っていました。3人のうち一人は5月に仮設をでてお一人で近くの公営住宅に住んだそう。公営住宅ではほとんど話す機会がなく、お昼まで3人で昔のことや、家族、友人のことなど話は尽きないようでした。午後、ある方が今日のカリタスさんは1人のようだと聞いてわざわざきていただきました。その後、男性の方もみえられ話をされていました。


2015年6月7日(日)~6月13日(土)

⇒今週のボランティアは1名~3名
⇒移動カフェ…あゆみ公園、白浜、板屋の仮設住宅

あゆみ公園では、宮古教会のお2人と一緒に活動に入りました。地元同士ならではの震災当時の生々しい模様や避難生活のつらさを話されました。昼前には1歳半のお子さんを連れたお母さんを交えて幼児の無邪気な笑顔に癒されました。地元のラジオ番組でカリタスが訪問する仮設をお知らせしているとのことですが、嬉しい限りです。

⇒白浜では、午後からのオープンでしたが着くとすでに数人の方が見え、早速準備にかかりましたが13時には8名となっていました。今日は世話人一人のためお手伝いの申し出もありましたが、何とか待たせることなくコーヒーを提供することができました。知り合いの消息などの情報を交換していました。ここにも都会にはない地域のつながりを感じることができました。

⇒板屋では、女子サッカーカーワールドカップの日本の試合がやっており、前回の大会が丁度4年前の震災後であり、4年という歳月をあらためて感じさせられました。いつもの方が見えられ前回訪問したボランティアに渡しそびれた手芸の品を届けてほしいと頼まれました。希望の公営住宅は選考から漏れたが、息子さんの所に身を寄せる予定とのこと。


2015年5月31日(日)~6月6日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ…きれまち、浄土ヶ浜、荷竹、二中、実田、鍬ケ崎の仮設住宅

きれまちでは、いつものお3人がこられ、ひさしぶりのW世話人との再会を喜んでおられた。午後からはペットの子犬をつれてこられた。宮古教会のSさん手作りのカステラをいただき、手製の補聴器をたしかめながら3時過ぎまでゆっくりとおだやかな時間を過ごし最後はいつものように窓から手を振って見送っていただいた。

⇒浄土ヶ浜では、お一人で来た方は下の仮設から30分も歩いてこられた。仮設以外の方もいらした。さおり織のサーモンくんとみやこちゃんの制作に黙々ととりかかかっていた。毎日5~6人で手分けして制作していとのことですが、今日は通院日で集まりが少ないようでした。帰り際に作業の手を休めたところで、ふっと洩らした言葉が心に残りました。「震災直後よりは今の方が大変です」「無我夢中で過ごしてきたころよりも、これから先の不安が沢山あるからね」

⇒荷竹では、10時の開店を待っていたように3人がみえ、同居していたお孫さんが結婚して仮設を出たことなどを嬉しそうに話された。普段の生活のなかで作り続けているストラップなどの作品を持って来て無償で提供してくれた。午後からあまり使っていないカラオケを試していたら、ぽつぽつと3人がみえたので、一緒にカラオケを楽しんだ。9月以降に完成予定の津軽石の復興アパートにみなさんが移る予定とのことであり、荷竹での活動見極めの時が近い様に感じた。

⇒二中では、開店と同時に次々と13名の方が見えコーヒーのお代わりもあって忙しいスタートとなったが、みなさんの協力でスムースにカフェ提供ができました。お互いに近況を和気あいあいに語り合っていましたが、お昼前に帰って行かれた。午後からは4名の方が再度みえ、いわて教会の牧師さんと3名のボランティアの方と一緒に歌と紙芝居を楽しみました。この仮設の世話役さんがよく機能しているようで、いつも参加者も多く雰囲気もまとまりを感じさせます。

⇒実田では、仮設居住者1名、転出者3名の方が来られた。震災の年に生まれたお孫さんはこの仮設で育てられたようなもので懐かしく、仮設を出てから2年以上経っている今もこうして集まりがある時は通って来ているとお話しされた。最近は、他の仮設と同様に転出者が目立つようになってきたようである。大槌から駆けつけたKさんの足湯と、彼女のユニークで温かみのある家庭と子育て方針の話で、大笑いし楽しい時間を過ごした。

⇒鍬ヶ崎小では、集会室の掃除しているときに4人の方がみえた。しばらくすると隣の鍬ヶ崎仮設からも加わり元気な声で近況の話し合いが続いた。簡単なゲームをすると皆さん熱くなって楽しまれた。昼前に小学3年生の子が2人来たので招き入れ、少しの間皆さんと一緒に遊んで帰って行った。帰り際に社協の方がみえたので、仮設のゴミが溜まっていることを報告した。


2015年5月24日(日)5月30日(土)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ…中里、河南、高浜、二中、赤前の仮設住宅、鍬ケ崎集会所

中里では、80戸を数えた大きな仮設だが、すでに3分の1の方は外へ出られた由。ある方が、宮古から何処にも出たことがなく何も知らなかったが、震災後方々からボランティが来てくれ色々教えてもらったしコーヒーも初めて飲むことが出来た、お陰様で…としみじみおっしゃった。岩手臨床心理士会が教えてくれた折り紙を皆で折り、こうやって手を使ってボケ防止しなくちゃあと、おしゃべりも楽しんで過ごされた。公住に越された方ものぼりを見てコーヒーを飲みに立ち寄って下さった。

⇒鍬ヶ崎集会所では、到着とほぼ同時に地域住民がお湯の入ったポットを持って来て下さった~下水設備がなく流しトイレを使えないため。近くの仮設の住人と自宅の方とが半々で見えたが、皆さん顔馴染みで楽しそうにおしゃべりが続いた。家並みが再開発ですっかり変わる街らしい話題が多かった。被災時に避難した学校が目の前にあり、水汲みや水洗トイレの水に苦労したことなども教えて下さった。お昼にはお二方から山菜の煮物、ツブの差し入れを頂戴した。

⇒河南では、以前は20人を超える方が来られたが、今はいつもこの程度だという。ところどころに出てくる方言が理解出来ず聴き返す度に笑いながら意味を教えてくださった。4月にこの集会所で行われた「奏楽(そら)」による演奏会の感想を聞いたところ、「良かったあ」「また来て」とのこと。山菜の手料理を届けて下さった方があり、美味しく頂いた。午後はカラオケを使って皆で歌を歌い、輪になってのゲームに誘導して大笑いして終わった。

⇒高浜では、公住からの2人も来て下さり世間話。地鎮祭が終わった、誰それは分譲宅地が当たったらしい等。あるお母さんが、子の抱える問題を告げられたが、ゆっくり話を聞く時間がなく焦らず時間をかけようとだけ話した。その子は昼休みに談話室に来て40分ほど話をした。以前と違い成長と身長の伸びが見られ、進路希望も伝えてくれた。幼稚園児の子が顔を見せに来てくれたが中には入らず、こちらは“アイドル卒業”の成長を感じさせた。

⇒二中では、開店とほぼ同時に15人が見え、大きな声でのおしゃべりが始まり40分間程はコーヒー・お茶の提供に追われた。お菓子も良く売れ途中で追加。明日は田老のグリーンピアで老人会の演芸会(?)があるそうで、皆さん楽しみにしていられる様子。宮古の盆踊りについて尋ねたところ、皆で歌い、数人の方はそれに合わせて踊りを披露して下さった。「4月に訪問演奏に来た奏楽(そら)には是非秋にまた来てほしい」とのこと。終了後、3人のVlr.は浄土ヶ浜を見物に行き、貸し切り状態のバス運転手と楽しいやり取りがあったそう。

⇒赤前では、今後の新たな住宅への転居見通しなどが話された。午後は4人だったが、被災後の2年くらいは(無我夢中で)何をしていただろうかといった話題から被災時の話しになり、流される人を目撃した高校生が突っ伏していたこと、自宅に入り込んだ瓦礫を出すことに必死だったこと、避難所の学校で食器洗いやトイレ掃除が大仕事だったこと、校長のリーダーシップ・配慮が適切で嬉しかったこと、仮設へ移る際には皆が支援物資の毛布などを奪い合う風だったこと、仮設に入ってホッとしたことなどを吐露された。皆、共感してお聴きした。


2015年5月17日(日)~5月23日(土)

⇒今週のボランティアは3名~4名
⇒移動カフェ…愛宕、清寿荘、西ケ丘、崎山、荷竹、板屋の仮設住宅

愛宕小では、午前中8人の方が集まり、先日の地震のことから自然と被災時のことを思い出され、水汲みの大変さ、硬いお握りが喉を通らなかった、避難所先の学校長の四角四面な対応、市職員の非協力、“津波泥棒”の横行等々の不満が話された。また、癌だった夫が急変し病院へ行ったが冷たく対応されたことなども話された。午後は所用を終えたもう一人が参加し、住民5人とVlr.とでウクレレに合わせて歌ったり輪になっての軽いゲームに興じた。Sさんは深く感謝を表して下さり、先回りして車を見送って下さった。

⇒清寿荘では、到着時すでに2人、やがて更に2人が見えた。3人のお年寄りは仮設入居前からの知り合いで、あの○さんは…、△さんは…と共通知人の噂話が延々と続いた。もう一人の若いお母さんは、作秋くも膜下出血で長期入院された方だが、世話人はちょうどその救急搬送日にこの仮設にいたことから、まだ軽い片マヒがあるものの無事だったことをとても嬉しく思った。一人の子は大震災のその日に生まれたこと、ベビー用品がなくて苦労したことなどを、あまり他人には話さないのだけれど、と語られた。午後は高齢の2人がこの地区に嫁に来た頃に意地悪い仕打ちを受けたこと、それに敢然と立ち向かったことなどを、様々な苦労話を交えてお話しになった。Vlr.はあまり口出しする暇なく耳を傾けた。

⇒西ケ丘では、仮設を出られた方3人、元社協職員夫妻、さをり織りのO氏、岩手日報の記者1人、住民8人が利用された。手のオイルマッサージ、背中たたきは皆さん気持ちが良いと喜ばれた。さをり織りの作品を見せて頂き、一部買い上げさせていただいた。30代の男性住民が会社の昼休みにコーヒーを飲みに来て下さった。社対面だったが、出身の山田町のことなどをお話しされた。新聞記者は連載の住民登場記事の取材で、それに応えたKさんの、再開発による故郷の変貌に対する複雑な思いをお聞きした。夕、浄土ヶ浜仮設から頼まれたゆるキャラのマーク等を届け、試行してもらうこととした。

⇒崎山では、駐車場に車がなく、外のベンチ・仮屋根もなくなりシンとしている。仮設内を歩き、下肢障害のある男性(74)がコーヒーを望まれたので出前。ホームヘルパーの助けで生活している、社協に通帳と印鑑を持って行かれ大金を盗まれた、この棟の住人にも盗まれた、裁判所に行かなければ…と妄想様の話が続いた。公営住宅が決定しているがいつ入れるのか?とも。集会室にはSさんが来られ、3月に義母を未来ったと知らされた。良くお話しをする方だったので残念に思った。畑仕事のこと、山菜のこと、熊のこと、住んでいた部落のきれいな風景などをゆったりと話された。昼にはアサリのみそ汁を頂戴し、持参したそうめんやイモもちを一緒に頂いた。集会所仲間の多くは市営住宅等に出られたが、する事がなくて淋しいらしいとの話だったので、カフェの際希望があれば送迎するから集まろうと提案してもらうこととした。

⇒荷竹では、仮設の世帯数が随分と減ったそう。他自治体からの派遣職員が住んでいたが、その多くも転居した由。常連だったK婦人は3月に急逝されたとのことで、昨日に続き悲しい情報に接した。残されたご主人は、丁度1年ほど前に誕生祝いをしたことを皆で思い出話ししたが、ご当人は新築住居に越されたそうでお会い出来なかった。初めてのVlr.には、いつものようにたくさんの手作りマスコットをくださった。お礼にストラップパーツをネットで注文しプレゼントした。が、3人も9月に完成予定の公営住宅に入居予定で、この活動も終わるかもしれないとのこと。それでもまだ来てくれますか?と問われ、必要とされるなら来ますと返答した。カリタスの時はおしゃべりしているが、普段は何もしゃべらずに黙々と針を動かしているのだとか…

⇒板屋では、静かな仮設…駐車場には1台だけ。午前中は来客なし。午後になってSさんが始めてカフェに来るという方を連れて来られ、ほどなく男性も1人。体調が思わしくないこと、宮古市内の病院は混んでいるし腕がどうもといった話になる。公営住宅の話題になり、男性は田老の平屋がほぼ決まった、女性も近くに決まったようで、秋以降は増改築して子どもと同居予定のSさんだけが仮設に残ることになりそうだと、不安げだった。「カリタスさんはまだ来るの?」と問われたので、必要とされるうちは来るつもりと答えた。


2015年5月10日(日)~5月16日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ…高浜、田鎖、児童相談所、あゆみ公園、鍬ケ崎、浄土ヶ浜の仮設住宅

高浜では、挨拶、カリタスカレンダー贈呈、気候の話、コーヒーをお出しした後、肩マッサージ(午前二人、午後二人。いつもSさんの肩こりがひどい)実施。
昼食は野菜たっぷりのかしわうどん。昼食後、笑いヨガ、紙風船バレーボールを全員で実施。皆さん、積極的に参加し楽しそうであった。皆さん、汗をかなりかいていた。最後に冷たいぶどうジュースを飲み、挨拶をし帰路についた。

⇒田鎖では、朝から社協職員2名来店、住民の皆さんと一緒に話をする。岩泉町のホルモン鍋などで昼食に。午後、ヨガ終了後、社協のお二人に質問があった。「復興住宅に入居したばかりであるが、近隣の状態がわからず不安で仕方ない」、「社協の職員が来られず見捨てられた感がする」と訴えられていた。3時から社協主催の「宮古市生活復興支援センター連絡会議」があるため、集会所を辞した。

⇒児童相談所では、午前、3人の肩マッサージをする。昼となりカレーライスを作って頂き、「しどけ」(山菜の王様とのこと)のおひたしで食事。「笑いヨガ」実施。汗をかいた。ここは互いに気遣い助け合う等まとまっているとのこと。毎月定期的にイチゴ狩りなどの行事も行っているとのこと。カリタスや社協に対しては「十分にしてもらっており、なにも要望はない」とのこと。

⇒あゆみ公園では、7人のうち住人は2人、1人は個人ボランティア、4人は仮設を出られた方でした。公営住宅では一人で淋しいと同じ住宅の知人を誘って来られた方は、今の状況を不安がっていられたので、順応には焦らないようにと語りかけた。昼食は味噌ラーメン。皆さんお腹いっぱい。風船バレーを楽しまれた様子。韓国のフランシスコ会の司祭9人が短時間視察に来訪された。

⇒鍬ヶ崎小では、顔馴染みの5人が来られ、知人の消息話や痴ほう症の不安などの話に発展。近しい方が急に発症されたのを目の当たりにされ、自分も…と不安がられた。山菜採りに行かれた方から、調理法、保存法なども話題となった。午後お1人が「顔を見たくて」と立ち寄って下さった。

⇒浄土ヶ浜では、さをり織りでご当地ゆるキャラマスコット作りに熱心に取り組んでおられた。小さなものを試作中で、あれこれ研究し、貼りつけるマーク作りをカリタスが依頼された。作業を手分けして進めながらも楽しいおしゃべりも途切れない。織りのグループの会長さんは公営住宅へ移られたようだ。


2015年5月3日(日)~5月9日(土)

⇒今週のボランティアは4名から5名
⇒移動カフェ…なかよし公園、二中、鍬ケ崎、荷竹、実田、白浜、赤前の仮設住宅

なかよし公園では、「お昼はウニ丼」ということで、仮設のお二人が調理を始めた。他の方は手作りバッグや衣服やデザインなどの話で盛り上がっていた。函館のボランティアさんの指導で「折り染め」を開始、皆さん工夫し意表を突く作品をつくられたのには驚かされた。これらの様子を宮古市の委託を受け震災の記録をしている方が撮影していた。帰りに皆さんが全員外へ出て、手を振り見送ってくれた。

⇒二中では、11名の参加となった。ひとしきりおしゃべりの後、折染め開始。皆さん興味を持ち、徐々にレベルを上げて行った。満足そうであった。全員で大昼食会となった。昼食後、腹ごなしに「笑いヨガ」行った。皆さんは最初、ぎこちなかったが、徐々に慣れ、大笑いするようになった。
今日がボランティア初日であった札幌の高齢女性(
888072歳)グループも間もなく皆さんとお話しする等馴染み、後で「ホッとした」と話された。

⇒鍬ヶ崎小学校では、今日も「折り染教室」から始まり、昼食は餃子定食、「笑いヨガ」、ゲーム大会、昔の唱歌斉唱、カラオケを実施(少しやり過ぎか?)。最後にはお土産に餃子を持ち帰って頂いた。皆さんは「今日は楽しかった」と言っておられた。

⇒荷竹では、世間話、肩もみと進む。折り染教室を札幌組3人も含め8名で実施。好評。昼食は餃子、そーめん。笑いヨガを実施、じゃんけん大会、風船バレーボールは91歳の方を含め積極的に参加し楽しそうであった。ボランティア4名に対し、数十個のアクセサリーを頂いた。「いつも食事等でお世話になっているのでお返しの意味を込めている」とのことでした。

⇒実田では、コーヒーをお出しした後、折染め教室。キツネうどんとキャベツ炒めで昼食。笑いヨガ、風船バレーボール。皆で昔の唱歌・童謡を歌った後、カラオケ。
最後に実田仮設の重鎮である方の指導で手話付き「ふるさと」を歌い終了した。皆さん、「今日は楽しかった」言い帰られた。

⇒白浜では、10001200の午前中の開店。開店時間を短くしてほしい」との要望が社協に対してあったため午前中のみ開店。到着早々「笑いヨガ」を実施。コーヒーを飲んだ後、「じゃんけん大会」、「風船バレーボール」を全員でおこなう。皆さん熱心に笑いながら行い身体も熱くなっていたようだった。冷たい岩泉ヨーグルトと黄桃(大変好評)を食し、急いで片付けをし、次の仮設へ向かった。

⇒赤前では、13001500の午後の開店。こちらも2時間の開店。「じゃんけん大会」、「風船バレーボール」を全員でおこなう。唱歌・童謡を歌った後、カラオケを歌い、3時過ぎに辞した。この間、男性来店。ご自分の病気のことを話し始めた。うんうんと聴いた。ご家族を津波で亡くされたことなど話をされた。この方の窮状は社協に連絡した。


2015年4月26日(日)~5月2日(土)

⇒今週のボランティアは4名から12名
⇒移動カフェ…宮古教会、河南、田老グリーンピア、児童相談所、赤前、きれまち、愛宕小の仮設住宅、鍬ケ崎集会所

宮古教会では、教会の皆様ご協力により大勢の方々が来て下さり、白熱した演奏を聴き入っておりました。アヴェ・マリア演奏時には聖堂で聴いている方々と演奏者が一体となり音楽が私たちの心を一つにしてくださったように感じました。演奏が終わってから、司祭館でお昼をご馳走になり楽しいひと時を過ごすことができました、お客様から「次は知っている人に知らせてもっとたくさんの方に来て聴いて頂きたい」と話され、秋に再度宮古に来ることを約束しました。宮古教会の皆様に感謝!

⇒河南では、12名の方々がいらっしゃいました。バイオリンを実際に触り弾いて頂き喜んでおりました。演奏後、椅子に座っておしゃべりしていた皆様一緒に写真を撮り見送していただきました。手作りの人形まで一つずつ頂き帰途に着きました。

田老グリーンピアでは、10時になっても来場者少なくやきもきしました、表に出ている人を誘い何とか15名が来て下さいました。アンコール2曲で終わった後も、まだ名残惜しそうにしていた方がおり、個人のリクエストにも応えて30分延長して12時まで演奏が続きました。

⇒鍬ヶ崎集会所では、朝から夏の日差しで集会室にエアコンをいれました。午前中に8名の方がみえなごやかに談笑されておりました。自己紹介をかねて家族のお話しとなりました。午後からも和気あいあいに、さし障りのない日常生活のお話しが続きました。カリタスから布生地を提供しましたが、5名の方が楽しそうに物色され大変喜んで持ち帰っていかれました。

⇒児童相談所では、開店早々に6名の方がみえ、しばらくはお互いの近況についてのお話し合いでした。PPバンドを利用した編み籠の制作をVrに教えていただきました。
昼前にはお爺さんも揃って、皆さんでカリタスの提供したお汁粉を食べ美味しいと喜んでいただきました。午後からも一緒に10人がテーブルを囲んでゲームに興じました。涙を流すほど大笑いの連続でとても楽しかったようです。

⇒赤前では、時間どおりに8名が一緒に来られ、どなたも静かでゆったりとした雰囲気でした。社協の女性がみえ、最高齢のおばあちゃんにリクエストすると「恋の山田線」という、地元のしりとり歌を元気に歌い皆さんの拍手で盛り上がりました。お汁粉をとても喜んで頂き、社協の呼びかけでお昼には4名の方が駆け付け一緒に食し総数14名となりました。

⇒きれまちでは、暑い日差しの中、11時頃いつものおばあさんが来て、お孫さん、曾孫さん合せて18人のことを楽しそうに、そしてなるほどと思わせるような話を聴かせてもらいました。ご夫妻が来て全員集合3人となり、午後からは函館から到着したTさんを迎えてさらににぎやかに過ごしました。明日から社協が連休に入るので、Vr5人揃ってご挨拶しました。

⇒愛宕小では、誘い合わせたように7人がお見えになりました。カリタス訪問以外にも日常的に集会室に三々五々集まってお茶会しているとのことで、とても気軽にお話し合いが出来ているようです。新しい「折り染め」という技を、Vrさん指導してもらい、半紙を折って6食の染色に浸すと絞り模様のような作品が出来上がり、皆さん喜んで持ち帰りました。ウクレレ伴奏で「ふるさと」を手話付きで歌い楽しいひと時を過ごすことができました。


2015年4月19日(日)~4月25日(土)

⇒今週のボランティアは2名から8名
⇒移動カフェ…中里、なかよし公園、西ケ丘、高浜、二中、河南の仮設住宅、鍬ケ崎集会所

中里では、皆さんが続々と集まりコーヒーを落とすのもフル回転でした。それぞれでお話しをしていましたが、今日の集まったメンバーのうち6名程はすでに仮設を出られた方とのことでした。ほとんどが鍬ヶ崎の方々でしたが、鍬ヶ崎は区画整理と防潮堤建築の賛成、反対で復興が一番遅れているようでした。

⇒なかよし公園では、今日はなかなか皆さんが集まりませんでした。2名の方がみえ、いつものメンバーに連絡をとって下さイましたが、風邪が流行っているようでこられないようでした。それでも午後から更に2名の方がみえ、お一人は朝からめまいがしていたが、カリタスの日なので来ましたということで本当に感謝です。

⇒西ケ丘では、今日は昨日ようやく近くの公営住宅に引っ越しをした方がカリタスの日だという事で荷物の整理のほどほどに、先に引っ越しした方と一緒に来てくれました。皆さんから新居の様子を色々と質問攻めにあっていました。このあと4名の方5月に完成する西ケ丘の公営住宅へ移るそうです。全戸24のうち8名が西が丘の仮設の方ということで、知っている人が多いので安心とのことでした。

⇒高浜では、コーヒをー落とした頃には6名が来所、午前中は男性も1名見え、今はあさり貝の最盛期で許可のない人もマスク、帽子は目深にかぶり取りに行っているとかの話題で盛り上がりました。午後からは5人の方に足湯をし気温は高いのですが皆様身体が温まると喜ばれました。皆様カリタスの来る日を心待ちにしていると言われ嬉しい気持になりました

⇒二中では、今日は宮古港開港400周年記念日でパレードなど大きなイベントがあり来場が懸念されました。それでも順次12人が見えました。午後1時より奏楽の演奏会が開かれ近隣住民の方も含め16名が見え、中には涙をぬぐっておられる方もおられました。

⇒鍬ヶ崎集会室では、奏楽の音楽家5名は、着替えする間もなく移動して頂きました。来場者まばらで気を揉みましたが、途中入場も含め9名が見えました。皆様こんな少人数でもったいない、もっと大きな会場で演奏すればと話しておられ、楽器の説明にも聞き入って感動されている様子でした。

⇒河南では、開場まえから集まって来られ皆さんがテーブルをセットされました。いつもは2グループに分かれるのですが今日は1テーブルで和気あいあい。金浜の土地の抽選が終り皆さん購入する様で行先はっきり決まり明るい表情でした。家屋の完成は来年にずれこむそう。今日はお茶いれ皆さんが手伝って下さいました。明日の奏楽の演奏会へんも来場をお願いしてきました。


2015年4月12日(日)~4月18日(土)

<TOPICS>
公営住宅の完成とともに仮設の方々は引越しされ、集会室に見える数が半減したところも出てきました。一方、移ったものの知り合いもなくカフェの日を聞いて見える方も多くなっています。公営住宅の集会室はまだ稼働してないようでした。

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・鍬ケ崎、田鎖、荷竹、崎山、清寿荘、あゆみ公園の仮設住宅

鍬ケ崎では、開店と同時に数名がこられその後7名になりました。コーヒーを飲みすぐに星形の紙皿づくりに挑戦、忘れていた部分も「あっ、そうだった」といくつもの紙皿ができました。「星より桜の花に似ているね!」と手と口がよく動きます。午後からはバイヤス縫いのマフラーを作りました。鏡を見て満足な様子でした。

⇒田鎖では、4月も中旬となり暖房の必要もはじめのうちだけになって来ました。ボランティアさんとの再会を喜びながら話がはずみました。社協の方も見えお昼はうどんをゆで皆さんと召し上がりました。今年の宮古の桜は「ウソ」という野鳥につぼみが食べられたとのことで可哀そうな木があちこちでみられます。

⇒荷竹では、到着間もなくご高齢の方が来られ、ご自分の昔のことを話し始められました。おばあさんの話までて記憶におどろかされました。そのあと仮設を出られた男性がミシンを借りにみえ、あっという間に50㎝四方のふくろを縫い上げました。聞きますと昔船の帆を自分で縫っていたとのことで納得しました。

⇒崎山では、大半の住民が引越しをされ数軒しか住んでいない状況となりました。鍬ヶ崎の宅地造成が済むと新築予定の方が堰を切ったように話し始めました。代々の土地を守るため流された所にもう一度帰るとのことでした。お昼を一緒にして足湯をして帰られました。その後数日前に公営住宅に移られた会長さんが書類のコピーをするためにみえ、公営住宅でも役を担わなければならないようでした。

⇒清寿荘では、.皆さんが部屋を暖め湯を沸かして待っていてくれました。コーヒーを飲んで早々、古い着物地からバイヤス縫いのマフラー作りに挑戦していただきました。「短すぎた」「頭に入らない「似合うよ」と笑い声と共に何とか出来上がりました。お昼は持参したおにぎりとうどんをゆで召し上がっていただきました。2人は復興住宅に引っ越し予定という事でした。

⇒あゆみ公園では、お世話役さんが連絡をしていたようでいつもの方々が集まりました。今月から近くの公営住宅へ移られたが皆さんにカリタスの日ということを連絡してくれていました。こうやって集まって下さる事に感謝です。お昼も用意したうどを皆さんでいただきました。公営住宅にも集会室は有る様ですがまだ使用できないとのことでした。


2015年4月5日(日)~4月11日(土)

⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ・・・浄土ヶ浜、愛宕小、なかよし公園、白浜、赤前、児童相談所、板屋の仮設住宅

浄土ケ浜では、久し振りに温かい日となりました。すでにお一人の方がさをり織りをされていました。その後5名がこられてコーヒーを飲みながら世間話で先日小山田トンネルの復興道路工事で落石があり一人が死亡したことなどが話題に。その後さをり織りのみやこちゃん、サーモン君を織る人、綿を詰める人、袋にシール張り等、手分けして黙々と作品造りをされていました。

⇒愛宕小では、絶えまなくおしゃべりや笑いが続く。高齢の方が大切にされていたり、障害を持った方を心配されたりが自然に行われ、温かい雰囲気。パスタも好評でとても喜んで頂き次回来る時は「すき焼き丼」を作ることを約束されました。ウクレレを習った女性に合わせて歌ったり、尻取りゲーム。なかなか単語が出てこない中、障害のある高齢の方は単語が出てきて驚かされました。笑いとおしゃべりの時間の大切さを痛感しました。

⇒なかよし公園では、お集まりになり手芸品を一生懸命に作られていました。神父さん自慢のスパゲテイーを皆さん喜んで食べておられました。午後から市議会議員が無投票当選の話題となり政治のあり方、社会問題が話題となり、ボランティアさんも選挙に立候補されたら?と大喝采でした。最後に甘酒をご馳走になりました。

⇒白浜では、.班長さんが迎えて下さいました。既に10名の方がお待ちでした。皆さん仲良く挨拶をさせて頂きました。それぞれに世間話しをされていました。隅でお一人の方が話の輪に加わらない方がおられたので声かけをしました。津波の後にご主人を亡くしたとの事、自分も毎月病院へ通っているとの事でした。そばに杖がおかれていました。

⇒赤前では、到着間もなく皆さんが来られました。前回のお蕎麦のお礼の言葉を頂きました。赤前という地名の由来は「昼前から夕方まで日が沈むまで良く日が差しこみ宮古湾が赤くなるから」「日が長く射すので赤前には朝から晩まで働かされるから嫁にだすな」諸説があるようです。震災の話になってお一人の方が4年が経っても海を見るのがイヤ 海が奇麗とは思う事が出来ない 2階から見た真っ黒な大きな波がどうしても脳裏から離れないと悩みを話していました。

⇒児童相談所では、大変寒い日でしたので助かりました。お昼をご馳走になりました。スブタと茎ワカメ炒め物、ふきの食感で柔らかく美味しかったです。おばあさんと病気知らずのおじいさんは元気そのものでした。午後から親子4世代の家族がこられました。ひ孫さん6ケ月の子が来てにっこり笑うと部屋の空気が一変に明るくなり希望に満たされました。

⇒板屋では、人数が少なかった分、心のうちを話してくださいました。他の地域から来たので支援物資を頂けなかったこと、「いりません」と言った事が「あの人はいらないといった」と伝わったことなど。身内が数人亡くなった事などを涙ぐんで話されました。 新築中の家のことなどについてもお話を伺いました。


2015年3月29日(日)~4月4日(土)

⇒今週のボランティアは2名から7名
⇒移動カフェ・・・西ケ丘、河南、きれまち、高浜、荷竹、実田の仮設住宅

西ケ丘では、4月に復興住宅に入居する方のお別れ会だった。計16名の参加となり会場は満杯。①足湯、続いて②藤女子高から「お花と野菜の種贈呈」(趣旨を説明し、高校生がメッセージを朗読。仮設の皆さんはとても喜び、受け取った)③昼食 ④笑いヨガ(盛り上がった)⑤懐かしの唱歌斉唱を行った。
  こちらの仮設は、当初50世帯入居、現在は30世帯。今年はさらに10世帯くらい転居の予想。 「転居後もこちらの仮設にときどき来る」と話す方もいる。

⇒河南では、朝すぐに10名の方がこられコーヒー出し準備が大忙し。気温も最高気温22度になりました。笑いヨガ教室で腕を使っての振りつけで大笑いをして楽しみました。プレゼントされた花と野菜の種を学生のメッセージを読みながら、お母さん方が選んでおられました。唱歌を皆さんで合唱をし、のど自慢のカラオケと続きました。

⇒きれまちでは、雨模様で朝方はどなたも来られませんでしたが、おばさんが室内犬を連れて来られました。常連の方がお見えになり風邪をこじらせ大変だったこと、糖×病の治療方法をあれこれ話し互いに気を付けましょうと交流をしました。テレビ観戦、高校野球の決勝戦北海道のチームを一生県命応援して下さいました。

高浜では、いつものお母さん方々がお見えになり加えてカリタスのコーヒーが美味しいので訪れてくれた方々がいました。嬉しく思いました。皆さん仲良く手芸品の子犬を作って展示してありました。今日は折り紙で地球儀を作っていました。お孫さんの話になり、仏壇で手を合わせて祈っているという。

⇒荷竹では、おばさんが手芸品を作って待っていて下さいました。ここは手芸品作りが盛んで壁には沢山の作品が飾ってあります。フナッシー、あんぱんマン、くまもん、イチゴ、きのこ、カレー、今人気になってきたサーモン君と宮古ちゃん等が壁一杯に展示してあります。めずらしく家族3人でこられお話しを静かに聞かれましたが、合いの手をいれる暇もなく、純宮古弁で言葉の意味がわからず私たちもジーット傾聴させて頂いた。

⇒実田では、腰が痛い足が痛い、脳梗塞で倒れたとか病気の話が中心。一人の方がお昼に来られて津波の時の話を具体的に話されて亡くなられた方の話を涙を流しながら語ってくれました。1132日生まれの子が震災時まだ病院に母親と入院中でしたので助かったとの事。その子は一段と逞しくなり、成長が楽しみです。















宮古ベースの活動報告(抜粋)
①2011年6月16日以前の活動報告へ
②2011年6月17日~7月31日の活動報告へ
③2011年8月1日~10月2日の活動報告へ
④2011年10月3日~12月25日の活動報告へ
⑤2012年1月6日~7月8日の活動報告へ
⑥2012年7月9日~10月28日の活動報告へ
⑦2012年10月29日~12月27日の活動報告へ
⑧2013年1月8日~3月31日の活動報告へ
2013年4月1日~8月31日の活動報告へ
2013年9月1日~12月31日の活動報告へ 
⑪2014年1月7日~3月31日の活動報告へ 
⑫2014年4月1日~9月30日の活動報告゙へ
⑬2014年10月1日~2015年3月28日の活動報告