①2011年6月16日以前の活動報告へ
②2011年6月17日~7月31日の活動報告へ
③2011年8月1日~10月2日の活動報告へ
④2011年10月3日~12月25日の活動報告へ
⑤2012年1月6日~7月8日の活動報告へ
⑥2012年7月9日~10月28日の活動報告へ
⑦2012年10月29日~12月27日の活動報告へ
⑧2013年1月8日~3月31日の活動報告へ
2013年4月1日~8月31日の活動報告へ
2013年9月1日~12月31日の活動報告へ 
⑪2014年1月7日~3月31日の活動報告へ 
⑫2014年4月1日~9月30日の活動報告゙へ
⑬2014年10月1日~2015年3月28日の活動報告 
⑭2015年3月29日~10月3日の活動報告 

宮古ベースの活動報告(抜粋)

抜粋になりますが、宮古ベースの様子を掲載しております。



◆ボランティアの参加者が激減しています。
◆ボランティアのご協力を頂ける方は、先ずは、ご登録を。ご協力お願いします。


          「ボランティア募集概要」 
    「ボランティア申込・登録用紙」





主のご復活おめでとうございます!

3月27日(日)~4月2日(土)の週は、ご復活と年度末のため活動はお休みさせて頂きました。


2016年3月20日(日)~3月26日(土)

<TOPICS>
■春の日差しが嬉しく感じられます。春休みなので仮設の集会室に子どもが顔を出したり、おじいちゃん・おばあちゃんとお孫さんが訪ねてきたりと和んでいるようです。
■八戸ターミナルで親子二人と話していたら、被災地を経験したいと言われました。その方は、大阪の中学校の教師で、生徒に被災地のことを伝えたいとの希望で、宮古市まで同行となりました。


⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・よっとでんせと、なかよし公園、あゆみ公園、実田、清寿荘、中里の仮設住宅

よっとでんせでは、被災者の方と会話したり鍬ヶ崎を見学され夏休みに家族6人で再び宮古市を訪れたいと云って帰られた。TVで甲子園、選抜で釜石高校の応援、勝った時は大喜びでしたが小豆島高校も勝たせたかったと、優しさも感じました。昼食に五郎丸手抜きうどんを食べていただき大好評、子供達も喜んで食べました。

⇒なかよし公園では、社協の女性3名が来られた。中心的存在のお二人が転居され、ここの仮設からの来場者は0でした。近くの復興住宅におられる方も馴染めず、やっぱりここで以前の方と会いたいと話された。新しい所でのイベントには参加していないそう。今日は津波の事、新しく出来る防潮堤、水門について熱く話されていました(建設には賛成ではない)。

⇒あゆみ公園では、仮設住民の〇さんが見えた、元住民の〇さんが3人を乗せて来場。その後、2名が見え7名になりました。相変わらず○さんが皆を笑わせていました、昨日宮古FM放送でこの方の歌が3番まで放送されていたと上機嫌でした。○さんは4/20鍬ヶ崎公営住宅へ転居され、いよいよ住民0になりそうです。1時過ぎ蕎麦をたべて6名が帰られました。

⇒実田では、小雪がちらつく寒い日でした。ある男性は先月復興住宅の抽選で上村の希望通りの階と部屋に当選したと喜んでおられた。もう1人の女性も同じ上村に4月中旬移転予定です。この仮設住宅も4月には34世帯が残りますがカフェに来られる方は全部転居された方になります。兄弟がおばあちゃんに会いにきました。○君は震災の9日前に生まれて5歳です、活発で成長されていました。

⇒清寿荘では、津軽石で3名をお乗せして到着、暫くしてクラフト籠の制作を始められた。今日は高校野球、青森と岩手を応援すると云って終日テレビ観戦。自宅が5月までに津軽石に完成するそうです。ある子は母と姉を亡くした当時は無口でしたが、今は元気で仮設の子供の面倒を見ていましたので安心しました。女性3名とも笑って話していました。おばあさん達は何でも良く知っていると感心していました。津軽石の線路枕木の交換が始まり、今度は三陸鉄道が宮古~釜石まで運行するそうです。開通は2年後です。

⇒中里では、9時半に3人が来られました。佐原からバスに乗って来るとこの時間に着くそうです。6名の転居者は新しい所が馴染めず、ここに来ると話しておられた。現在は20世帯位だそうですが8月末までに2中の方が転居してこられるそうで、鍬ヶ崎の変貌ぶりを話されていました。○さんは公衆浴場の工事がまだ始められないとボヤイテいました。


2016年3月13日(日)~3月19日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・河南、赤前、田鎖、高浜、荷竹、二中の仮設住宅

河南では、震災から5年、報道取材が入ったことで話が広がり一人一人が当時の様子を話された。さらに昔話になって子どもの頃の懐かしい思い出話に花が咲き皆で大笑い。話のなかに懐かしさと哀しさも少しあって、この5年間を生きてきた思いをそれぞれ口にされていた。仮設から出て行く人が多くなっている一方で、残っている方からは、だんだん人がいなくなり寂しくなったこと、仮設も古くなってきたこと、いつになったら引越しできるのかなど先の遠い不安を持っていることを聞かされた。

⇒赤前では、小百合幼稚園の卒園式で宮古教会の聖堂は朝から園児と父母の皆さんでいっぱい。仮設に到着すると既に皆さんが待っておられた。ここの皆さんはよく食べ、よく話し、よく笑い、よく歌う。5年間のお付き合いの深まりと前向きさが伺えます。午前中は震災時の話でした。今思うとあっという間だった。心の中に津波の真っ黒な大きな波が焼きついて今でも海を見るのがイヤ。耳の遠い高齢の方は何も話しませんが皆さんから見守られて終始おだやかで存在の大きさを感じました。最近は暖かくなってきたので、車で連れて行ってもらえるなら大船渡の椿館に行ってみたいという要望もあり、活動のひとつとして考えさせられました。帰り際に「ボランティアのみなさんに来ていただいたから5年間を過ごすことができた」と感謝の言葉をいただき胸に刻みました。

⇒田鎖では、公営住宅入居予定だが、一度も部屋を見た事がないので何の準備も出来ないとのこと。○さんからは、娘さんが学校に行っていること、引っ越してから半年、自治会の役員や学校の役員を頼まれ苦労していること、また訪問者も多くて対応に困ることなどを話された。○さんは春になったら山菜採りにボランティアの皆さんを山に連れて行きたい、着物の生地を持って行ったので大変喜ばれ、何を作ろうか夢をふくらませているようでした。

⇒高浜では、手芸をする○さんに古着物をみてもらうと、是非ほしいとノレンや袋にすると喜んでくれた。震災から5年の流れを思い出しながら子供の成長、亡くなられた方、高齢化などについて話していました。仮設に来て最初の頃はAボランティアさんに大変お世話になったという方もいて、カリタスの5年の流れがなつかしく思い出されました。高浜の復興住宅には集会室が無いそうで、たまには外で敷物を敷いてお茶っこすることもあると教えてくれました。

荷竹

○夫妻と次男さんが見えた、2年ほど前に被災した家を建て替え仮設から移った方。昼食のうどんをたっぷり食べ満足そうでした。2時頃まで夫妻は競うように途切れなく話しされ、わからないところにもあって聴き続けることに2人はヘトヘト。昼前に仮設の女性が見えたが花粉症で苦しそうで挨拶してすぐ帰った。

⇒二中では、20度近い暖かさで集会室の暖房を途中で切りました。お彼岸と漁連の総会で参加者が少ないよといわれましたが、午後からも3名が見えて総勢9名賑やかな一日でした。10月には閉鎖となる二中仮設ですが、皆さんの今後の予定は様々で未だ全く目途がたっていないかたもおります。ご高齢の方は戦争体験や3度の津波体験を元気に話してくれました。昼のうどんはそれぞれ我が家の手抜きメニューにしたいとよろこんでくれた。


2016年3月6日(日)~3月12日(土)

<TOPICS>
■5年前の3.11の追悼と復興を祈るミサが各地で行われ、宮古教会でも14時46分に全市に鳴り響くサイレンと共に鐘を鳴らして黙想し、盛岡四ツ家教会のミゲル神父司式で追悼ミサを行いました。
■札幌でも、北一条教会で勝谷司教司式で追悼と復興を祈るミサが捧げられ、ミサ後には、天使大学学生からの活動報告、宮古などへ毎年訪れて演奏しているアンサンブル奏楽の演奏と報告が行われた。茶話会では宮古の物産や皆さんが作られた品々も販売された。


⇒今週のボランティアは
2名
⇒移動カフェ・・・児童相談所、清寿荘、藤原、きれまち、浄土ヶ浜の仮設住宅

児童相談所では、住人の方が昨日TVに映った(津波襲来の動画を撮影しておられ、そのインタヴューが放映された)ことなどから皆さん思い出話をされていた。1歳児の動きには皆さんの優しい目が注がれていた。豚汁、漬け物、わかめなどを持ち寄って食卓を囲み談笑。午後はクラフト工芸と裁縫が始まり、リラックスして取り組まれた。ここは集約住宅に指定されていることから、新たな人間関係への心配を持ちつつも、前向きに考えておられた。最近TVで震災関連の映像が流れているが、見ると辛いとの声もあった。

⇒清寿荘では、3人の方を途中で拾い、集会室へ。3人で直ぐにおしゃべりが始まり、知人の消息などが話題だった。男性の方は5月完成予定の自宅の間取り図を持って来られ、とても楽しみにしておられる様子。いつものようにコーヒーを2杯飲んで帰られた。昼はお握りとインスタントラーメンを提供。その後Tさんが来られたが、のどが痛いと不調の様子。紙テープを編んでの子犬作りが始まり、ボランティアもさせてもらったが思いのほか力が必要で腕が痛くなった。終わり近くに2人の子が幼稚園から帰宅しお菓子を食べて行ったが、母親に促されてきちんと挨拶が出来、躾上手を窺わせた。
公営住宅に他の仮設からの方がおり、カリタスが共通の話題にもなるらしく、公営住宅でのカフェ開催を提案すると賛同されたので、社協にも提案した。

⇒藤原では、開店後しばらくは一人の方のみで、料理のこと、漬け物のこと、将来に備えての蓄えもあるので、公営住宅に移ってからは時に旅行などして人生を楽しみたいと言った前向きなお話しがあった。その後1歳の孫を連れられた方が来られ、そのかわいらしい仕草に場が和んだ。昼食はお握りとインスタントラーメン、来訪者手製の新巻き鮭を頂く。誰それは公営住宅の何階等の話題が続き、楽しみにしていられるようだった。引越してからもカリタスさんの時は遊びに来るから続けて、とのリクエストがあった。
夕食はホタテ、イカ、ほうれん草、すべて来訪者の方から頂戴したものでした。感謝です。

⇒きれまちでは、到着時には既に夫妻一組が来ておられた。他に来られる方はないとのことで、お二人の話をじっくりお聞きした。鼻の大きな手術をしたこと、糖尿病が見つかって治療中であること、足裏の手術はどうやら必要以上の切除だったらしいこと等医師への不満を交えた話、市、市長、社協への不満、原発への疑問、国際情勢のことなど。磯鶏の公営住宅一階に入居が決まったそうだが、藤原地区からの入居者が同フロアには多いと昨日お聞きしたばかりだったので、皆さんとうまくいくように祈るばかりです。
終了後、山田町社協復興支え愛C訪問し、奏楽のポスターと個別配布用チラシを渡し、浦の浜仮設集会所を確認(2011年に、教会のわかちあいバザーでお邪魔したところであった)。老健施設さくら山をも訪問し、打ち合わせ・会場確認を行った。

3.11
6時から避難訓練が行われた。ボランティアの宿舎は高台で対象外でした。午前中、宮古病院へポスターを届けるなど所用を済ませた後、宿舎1階のワックスがけを行った。
14時46分全市に鳴り響くサイレンに合わせて教会の鐘も鳴らし黙祷を捧げてから、四ッ家教会ミゲル神父様司式による追悼ミサが行われた。同教会からも15人程が来られた。
ボランティアで来ていた蓑島神学生は侍者を務めた。

⇒浄土ヶ浜では、10時半頃に皆さんが集まり、コーヒーを飲まれてからいつものキャラクター作り。何時もの中心的存在の方は所用で不在だったが、互いに教え合いながら静かに作業が進んだ。キャラクターの新バージョンが出来ており、かわいらしい。昼前に餃子屋さんの夫妻がカリタスボランティアに会いに見え、初対面の皆さんも歓迎して下さった。作業、作品に感心しきり。コーヒーを飲みながら皆さんと楽しく談笑された。


2016年2月28日(日)~3月5日(土)

<TOPICS>
■新聞報道によると、1月末現在では、今回の震災による宮古市の死者は420名、不明者94名、関連死者54名となっています。今なお仮設住宅の生活を余儀なくされている人々がいます。被災者の思いに寄り添いこれからも仮設訪問を続けて行きたいと思っています。


⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・赤前、西ケ丘、実田、崎山、鍬ヶ崎、愛宕の仮設住宅

赤前では、昨日から40センチ程の降雪があったが、日が当った場所は既に溶けて車の走行には支障がありませんでした。再建される自宅や復興住宅の話題が多く話されていました。昼近くに生協ボランテアの○さんも節句の「手芸人形」を持って来られました。いつもの様に宮古教会○さんが美味しいスポンジケーキを持参下さり皆さん美味しいねといいながら食して頂きました。午後から自治会長さんの孫さん入って来られ大きなボールで一生懸命遊んでいました。

⇒西ケ丘では、訪問した時既に部屋は暖かくなっていて助かりました。まもなく〇夫妻と仲間で5人がお見えになりました。今回は2273日目の訪問だったので恐縮されていましたが、その旨社協には連絡をしました。話題はTV、ラジオ、スポーツと多方面にわたり何時もの様に楽しく過ごされていました。

⇒実田では、また津波の話題にもなり、真っ黒な津波が押寄せてくる状況をいまでも時々思い出し辛いと話してくれました。震災の年に生まれた〇くんを写した写真を今回お渡しする事が出来ました。「今日が5歳の誕生日、良い誕生プレゼントになった」とおっしゃり保育園へ元気に通っていますと語って下さいました。

⇒崎山では、今朝雪が降り佐原玄関、階段、通路の雪掻きをして出かけました。コーヒー準備にてんてこ舞いでした。いつもの事ですが○さんがヒュズ(小麦粉で蒸かして内にあんを入れた食べ物)とカス漬けの漬物と和菓子を持参して頂き恐縮しながら頂きました。お2人はマイペースでお話しを続けて他のお2人は聞き役に廻っていました。今月は他のボランティアが入っていない事もあり、この日を楽しみにしていて多くお話しをされると感じた。

⇒鍬ヶ崎小では、コースタのような手芸品を見ながら談笑されていた。着物柄がほしいとの希望があったので差し上げる事にした。佐原に着物が贈呈されていたのでその内3枚を使って頂く事に。午後から学校から帰って来た小学生22人、32人、51人の5人(全員女の子)が来て遊び半分にしながら宿題をしていた。2年生の子がスマホで遊んでいたが複雑な気持ちでした。

⇒愛宕小では、仮設到着すると〇さんが家の前を掃除していました。この方を皆さんが大事に見守っておられる。掃除を終えて談話室へ来られた。手が真赤になって冷たくなっていた。鍬ヶ崎の復興住宅へ.引越すと言う。いつもの仲間が集まって☆さんが散らし寿司を作って下さり皆さんで一緒に食して頂きました。ささやかですが良い昼食会となりました。


2016年2月21日(日)~2月27日(土)

<TOPICS>
26日に社協主催の「さ・わカフェ」が開かれました。
議題は情報提供として仮設・公営住宅の入居状況や年間2000件弱の談話室の利用、県内外の単発の活動を含めると80弱の団体が活動して頂いたとのことでした。当日は16団体程が集まりそれぞれの活動の情報交換が行われました。


⇒今週のボランティアは1名から3名
⇒移動カフェ・・・二中、あゆみ公園、なかよし公園、荷竹、高浜、西ケ丘の仮設住宅

二中では、朝とても寒かったが仮設に着くと既に暖房が入っておりほっとしました。次々に集まり、近くの愛宕や佐原の仮設からの方も見え、コーヒーも午前で4回おとす忙しさでした。お昼前にはそばを食べて頂き大変喜ばれました。午後からも5名程が集まりましたが、この仮設も今年の10月末には閉鎖になるとの事でした。いつもコーヒーをいれてくださっていた〇さんも公営住宅に移られ、部屋にあった観葉植物もなくなり少し淋しい感じとなっていました。

⇒あゆみ公園では、談話室に到着するとすでにエアコンの暖房は入れてありましたが、1週間以上使用していなく床は底冷えで足がすぐ冷たくなる状況でした。オープン間もなくここの唯一の住民の〇さんが見えました。部屋が暖まるのに時間がかかるので炬燵をセットして暖をとりました。港町の公営住宅に4月に引越しする事が決まったとうれしそうに話しておられました。その後隣の仮設○さんも見えました。同居するように言われているそうですが、一人で生活できるうちは一人で過ごしたいといっていました。その後○夫妻も見えいつものように楽しいおしゃべりですごしました。

⇒なかよし公園では、今日も冷たい風が吹く寒い日でしたが到着すると既に暖房が入っておりほっとしました。1時間ほどは誰も見えず,今日は少ないのかなと思っていましたが、逐次手芸のメンバーが集まり、先生格の〇さんに聞きながら各々作業を始めました。手を動かしながらも昨今のニュースを話題として口の方も活発に動かしていました。お昼は持ち寄ったおにぎりやそばをゆでていただき一緒にごちそうになりました。午後からは手芸がひと段落ついたらいつものようにトランプをしようと言う声がありましたが、今日はみなさん作業が中途半端になるといって最後まで手を休めませんでした。3.11に札幌で販売する作品を預かって帰路につきました。

⇒荷竹では、今日も寒い1日でした。日差しはあるものの冷たい風が吹いていました。ここの仮設も住んでいる方わずかとなり、午前はだれも来ませんでした。午後2時ごろ週に3回はご両親の通院の付き添いをしている方が見えられ、付き添いを終えて帰って来た時にカリタスのカフェでのコーヒーがとても美味しく、ほっと一息がつける時間だと話してくれました。いつもテレビでみる北海道の色々な観光地に是非行きたいと言っていました。

⇒高浜では、今日も晴れてはいたものの寒い1日でした。到着するとすでに数人がまっていました。オープン10分前にでも社協の職員が解錠に来ないため電話をした途端、丁度来ました。今日見えた住民全員仮設を出た人たちで久し振りに会うようでした。話の中で同じ公営住宅に住む方で夜になっても電気がついていないので心配していたという話でお互いが安否確認をしている事が窺えました。社協での会議があるため午後1時半で失礼しましたが、皆さんはその後もおしゃべりを続けるようでした。

⇒西ケ丘では、オープン後まもなくいつもの仮設を出られた皆さんが集まりました。話の中で3月で満5年となり、仮設でのイベントをするボランティアが終了するグループがある様で、カリタスさんも終わりですかと質問があり、一応継続する旨を伝えました。同じ公営住宅にいてもなかなか集まる機会がないとのことでした。
午後から再度皆さんが集まっている中「荒城の月」2番の正確な歌詞はどうなのか調べながら、カラオケに移行し懐かしい唱歌や童謡を歌いながら過ごしました。


2016年2月14日(日)~2月20日(土)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・赤前、きれまち、児童相談所、清寿荘、実田の仮設住宅、よっとでんせ集会所

赤前では、3.11で家は流され、夫婦2人共発病していて手術を受けられた方でお一人は仮設で亡くなった。近くに新築され親子3代で生活しておられるが、ご主人が健在ならと悔やんでおられた。昼食にインスタントラーメン、午後からは恋の山田線、ボケない小唄、続いてカラオケとなりました。終わりには皆、すっきりしたと笑顔になられた、4時までおられるのでお先に失礼しました。

⇒きれまちでは、解錠はされていましたが暖房が入って無く今朝最低気温で11時まで暖まりませんでした。お汁粉を作って下さったので社協2名と共にご馳走になりました。今日は復興公営住宅や入居される方の話題でした。県営、市営ともに公営住宅の入居辞退が多く出て再募集の案内広報が配布されていました。○夫妻は3月に磯鶏公営に転居されます。この仮設もいよいよ閉鎖の感です。

⇒児童相談所では、仮設住民で来られる方は1世帯になった。病院へ行かれた方が多く○さん一家5名の他は2人が見えた。昼食は蕎麦をいただきました。社協が宮古病院の研修医と来られ各自の健康面の話になり相談しておられた。込み入った話になってきたのでボランティアは赤ちゃんと遊んで聞かない事にしました。

⇒清寿荘では、津軽石でOさんをお乗せ、あとの2名は葬儀の為に不参加です。暖房が入って無く午前中寒かったです。初めて震災で亡くなったお姉さんの話をしてくれた、生存なら小3年生とのこと。社協担当者が来られて津軽石公営住宅の管理人も決まり談話室が使用可能になったそうです。荷竹と清寿荘からの転居者が多いのでいづれカフェをお願いするのではないかと話された。

⇒実田では、10時前に到着し、暖房、電気こたつ、入っていて暖かでした。仮設の方2名(男性1名)転居者3名が来られ常連の方で和気あいあいの会話が続きました。3.11が近づいてきたので当時の思い出話をされました。山菜とりや散歩時の花ばなの話題も。○さんは公営住宅がまだ正式に決まって無く不安そうでした。実田は8世帯が生活されています。

⇒よっとでんせでは、続々来られコーヒー落しに追われました、土曜日で小学生も4人来ましたのでジュース買いに走りました。2か所の仮設住民と地元住民ですが皆さん顔馴染みです。又半人前づづでしたが蕎麦、喜んで頂きました。午後からは宮古教会S,Kさんが旗を見つけ手伝って頂きました。ここでも幼児は人気の的。よっとでんせは3月中で閉鎖され、公営住宅の近くに公民館が完成しています。4月からは公民館かなと話しておられた


2016年2月7日(日)~2月13日(土)

<TOPICS>
■昨週からボランティアに来ている5人の女子大学生は、どこの仮設住宅に行っても「若いっていいね「宮古に嫁に来て」などと大人気でした。
■その学生からは、「仮設の中の人と人との繋がりが明るさを生んでいるような気がする」「震災当時のことを積極的に話して頂いた」「仮設住宅の集約で、新たな住民となる方との関係構築が心配だが、ボランティアの関わりが役立つのではないだろうか」「特に、心の復興はまだのように見えたので、仲間に伝えていこうと思う」などの感想が聞かれた。


⇒今週のボランティアは1名から7名
⇒移動カフェ・・・二中、中里、河南、浄土ヶ浜、藤原、田鎖の仮設住宅

二中では、開店早々14名の皆さんがお見えになりました。いつもの様にNさんが温度を測りながら美味しいコーヒーを入れて下さいました。学生が持ってきた「白い恋人」をみんさん喜ばれました。仕事を辞めたという方は随分久しぶりに来室し学生との会話を楽しんでいた。○氏は新設公民館長に就任するとのことで、オープニングに是非、「奏楽」に来てほしいと交代の世話人に要望があった(奏楽の来宮日は決定済み)。

⇒中里では、
ボランティアが持ってきたお菓子に「北海道のお菓子はうまいもんねえ」と、また手製のイモ餅も喜んで頂いた。鍬ヶ崎地区の商店の配置が決まりつつある話から、震災後の思い出話となり、着物などを空き巣に持って行かれたこと、近隣の亡くなった方のこと、避難所暮らしのことなどが話された。午後、心の病を患ったという方を誘ってくださり、お話ししている内に明るさを取り戻していかれたのが嬉しかった。

⇒河南では、リーダー格の方を含め4人の女性が来られた。以前は20人程の集まりだったが今はこの程度とのこと。3月中には20世帯を切る見込みで、自治会を解散する予定という。○さんは新築予定地の盛土が落ち着かず、電気も引かれていないため当分は仮設住まいが続くらしい。他の方も同様。皆さん大声で楽しく会話され、お元気だ。午後は学生Vlr.にマスコット作りを指導して下さり手助けを受け全員完成させた。「また来てね」と見送られた。

⇒浄土ヶ浜では、ゆるキャラマスコットを前にイライラされている。作成された物に規格外れの物が多く、どう修復するかと頭を抱えていたとのこと。挨拶もそこそこに学生に協力を求め、指示を与えながら作業に没頭の結果、午前中に四十数個の修復を終え大感謝された。途中、織りの指導者だった札幌のHさんが久振りに来られた。Vlr.には小さなマスコットをプレゼントして下さった。活動の後、好天の浄土ヶ浜を観、5人の学生は帰札。

⇒藤原では、常連の3人がこられコタツでおしゃべり。ほとんどの話題が3月末入居予定の公営住宅への期待や、新たな人間関係への不安が話題だった。向こうへ行っても挨拶やお茶っこの交流を続けようとの前向きな発言を嬉しく感じた。カリタスカフェが続くなら会いたいからここにも来たいとも。ほとんど身体を動かさなくなったという○さんは集会室と住宅の往復だけで息を切らせておられたのが心配だ。閉店間際に実田仮設の〇氏が来られ、同じ住宅に入る事で情報交換をして行かれた。カリタスが集会室に置いたアイロンを所望された。お譲りするととても喜んでおられた。

⇒田鎖では、○夫妻が来られ美味しいリンゴをご馳走して下さった。地元の有名なリンゴ園本宅が火事で全焼したとの事、お見舞いに行って聞いてきた様子など話された。最近の様々な話題が出た。あるイベントについて、「せっかく来てくれるんだから参加しなきゃ」との発言があったので、カフェについても無理をかけていないかと尋ねたら、「カリタスは楽しみなんだから来てほしい」との返事。


2016年1月31日(日)~2月6日(土)

⇒今週のボランティアは3名から6名
⇒移動カフェ・・・西ケ丘、荷竹、清寿荘、崎山、鍬ヶ崎、愛宕の仮設住宅

西ケ丘では、ほとんどの人が復興住宅から駆けつけて下さいました。仲間同士でしたので皆さんに会いに来たと話されていました。いつもの様に賑やかに語り合っていました。昼はカップラーメンとおにぎりとばあちゃんが持って来てくれた田老のワカメを美味しく頂きました。

⇒荷竹では、仮設には4世帯しかおられないとの事でした。この談話室.は他の仮設より大きめで暖かくなるまで時間がかかりました。1世帯3人の家族がこられました。市役所の職員の方がこられて談話室の写真を撮って行かれました。この方は震災のときには消防士で人命救助で大変苦労されて遺体収容した時、水がないので手も洗えずにおにぎりを食べた事が忘れられないと話しておられました。

⇒清寿荘では、前日に連絡して談話室へ来られる時は3人ほどをお迎えして談話室へ行きますが今日○さんは来られませんでした。談話室の話題は何と言ってもK世話人が札幌持ってきた記事のことで、〇さんが北海道新聞の取材を受けて夕刊特集で「大震災から5年」自宅前で新巻きサケの処理の状況をカラー写真付きで大きく掲載されましたのでその話題で盛り上がりました。

⇒崎山では、よく来ていた方々もほとんど引越しされていました。カリタスの幟りに掛け上がる猫も、小石をくわえて歓迎してくれたワンちゃんもいなくなりました。一人暮らしをしているおばあちゃんはカリタスが来るのを楽しみしてくれています。お話しを一生県命聴かせてくれます。いつもこられる方は粕漬けの漬物とみかんを持参してくれました。昼に持参したおにぎりをいっしょに食べました。

⇒鍬ヶ崎小では、幸せ卵作り―注)手工芸の一つ 仮設の人と5人のボランティア大学生が加わり社協の方2名も加わり賑やかな談話室となりました。学生達のお土産の白い恋人と今朝作ったイモ餅を食べて頂きました。カラオケ大会を行い大いに盛り上がりました。若い人が来ると元気になると喜んでおられた。帰りには仮設のOさんが主人が採って来たタコを頂き夜の食事にお刺身で美味しく頂きました。

⇒愛宕では、到着すると〇じいちゃんが談話室を暖めて待っていてくれました。学生の○さん達は再会を喜びあってました。復興住宅、健康、今後の生活の不安等々話されていました。学生達のお土産の白い恋人とイモ餅、昨日残ったタコ刺しとおにぎりを食べて頂きました。学生のトランプ手品をしたり、折り紙をしながら楽しく過ごしましたが、ここでも若い人はいいねエと言っておられました。


2016年1月25日(日)~30日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・きれまち、よっとでんせ、あゆみ公園、二中、なかよし公園、河南の仮設住宅

きれまちでは、〇ご夫妻だけでしたが、五穀豊穣を祈る小正月(15日)に行う飾りの「みずき団子」(まゆ玉ににたようなもの)を持って来て下さり、それでおしるこを作っていただきごちそうになりました。

⇒よっとでんせでは、昨夜も結構な冷え込みとなりなりましたが、到着するとすでに暖房が入っていました。一人見えましたがだれも来ていないのでいったん戻り呼びに行ってくれました。21日より鍬ヶ崎の公営住宅の入居が開始されたとのことでした。周りの宅地の造成もかなり進んできていました。その関係か3月でこの集会室も閉鎖されるとのことでした。

⇒あゆみ公園では、オープン後まもなく仮設に残っている方がみえました。鍬ヶ崎の公営住宅の入居が決まり、昨日見学に行ったとの事。その後○夫妻もみえ新居のことを話しておられました。3月には引越しをする予定で、その後カリタスの日には迎に行くから一緒に来ようと言っておられました。

二中では、いつものようにオープン後続々と集まりました。今回も〇さんがコーヒーを落として頂き全員の分ができるまでお菓子をつまみながら歓談していました。昨日は近くの果樹園が全焼した話題や、いよいよ鍬ヶ崎の公営住宅の入居始まるとのことで、この仮設からも3人程が移るようでした。午後はいつものように津波当時の避難ことや仮設入居時の行政の対応のまずさ花の育て方などの話を伺いました。

⇒なかよし公園では、到着するとすでに2人の人がきてこたつの中で待っていました。今日は冷え込んだため部屋が暖まりませんでした。今日ここに来られた方で仮設のひとは1人で他の5人すでに退去した方たちで、遠くは津軽石の公営住宅から。お昼はやきおにぎりと間引きワカメをご馳走になりました。午後は社協の職員も含めてトランプをしながら楽しく過ごしました。

⇒河南では、自治会長の奥さんが先に部屋を暖めておいてくれましたが、なかなかあたたまりませんでした。楽しそうにおしゃべりが始まりました。昨年と比べるとかなりの人が退去したようで集約仮設にはなっているが新たに入居する人は立地の便からいないのではということでした。「津波がなければこんなことはなかった」と言う言葉が良い意味でも悪い意味でも口から洩れていました。


2016年1月17日(日)~23日(土)

<TOPICS>
■大寒を迎え宮古にも初雪と嵐が吹き荒れました。仮設住宅にいる世帯数より災害公営住宅に移った世帯数の方が多くなってきました。

⇒今週のボランティアは1名から2名
⇒今週の移動カフェ・・・浄土ヶ浜、田鎖、実田、高浜、赤前、児童相談所の仮設住宅

浄土ヶ浜では、みぞれ混じりの強風が吹き荒れた一日でしたが、開店早々に5人が見えて早速さおり織を始められた。聞くとサーモンくん、宮古ちゃんの作品200個の注文が入ったとのことで張り合いが出ている様子でした。昼食に蕎麦を食して頂き、午後からは世話人引継の為早めに退室させていただいた。

田鎖では、昨夜は「春雷」といわれる雷音に驚かされ今朝は積雪10㎝ほどでしたが昼前には日も差して穏やかな日和となりました。いつものご夫妻が見えたので手術後の経過を傾聴。昨夜の荒天のためか午後からは誰も来ないと予想したが若い方が「カリタスさんが来ている」と聞き公営住宅から駆け付けてくれました。嬉しいことです。午後3時から社協の連絡会議のため早仕舞とさせていただいた。

⇒実田では、集会室は冷え切っていて、エアコン暖房ではなかなか暖まらないので最後までコタツに入っての懇談となりました。一緒に用意していたうどんをみんなで鍋を囲んで食していただいた。再建住宅に移った〇さん公営住宅に入った〇さんもそれなりに落ち着きを感じますが月1のカリタス訪問に合わせて顔を合わせ、近況を語りあうことを楽しみにしているようです。

高浜では、次々と7名が集まって来られた。お互いに1か月ぶりに顔合わせして、和やかに近況報告を交わしておられた。さらに、5年近くになる津波当時の皆さんそれぞれの様々な体験談をお話ししてくれましたが、今こうして元気で生活出来ている事を「津波のお陰で」と前向きに話された事が印象的でした。お昼は全員揃って二つの鍋を囲み釜揚げうどん。カリタスの旗をひっかけてカギ裂きしてしまいましたが、〇さんがミシンで見事に修復してくれました。感謝。

⇒赤前では、集会室は開いて暖房が入っていた。ここは社協から委託された元仮設の自治会長さんが管理しているとのことであった。お互いに顔馴染みで気心が知れているようで穏やかな会話が続いていた。93歳のおばあさんの「山田線の歌」にも皆の手拍子とハーモニカ伴奏で盛り上げていた。5年目を迎える津波被災の様子は決して忘れる事はないといって当時の話を聴かせてもらいました。皆さんに玄関先まで見送っていただいた。

⇒児童相談所、到着するとすでにキノコ汁のすいとん料理を準備して待っておられた。4世代のご家族を中心に、ひ孫ちゃんのかわいらしいしぐさに皆さん終始なごまされおだやかな時間を過ごしていた。自宅再建で高台の造成地に申し込み中のかたは、移転まではまだしばらく時間がかかるとのことでした。


2016年1月10日(日)~16日(土)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、藤原、崎山、荷竹、西ケ丘の仮設住宅と黒松町公営住宅集会所

⇒黒田町公営住宅集会所では、
「黒田町公営住宅の住民同士のつながり」「地域住民とのつながり」「本町公営住宅の住民同士のつながり」「地域住民とのつながり」の交流会が開かれました 札幌カリタスはカフェを開き若干の景品を提供しました。岩手教会はハープ奏者を同行され、中央商店街は観葉植物の鉢入れの提供でした。ひっつみ汁と炊き込みご飯など全ての提供品込で会費100円でした 来場者33名、イベントスタッフ20名でゲームも有り、身動き出来ないくらいの賑わでした。自治会長も出席され今後の街作りがスタートした意義の有るイベントでした。仮設住宅の方も10名程おられました。
感動的な出来事がありましたのでご紹介します。車いすに乗って娘さんに連れられて来られた母親がおられました。会話も殆ど出来ないのですが、ハープ演奏の花、スバルの時、大きな声で歌い始めました。音程はぶれて、発声も定かでありませんでしたが、皆が暖かく見守り、終わりには拍手でした。昔歌っておられたのでしょう。とても良い日でした

⇒清寿荘では、仮設を出られている3名の方を津軽石バス停でお乗せして10時過ぎ仮設に到着しました 暖房が入っておらず11時過ぎまで寒かったのですが、
さんがマッサージを受けに来られた。昨年末から見ると大分瘠せられたご様子です。建設中の家は大工さん不足で、未だ土台が出来たまま遅れているそうです午後から1名が見え新年の挨拶をされていた。入居者が減って殆ど来られなくなっている様です。昼食に蕎麦を食していただきました。

⇒藤原では、9時40分に到着しましたが暖房を入れたばかりで、寒い
ところに、Sさん、Tさんが見えられた。蕎麦打ちの用意をしたらSさんが習いたいとの事で手ほどきをして、出来上がったものを昼食としていただいた。昼にTさんのご主人、孫、曾孫が加わり5人となった。午後1時過ぎ神父様と宮古教会Iさんが加わり仮設の現状などを伺った。社協の対応について随分と話された。

⇒崎山では、
8時から暖房を入れて下さったそうで暖かでした。感謝です。仮設の方4名、近くの住宅へ転居された方1名、崎山公営住宅へ転居の方4名が来られた。神父様がパスタを準備して下さったが、材料不足で買い出しに走る場面も。「テレビさ見た事あずったが食うのはじめでだぁ」と言うおばあちゃんもいました。パスタ、サラダ、アイスのデザートに皆さん感激されていた。「一杯で入いんねぇ」と言われたが、皆さんたいらげられた。神父のユーモアある質問に大笑いでした。小学生2人も来て高校生ボランティアがおおもて。外でスケボ-で遊んでくれた。

⇒荷竹では、津軽石公営住宅でTさん、Hさんをお乗せした。Mおばあちゃんは転倒されて入院されているそうです 仮設の談話室が開いて無く社協が来るのを待った。11時過ぎまで部屋は暖まりませんでしたが、高校生ボランティアKさんにTさんが手芸品のカエルの作り方を教え、完成品をおみあげにいただいた。高校生のボランティアは孫に接する様に接していただいていました。感謝です。2人共、以前より明るくなられ新住居で正月を過ごされ、心にユトリが出た様に感じました。仮設の住民Mさんが来られエプロンを修繕しながら皆さんと料理の作り方に話の花が咲きました。昼食に蕎麦を食して頂きました


⇒西ケ丘では、外は寒風が吹いていますが、談話室は日差しが入り暖かでした。近隣の公営住宅へ転居された方が順次6名見えられた。元近内仮設におられたSさん(男性)がカリタスが来ていると聞いて来られた。以前と変わらぬ様子でした。いつもと同じでK婦人のリードで食べ物や魚の生態など面白く話され明るい雰囲気の会話に終始しました。
昼食に蕎麦を食していただきました。3時過ぎも皆様残られたので、見送りを受け失礼しました。



2015年12月20日(日)~24日(木)

■今年一年お世話になりました。新しい年も宜しくお願いします
■新年は1月10日から活動を再開します


⇒今週のボランティア1名から5名
⇒移動カフェ・・・赤前の仮設住宅

赤前では、この地区としてはこぢんまりとした集まりで、退去者が多いことを窺わせた。豚汁を用意して行ったが、教会の信徒も手作りケーキ、おにぎり、天ぷらを持参して下さり、皆で昼食会となった。おばあさんはいつもの「山田線音頭」を披露してくれた他、懐かしの歌謡曲も皆で歌ったが良く歌詞を覚えていられ感心。新巻き鮭の作り方や食べ方の夫々の工夫の話をおききした。また、昔の生活の不便さなどを思い出し、みな笑いながら披露し合った。午後の1時間、2人が重茂地区等5ヶ所へプレゼントを配り、カフェ後赤前・津軽石方面4か所に配りました。

⇒22日~24日は仮設住宅へ、良いクリスマス迎えて頂けるように、ささやかなクリスマスプレゼントを配布させて頂きました。

22日は、 崎山~鍬ヶ崎方面11か所及び近内~上鼻方面6か所に配布。
23日は、 磯鶏地区~高浜、藤原~小山田及び田鎖 計8か所に配布した。引越しの準備に大わらわの方が、またお会いしたいと言ってくださった。14時から山田町を視察した。町中が工事現場の感あり。高い防潮堤が建った所は全く海を望むことが出来なかった。
24日は、 市内中心部4か所に配布し、今年の活動を終了した。ご近所と社協にもお礼の意をこめクッキー等を差し上げた。降誕祭ミサに与り、祝賀会にも参加できた。


2015年12月13日(日)~19日(土)

⇒今週のボランティアは1名から2名
⇒移動カフェ・・・田鎖、二中、実田、きれまち、あゆみ、児童相談所の仮設住宅

田鎖では、社協の相談員さん2名が施錠鍵開け後、昼近くまで団欒。〇ご夫妻が病院で診察後、カリタスが来るとからと盛岡から車で真直ぐに来て下さいました。症状は経過良好との事、その後昼近くに3人が来られました。おひとりの方が12月に引っ越しするのでカリタスさんとはこれが最後になるかもしれないといって、かぼちゃをみやげに下さいました。

二中では、談話室に到着すると〇さんが部屋を暖かくして待っていて下さった。いつもの様にコーヒーを入れて下さり、大勢いの皆さんが談話室に来られて談笑されていました。トイレに貼りだしてある言葉:愛語-やさしい言葉 利行-他人のためになる行為 同事-裏表なくふるまう事 捨-心を中立に平静に保つこと 忠実-正直なこと 不ふん-怒らないこと 奉仕-熱心に奉仕することにより善行 〇さんはそのままのかた。わたしには難しい事ばかり。
15時から宮古市復興支援センター連絡会議

⇒実田では、20113月に生まれた子とおばあちゃん、荷南仮設から来られたお2人だけの訪問者だけでした。4年の日々を過ごした仮設住宅の思い出話を懐かしく話されていました。帯広教会から送られたひざ掛けを暖かいねぇと大変喜んでおられました。午後から幼稚園から帰った子が来てあるおもちゃのピアノを弾いたり元気一杯遊んでいきました。

きれまちでは、到着すると談話室は暖かくなっていました。まもなく〇夫妻がお見えになり今日はイベントがあるので社協に連絡して早く暖房を入れて頂く様お願いしたそうです。炊き込みごはんと、みかん、りんご、持ってこられてご馳走してくれました。※14時から「さ・わカフェ」(社協のVlr.情報交換会)に出席。

あゆみ公園では、開店同時に〇さん、〇さんが見え、鍬ヶ崎(出身地)の最近の様子をカメラでお見せしたところその変貌振りに驚いておられた。公住抽選に4度外れ、やむなく息子と同居することになったが不便でもあるし一人暮らしがいいので、仮設が無くなるぎりぎり迄(来年末)住みたいとのこと。昼にカップラーメンをご馳走したところ皆さん「うまい、うまい」と喜んでくださった。カフェも30分早く終了した。

児童相談所では、着時既に大鍋に大根が煮立っており、間もなく〇さんが来て味付けをされ切り餅をゴマだれ味付けして全員で昼に頂いた。1歳の児の挙動や片言がかわいらしく、皆の注目を集めていた。先月の八幡平招待旅行の思い出話をされた。二人になった際に、子どもの行動のことや経済的なことの心配を話された。気丈な方であるが、本当に大変さが思い遣られた。


2015年12月6日(日)~12日(土)

⇒今週のボランティアは1名~2名
⇒移動カフェ・・・高浜、荷竹、なかよし公園、西ケ丘、浄土ヶ浜の仮設住宅

高浜では、常連さんである公営住宅住まいの4人と仮設の2人が早々に来て和やかに談話がはじまりました。残りは10戸位になるとのこと。仮設を出テもカリタスのカフェには来たいと言ってくれました。お昼前にゲームで大笑いしたあと、うどんとトウキビを美味しそうに食べていただきました。

⇒荷竹では、到着すると社協の方が仮設の人々に声掛けをして頂けましたので、家族3名と〇さんがこられました。談話室が冷えていたのでカフェ道具を温める準備を。来るのに気がねしていた方の声も聞けました。午後は2人の方が最後まで残って話されていました。

⇒なかよし公園では、常連の〇さん方がお見えになり昨日何人かの方がNHKテレビで取材されて放映された事を賑やかに話されていました。その他料理、病院、復興住宅、等々の話をされていました。亡くなったご主人に大好きだったコーヒーをスプーンで自分が先に試飲してから「爺ちゃん美味しいよ」と言って毎日仏壇に供えるとのおはなしに、仲良いねえ~と冷やかされていました。

⇒西ケ丘では、朝から激しい雨でしたので、今日はどなたも来られないかなと思っていましたら、復興住宅へ引越された方が3人で来て下さり、いつものように賑やかに振舞って場を盛り上げてくれました。震災で生き残った人生だから神様から頂いた命だと思って楽しく生きる様に考え方を変えたのですと話してくれました。携帯電話で他の2人を呼んでくれました。一人で居るより皆さんで話をして過ごす方が身体に良いという。

⇒浄土ヶ浜では、昨日の大雨でJR山田線脱線事故をテレビで何度も放映されていたので山田線が有名になったねと話されていた。クリスマスの孫たちへのプレゼントのことや紅白歌合戦の出演者が若い世代に代わりさっぱり判らなくなって面白くないなど年末の話題をしながらも手はサーモン君、みやこちゃんをしっかり作りながら制作を進めておられました。


2015年11月29日(日)~12月5日(土)

<TOPICS>
■宮古市社会福祉協議会から正式に復興住宅での活動(移動カフェ)継続の依頼がありました。
来年4月で6年目にまりますが、活動の準備を始めていかなければと思います。
これからも皆さんのご協力をよろしくお願いします。

⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ・・・なかよし公園、河南、清寿荘、藤原、鍬ケ崎小、崎山の仮設住宅

なかよし公園では、当日に八戸港から車で宮古入りして早めに到着。部屋の暖房を入れ掃除機をかけて準備した。コタツを囲んでしばらくは和やかに談話。そのうちに津波に襲われた瞬間の話にかわると皆さんそれぞれの体験を生々しく話し始めた。目の前で知り合いの人が流されていく状況をこれほどまでに鮮明にお話しを聞くのは初めてのことでした。やはりこのことはいつまでも脳裏を離れない過酷な体験であったようです。体験を通して高い防波堤を築くより、むしろ津波が襲ってくる状況が見える中でいち早く避難することの大切さを語り継いでいく必要があると強調されたことが印象的でした。午後3時まで皆さんは昼食なしでお話しが続きました。

⇒河南では、開店を待っていたように12人が同時に来られたので、コーヒーの準備に追われていると、「時間はたっぷりあるんでゆっくりしておでんせ」と声をかけられました。河南仮設は集約して継続利用される仮設となるようですが、年内にも4人の方がそれぞれ復興住宅に移転が決まっているとのことで、ここも来年にかけて住民の変化が多いと感じました。簡単なゲームと歌に興じたあと、地元の宮古踊りも披露してくれました。午後からも10人が再訪され時間までゆっくりカラオケなどで時間を過ごし、お土産に干し柿、漬け物、食用菊などを頂いた上に「楽しかったです」と笑顔で見送っていただきました。感謝。

⇒清寿荘では、津軽石で3人をお迎えして仮設に向かいました。10時少し前に到着すると、社協が早めに来て暖房やテーブルなどをセットして行ったようです。ここは残りの入居者は9戸でした。納税滞納者は公営住宅に入居は許可されないなどのことも話題になっていました。昼食はあらかじめ用意していた釜揚げうどんを提供しました。乾めん(さぬきうどん)をゆで上げた鍋のまま出すという、名づけて「五郎まるてぬきうどん」大ウケでした。

⇒藤原では、コーヒーよりさきに次々とご自慢の漬物、リンゴ、柿などを差し入れてくれました。おしゃべりは途切れることなく続き、来年2月には集合住宅に移転が決まっていて、新しい人間関係など多少の不安を感じているお話しでした。手抜きうどんは面倒くさくないと好評で、早速自宅メニューに採用されました。藤原仮設の入居者は現在9戸で、来春以降は撤去集約の対象になっているようです。早めの年末のご挨拶を済ませ元気な2人に見送っていただきました。

⇒鍬ケ崎小では、ひさしぶりに参加したという方も含め8人が揃って賑やかに談話が始まりました。近況報告や、公営住宅に移るときの保証人のこと、マイナンバーのことなどを話しておりました。お互いに相手の話を聴き合う雰囲気ができているようです。来年1月に移転する人、2年後になる人など事情は様々のようですが、50代から80代まで全員が仮設住まいで、これまで築いてきた信頼関係は素晴らしいものだと感じ入りました。なごやかに手拍子で歌ったりゲームなどで元気一杯でした。鍋を囲んで釜揚げうどんを食べ、心底温まったと喜んでくれました。

⇒崎山では、近くの家に娘さん家族と一緒に山田町から移転してきた高齢の方が、はじめて集会室に来てくれました。元気におしゃべりし被災直後の様子を臨場感たっぷりに聞かせてくれました。この方はカリタスのことがよく分からないようで、他の2人が一生懸命説明してくれました。お話しは途切れることなく80代の元気をもらいました。現在の崎山仮設に残っているのは5戸、このあとは集約仮設として継続使用される予定となっています。


2015年11月22日(日)~11月28日(土)

⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ・・・愛宕小、藤原、西ケ丘、児童相談所、あゆみ公園の仮設住宅と鍬ヶ崎集会所

愛宕小では、仮設を出た2人を含めていつものメンバー。仮設の狭さ=関係の深さが懐かしい、掃除が大変、誰とも出合わないといった話も。話が避難所にさかのぼり、トイレが本当に大変だったことなど今は笑いながらだがお話しくださった。北海道出身の視覚障害のある方にもじゃがバターをお届けしたら来月公営住宅へ転居の為荷造り中とのことだった。

⇒鍬ヶ崎集会所では、お一人が自家製の干し柿を持って来られた。今年は天候不順で、干し柿の半分ほどはカビが生えて捨てた由。高齢男性がリンゴを土産に持って来て下さった。ここは仮設住人向けでは無く地域住人向けのものだが、仮設の方も皆知り合いでカフェは情報交換の場のみならず楽しい交流の場となっていると感じられた。夕刻、社協の職員と今後のカリタスの活動について話し合い、引っ込みがちな仮設住人、公営住宅住人を外へ出すためにカリタスカフェを継続してほしいとの意向を確認した。

⇒藤原では、「今日、みんな温泉招待旅行に行ったので私一人」と言われ、炬燵を囲んでおしゃべりした。独り身なので将来は甥の近くへ行って老人ホームの世話になるつもり等、先のことも話された。昼には赤カブの漬物を持って来て下さり、持参したお握りを一緒に頂いた。「今日は楽しかった。また会いましょうね。」とにこやかに見送ってくださった。

⇒西ケ丘では、集まられた方は全員公住へ移られた方で、○さんの車に乗って来られた。ここも新巻き鮭などの話になった。公住での集会は行われていないので、ここへ来るのが楽しみで、カフェの継続を強く望まれた。よそから入居したある方は羨ましいと言っておられ、機会があればお誘いしたいとも。いつものように冗談・ダジャレで笑いの絶えない時間を過ごした。

⇒児童相談所では、一泊二日の八幡平への招待旅行に行って来られた方が多く待遇や食事の良かったことなどを話しておられた。女児が愛嬌をふりまき皆を和ませた。仮設を出られた方にも電話をかけてお呼びし昼食会のようで、皆さん満足されていた。出られた方の病気がどうなったか、飲酒の量が増えていないか等の心配も話された。
夕方、県の出先機関(県税室)から、この住宅(佐原か)の取得税について宗教施設としての免除対象かどうか判断するための調査に来た。礼拝対象の物などがあれば、或いは神父のような人が常駐しているなら分かりやすいが…と、部屋の写真(十字架や聖画を中心に)や参加者状況の写真を撮っていった。

⇒あゆみ公園では、公住へ移った〇さんは以前患ったうつ状態が再発したがようやくもどり車で連れて来てくださった。住人の〇さんは鍬ヶ崎の公住へ移ることになっているが、息子に頼りきりでその時期も何も分からない。じゃがバターをお出しすると、「これはうまい」を繰り返し、喜んでくださった。1時間早く閉店とした。


2015年11月15日(日)~21日(土)

⇒今週のボランティアは1名から3名
⇒移動カフェ・・・荷竹、高浜、清寿荘、田鎖、二中、鍬ヶ崎の仮設住宅

荷竹では、見えられた方の5名は仮設を退去された方々でした。二人の女性は10月末に災害公営住宅に入居したということで住み心地を色々と話してくださりました。郵便受けからすでに入居されている数が分かるそうですが、建物の中ではほとんど人と行き交う事がないと言う事で、どんな人が住んでいるかまだわからないそうです。やはり仮設から見ると快適のようで楽しそうに話しておられました。

高浜では、いつもは他の皆さんと一緒に見えられる方はインフルエンザのワクチンの接種で出かけているとのことでした。その後いつもの皆さんが集まりおしゃべりがはじまりました。昨日の荷竹仮設の月間スケジュール表にはぽつんと1日だけカリタスカフェが記されているのに対して、ここの表は毎週あるいは2回も予定が入っている週もあり、活動の活発さをうかがうことができました。

清寿荘では、今日は活動先が入れ違いになっていたようで、田鎖で準備をしてコーヒーができあがり、住民さんを待っていたころ社協より電話があり、今日の活動先は清寿荘とのことで、急遽備品をかたづけ、清寿荘に向かいました。津軽石の公営住宅に移られた方に荷竹や児相から津軽石に移られた方の話をしたところご存じの方もいたようでカリタスつながりができると良いなと思いました。

田鎖では、今日はとなりの仮設からの夫妻と社協職員2名がこられました。ご主人は先般の足の手術の事や病院での生活の様子を話されました。午後からは〇さんがみえ、生協が来るために午前中は来ることが出来なかったそうです。〇さんも来月には八木沢の公営住宅に引っ越すそうで、ここも談話室に来る方がいなくなりそうです。

⇒二中では、長崎から来られた「ひろ」さんというマンドリン演奏Vlr.と一緒になりました。定年退職後に施設や各地被災地で演奏活動をしていられる方で、大浦教会の信徒。今日は大槌ベースからこられました。演奏、歌を披露して下さいました。〇夫妻も1月には鍬ヶ崎公営住宅へ移られるそうです。「ひろ」さんは、一緒に宮古教会に行かれ、神父さま他と談話の後聖堂で数曲演奏していかれました。

⇒鍬ヶ崎小では、好天で日向が気持ちよく、しばらくはベンチでオシャベリ。港に出来る防波堤に反対の意見が出ていることに対し、自分たちは早く家を建てたいのだから反対をしてほしくないとの話しがあった。Oさんは、後方支援の人から手紙を貰い、天使大学の学生が来てくれるとの情報が伝えられ、ありがたいことと述べられていた。同時に、カリタスの長い支援にも謝意を頂戴した。


2015年11月8日(日)~14日(土)

<TOPICS>
■ベース世話人から一言・・・「先週、市長さんからの放送がありました。若干予定より遅れているものの、災害公営住宅が完成し入居が進んでいるようです。毎回訪問するたびに○○さんは転居しました。△△さんも来週引越しますとの話が出ています。今までいた方に会えなくなる寂しさもありますが、これも復興が進んでいる証しの一つだと思います。まだ残らなければならない方々と、もう少し一緒に歩んで行きたいと思います。」


今週のボランティアは3名
⇒移動カフェ・・・中里、浄土ヶ浜、白浜、赤前、実田、崎山の仮設住宅

中里では、朝から強い雨でしたが転居された方も見えました。足湯と折り紙を行い、午前中に7名が見えた。昼食にはじゃがバターを。中里仮設は約30世帯が残っておられますが、鍬ヶ崎等に住宅を建設される方が多い様です。現在道路等整備中なので建築は来年秋以降になります 当分は仮設におられるそうです。

浄土ヶ浜では、到着すると既に一人の方がさおり織を織っておられた。その後3名が見え直ぐに宮古ちゃん、サーモン君の制作に取り掛かりました。仮設住民の方は鍬ヶ崎に転居される方が多く道路や盛土が安定するまで戻れないと話されていました。復興住宅が12月に出来上がる予定ですが遅れて年内転居が微妙な状況とのこと。

白浜では、昨夜、宿舎で「イモ餅」を手作りしたものをバター焼きにしてお出ししたところ、皆さん喜んで召しあがってくれました。午後からは宮古教会で仙台教区の小松神父様に引率された岩手県下災害ツアーのみなさん(東京、横浜、仙台)へ宮古教会、被災者信徒、宮古ベースから説明が行われました。その後被災地の復興状況の視察ということで鍬ヶ崎地区を見学し、盛岡、仙台へと戻られました。

赤前では、○さんが孫をつれて広報誌の配布の準備をしていました。その間、子供はVlrの一人を誘い一緒に絵本、ゲーム、球遊びなど次々と遊びが移っていきました。皆さんも幼児の遊び声やしぐさに話も中断して見守っていました。マイナンバーが届いた方もいらして集会室に郵便配達員が確認に。その後も話題となり保管や使い方について不安もあるようでした。

実田では、いつもは車でくる方は運動のために徒歩でこられました。検査で何も無く安心した事、子供から見て「おばあさん」と「おばさん」と呼ばれる基準などで話が始まり、お盆の習慣に話がおよび宮古に嫁ぐ地方からのお嫁さんは大変だったと言う話など閉店まで話が尽きませんでした。

崎山では、元仮設にいて近くに自宅を建てられた方が来られ、近くの公営住宅の様子などを話されました。いつもの○さんが見え、一周忌の準備で今日は来られないということをわざわざ伝えに来てくれました。それでも少しの時間コーヒーを飲んで頂き、いつも来る方に声かけをしてくれましたが今日は行かれないと言う事でした。


2015年11月1日(日)~11月7日(土)

⇒今週のボランティアは2名から10名
⇒移動カフェ・・・西ケ丘、河南、清寿荘、きれまちの仮設住宅
⇒花輪橘自動車教習所での「復興祈願 元気出そう 絆 宮古」のイベント

花輪橋自動車教習所 復興祈願 元気出そう 絆 宮古では、10時オープン15時終了、主催者発表700名来場。ブースは8か所、宮古ベースはジンギスカンを300人に提供した。釜石ベースはあつあつウインナーでした。イベント出し物は小百合幼稚園の小百合太鼓、山口太鼓等11のグループが出演され盛り上がっていました。宮古教会信徒さん8名にお手伝い頂きました。

西ケ丘では、カフェに来ている最後の住民〇さんが月末に転居するのでと挨拶された。転居された方3名が見え楽しい会話になった。男性1名も見え今日引越しなので皆さんに挨拶。支援品の座布団3枚受け取っていただいた。別な住宅に転居された2名と午前外出された方が来られ6名に。それぞれの住宅の日当たり、風呂の大きさ、騒音、等 おもしろ、おかしく比べあって和やかな雰囲気でした。

河南では、河南仮設は集約で残るため、先日から基礎工事やり直されています。身近な人の話題で笑いの連続ですが宮古弁で半分も判りません。午後からは転居先の住宅の話で、来られた方は12月に大半は金浜の復興住宅に移られるそうです。12月末には4050世帯になるとの予想も。ここへの転入者もおられるそうです。次回訪問は1月と伝えたら別れの挨拶をされた方もおられた。

清寿荘では、津軽石で元住民の方3名同乗していただきました。到着後クラフトテープでの籠作り。社協2名も加わり昼前まで世間話。昼にじゃがバタをいただきました、好評です。居住されている津軽石と住み始めた復興住宅の住民の話をされた。いつも来ている2世帯がおられるのでカフェは必要だと感じる。今回〇さん家族の姿が見えなかったので心配です。

きれまちでは、〇ご夫妻が見えました。〇おばあちゃん家族は転居されました。後、誰も見えず日常の出来事の会話に終始しました。社協2名が来られ本当に久し振りと挨拶されていました。きれまち訪問は今後難しいかと感じました。昼食に赤飯を持参して下さり、じゃがバタと美味しくいただきました。


2015年10月25日(日)~10月31日(土)

⇒今週のボランティアは2名~3名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、なかよし公園、白浜、荷竹、鍬ヶ崎小の仮設住宅、よっとでんせ(鍬ヶ崎集会所)

清寿荘では、休校日とのことで小学生が6人と大人3人が来られた。既に仮設を退去されたが、カフェに合わせて来て下さった。公営住宅に入る際に、ゴミをどこに捨てたら良いかが一番の心配だった(宮古の分別・収集は厳しい)が、ちゃんと住宅専用の籠があって安心したと笑っておられた。来月引っ越す方も加わり、情報交換。カフェに来るのに無理はないかと尋ねたところ、集まるのが楽しみなので続けてほしいとの返答だった。

よっとでんせ(鍬ヶ崎集会所)では、先日から上下水道が開通した。コンロは持参必要。顔馴染みの6人が途切れなくおしゃべり。ある婦人は津波襲来の動画を見て卒倒したこと、何も持たずに逃げた人が助かったこと、本当に「てんでんこだ」との話も出た。集会所は11月に解体の予定だったので今日がカリタスの最後と思っていたところ、3月まで延長になったとの情報が伝えられ、皆さん喜んでおられた。

なかよし公園では、どなたも見えず少し心配になったところ「誰も来てないの?」と、電話連絡をしてくださる方があり、「今歩いている」とのことで6人が集合。早速、手芸(刺しゅう)教室が始まり、全員下を向いて熱心に取り組まれた。カフェがあるので無理に集まってはいないかを尋ねたが、ここでも、皆が顔を合わせる機会なので続けてほしいとの意向だった。午前または午後の半日にしては?に対しては「座ったと思ったら立たねばなんねえ」からやっぱり一日にしてほしい由。

白浜では、ご高齢の方が多いので躊躇があったが手芸の希望を聞くと2人を除いて希望され、懸命な取組みだった。ほぼ全員が完成の目途を付け、持ち帰りになった。「仮設にいなかったら刺しゅうなんて一生しなかっただろうに」と言われた方がおられるほど、皆さん喜んでおられた。今日もじゃがバターと小さなおにぎりを一緒に頂き、12時半に辞するまでお一人も帰らず見送ってくださった。

荷竹では、仮設から復興住宅に移られた方が、カリタスの日なので来て下さった。コーヒーを飲みながらリボン刺繍、指が思うように動かないそうで完成できなかった。仮設住民の方が外出から戻られ、3世帯が生活されていると話された。転居された方は1日が長く感じると話され11月も来ると云われた。

鍬ヶ崎小では、鍬小の学芸発表会日で来場を心配しましたが順次8名が来られ、すぐにリボン刺繍を始めました。皆さん夢中になり黙々と手を動かしておられた 途中から先生、先生とM講師は大忙し。中には昼までに帰るはずの婦人が帰らないのでご主人がら、逃げられたのではないかと心配の電話もきていました(冗談で)。鍬小とヨットデンセに来られる方は皆さん手芸好きなので又来て下さいと云われた。


2015年10月18日(土)~10月24日(土)

<TOPICS>
■さ・わ・カフェ(宮古市でのボランティア団体の集い)で情報交換の会議が行われました。

■今後も復興公営住宅でのカリタスの活動が期待されていることが伺えました。クリスマスの準備と共に、来年の3月11日以降のわたしたちの活動についても検討していきます。
■18日の日曜日に、宮古教会で分かち合いイベントが行われました。


⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ・・・あゆみ公園、二中、実田、藤原、田鎖、愛宕小の仮設住宅

宮古教会わかちあいイベントは、快晴で暑い日差しの中での開催となった。地元の人気女性演歌歌手のステージで開幕。県内4ベースが久し振りに集合し、得意の食事を提供。盛岡教会、千葉県茂原教会からの応援もあり、スムーズな進行だった。仮設訪問時に宣伝した効果で、7か所から20人程が来て下さった(一部送迎した)。一般の方々も120人ほど。スタッフを合わせて200人近い方が集まった。午後は勇壮な山口太鼓の演奏も大いに受けた。ジンギスカンは好評ではあったが40食程が余ってしまい、教会の皆さんに持って帰って頂いた。我々の宿舎である家を譲ってくださったUさんと久し振りに会い、互いの近況を交換できた。

あゆみ公園では、到着早々に、昨日のイベントに送迎付きで参加されたMさんが来られ、ご丁寧な感謝を述べられた。その後いつもここに来られるNさん、K夫妻も見え、例によって冗談を飛ばしながらのおしゃべり。手作りケーキはいつも通り絶賛され、「喫茶店をやったら?」の声も。昼前にのぼりを見たF夫妻が来られ、初対面にもなさんともすぐに打ち解けて話の輪が広がった。じゃがバターのお昼で解散? 無口なMさんが最後までお付き合いくださったが、北海道が舞台のTV番組を一緒に見て過ごした。

二中では開店とほぼ同時に12人が来られ、数グループに分かれて大きな声でのおしゃべりが始まる。公営住宅への不安や期待も話題となっていた。皆さんコーヒーをよくお飲みになり、Vlr.手作りのリンゴケーキも好評。二つのバスケットのお菓子も奇麗になくなった。じゃがバターが丁度お昼に間に合い、食べ終わった方から「ご馳走様でした」と挨拶されて退室、12時半には中島氏を残して皆さん帰られた。2時過ぎに昨日も来られたF夫妻が来られ、ケーキの作り方などの話をして行かれた。
 皆さんで使って頂く為に集会室に置いたミシンとアイロンを、仮設閉鎖(3月?)の際に分けてほしいとの要望あり、それぞれ2千円、3百円で譲る事にし、中島夫人から代金をもらった。誰が貰うかは住民で決めるとのこと。同時に、地区町内会長(中島氏の友人でカフェに参加)より、カリタスジャパンから頂いた集会室用のTVは、新築される地区の公民館にて使いたいとの希望があり了承した。更に、中島夫人の電話で、鍬小仮設の方から、ミシンを公民館に持って行ってこれからも皆で使いたいとの要望があったので了承した。

実田ではHさんは集会所の暖房を入れて待っていて下さった。常連の4人が来られ、様々な話題でおしゃべりをした。Mさんは沢山の栗を茹でて持って来て下さったが、栗の下部に十字の切れ込みを入れてあったので皮を容易にむく事が出来、皆さんの感心しきり。栗、手作りケーキ、じゃがバター、そうめんと次々に美味しいものを口にし、楽しんだ。地域の復興住宅が3月に完成の見込みで、そうなると住民がいなくなり、カフェも終わりかとの話になったが、皆さん「楽しみがなくなる」と訴えておられた。F婦人がサンマのつみれ汁を作って持って来て下さった…昨日の話で食べたことがないと言ったVlr.に味わわせたいと。夜の主菜として美味しく頂いた。

藤原ではいつものTさんとSさんが来られて、例によってSさんの速射砲のおしゃべりが続いた。体調が回復したがさっぱり出歩かなくなったと言うTさんに声をかけてもらったところ、ややあって来られ、Vlr.と初対面であるかのように昔北海道へ稼ぎに行ったことなどをお話しになった。Sさんは、仮設住民への関係機関の対応の悪さを盛んに訴え、カリタスさんと生協さんは色々と心がけて下さり、何でもしゃべれる、感謝していると繰り返していられた。ジャガイモは、昔小学生の頃はこれしか食べられなかったのであまり食べたい気持ちにならなかったけれど、このバターを付けたのは美味しいと言ってくださった。

⇒藤原での移動カフェ後の14時から社協で「さ・わ・カフェ」(ボランティア団体の情報交換会議)に参加
復興公営住宅に移られた方と地元住民とのコミュニティ作りが主な話題。核になる人が見つからない現状、自治会の姿勢・力量によって差が大きいこと、普段閉まっていて有料の集会室は使いづらいとの意見は当局へ上げるべき(一般公営住宅とは違う)等の意見があった。治会主体の交流会を仕掛け、各団体が応援する試みを模索することになった。

田鎖では出足鈍く、2人の社協職員と手持無沙汰であったが、11時過ぎに別の仮設のH夫妻がトウキビとピーマンをたくさん持って来られた。ご主人の足の手術の話を冗談交えて話された。12月皮膚移植で再入院とのこと。その後、公営住宅に越された方、住民もいらした。Kさんは腰・膝を痛め、立ち振る舞いがとても痛々しい。午後足湯を受ける。小5の女児は不登校だが、とても元気にしゃべり、沢山食べた。Vlr.に「今年中にまた会えるでしょうか?」との挨拶で帰られた。連日カフェの来られるF夫妻も閉店近くに来られ、すいとんを皆さんに振舞ってくださった。

愛宕小では仮設を出られた方3人を含め皆でテーブルを囲んで笑いの絶えないおしゃべりを楽しんだ。Vlr.の作った素甘が人気で、レシピを訊き、是非作ってみたいとのこと。さらにじゃがバター、うどんも全員でいただき、皆さん「美味しい」を連発。全体的には大変和やかだが、お一人のやや痴呆がうかがえる方への視線には厳しいものが見られた。独身女性は3か所の公営住宅の抽選に外れ、困惑されていた。中心的世話役のKさんは、まだ家が見つからないので「当分はここに居ますので今後も宜しく」とのことだった。


2015年10月11日(日)~10月17日(土)

<TOPICS>
■10月10日開催の宮古教会主催「分かち合いイヴェント」も、従来の物資提供型から、復興公営住宅・仮設住宅・市民らの新しいコミュニティづくりを目指した「場」を設けるねらいと聞いています。岩手県4ベースのご協力に感謝します。
■先日、宮古市の有線放送で市長から、高浜地区、金浜地区の高台造成が完了した旨の放送が行われていました。行き先の決まっていない人と造成地区に新築を建てる人の二極化が進でいるが、建築を予定している人の中でも実際にそこに住む人数などの不確定要素に躊躇しているとの事です。

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・赤前、崎山、高浜、荷竹、西ケ丘の仮設住宅

赤前では、仮設へ向う途中には新たな道路ができており、その道沿いに新築の家が立ち並び様子も随分変わって来ました。ここの仮設も半数以上の方が出て行かれ、来年の8月には半分以上が撤去されるとの事でした。手作りケーキを喜んで召しあがっていました。お昼前には震災後から季節ごとにお弁当を提供してくれている企業さんがみえ皆さんに配っていました。今月で仮設を退去予定の2人が参加し、震災当時の話をされていました。

崎山では、カリタスカフェの日と言う事で畑仕事を早めに切り上げた方々が見えました。お姑さんとお舅さんがあいついで亡くなり、新居が間に合わなかったことを残念がっていました。○さんは来年には息子さんとの新居が完成するが何年住めるかと、復興期間の長さをあらためて感じさせられました。昼にどうぞと昨日獲ったアジをたたきにして持ってきてくださり美味しくいただきました。

高浜では、3名の方が下の公営住宅からこられました。すでに移られてから1年が過ぎたとのことですが、こうしてカフェに来て下さっています。その後仮設の方々も来られ、コーヒーを飲みながらパズルに取り組んでもらいました。午後同じように集まり公営住宅の環境の話になり、2階の住居人の音や犬の鳴き声、車のドアを閉める音など結構気になるとの事でした。

⇒荷竹では、到着するとまだ鍵が開いていなく社協が来ました。準備を始めていると住民の方がみえ今日は工事の為9301100まで断水とのことでした。やむを得ず社協に連絡してカフェを中止としました。

西ケ丘では、外の落葉を片付けの後、仮設を出られた方々が見えられました。久振りに会うようでそれぞれの近況を話していました。いつものように笑い声のたえない楽しいおしゃべりとなりました。お昼は一度みなさん出られ、近くの飲食店で焼きそばを食べて来たそうです。ごみの分別のことやお葬式や新盆のしきたりについて同じ宮古でも随分と違っていることなど話は尽きませんでした。

土曜日は宮古教会主催「分かち合いイヴェント」準備
 明日は宮古教会主催の「分かち合いイヴェント」。宮古ベースのジンギスカン、大船渡ベースのたこ焼き、釜石ベースのフランクフルト、大槌ベースの皿うどんなど皆さん協力してくださいます。各ベースの協力の外、太鼓演奏、フィリピン信徒の踊り、民謡などみんなで一緒に楽しめるよう企画されました。復興住宅へ移りコミュニティーが変化しているので、みんなが集う場を作ろうと、少ない信者さんが汗をかいておられます。


2015年10月4日(日)~10月10日(土)

<TOPICS>
恒例になっている札響の若手音楽家アンサンブル「奏楽・そら」の公演がありました。重茂小では子供たちが喜び、岩手日報(10/7付)にも紹介されました。なかなか仮設訪問だけでは差し上げることのできない、慰めや希望の暖かさをいつも灯してくださいます。メンバーは、被災地の方々に聞いて頂いて自分たちの演奏が成長したと言ってくれ、毎年続けてくれています。


⇒今週のボランティアは1名
⇒移動カフェ・・・中里、きれまち、児童相談所、浄土ヶ浜の仮設住宅
⇒「奏楽」演奏会・・・重茂小、宮古市魚菜市場、宮古教会、ホーム豊間根、いっぽいっぽ山田、県立宮古病院、小百合幼稚園

⇒中里では、
10時過ぎから5人がこられた。14時から奏楽の演奏会があるので是非聴きに来て下さいとお誘いした。皆さん生演奏は初めてと言う。実際にバイオリンを手に持って弾いてみて感激されていた。日本の歌を演奏すると感動がさらに伝わりアンコール。なかなか帰られないのでもっと聴いていたいと言う。最後に美空ひばりの川の流れのようにを演奏すると大感激、帰り際に生演奏っていいねと話しながら帰られました。

⇒重茂小学校では
.朝から晴天の重茂半島を40分かけ小学校へ向う。創立140周年の歴史ある小学校で全校生徒99名、響きの良い体育館での演奏会でした。子供達も奇麗な音色に聴き入っていました。最後に校歌を生演奏で歌いました。校長先生に終演後、奏楽の方が「皆さん校歌上手ですね」と話すと「いつもは今日のようには歌えていません。よい演奏を聴くと子供達は耳で聴いて良く歌えるのですね」と感激しながら感謝の言葉をのべておられました。

⇒宮古市魚菜市場では
新鮮な魚の臭いと市場を行き交う人の中、特設ステージでの演奏会でした。パイプ椅子に座って聴く人、素敵な演奏に引き込まれて足を止める人、お店の人が仕事をしながら手を休めて聞く人など変わった雰囲気での演奏会でした。川の流れの様になど聞いた曲になると沢山の皆さんの拍手がありました。買い物に来演奏会を聴いたおかあさんが。宮古病院での演奏会に友達を誘って行きますといってくれました。

⇒カトリック宮古教会では、演奏に先立って震災で亡くなられた人々、奏楽がお世話になった方を忍びカッチーニーのアベマリアで献奏(死者の為に捧げる演奏)されました。本日は3回目の演奏でお疲れになっていると思われましたが、精神力で厳かに2時間以上の演奏となりました。音楽は人の心を癒してくれると感じる素晴らしい演奏でした。

⇒ホーム豊間根では、認知症ケアホームでは耳慣れた童謡などでは、声を出して笑顔で歌う様子が楽し気でした。時間を間違えて来られた方の為に追加演奏しましたら、大変喜ばれていました。

⇒いっぽいっぽ山田では、福音教会の運営する地元の人々の集い場(コーヒーショップ)での演奏会でしいた。テーブルを片づけて椅子を並べて店内が
50人程でいっぱいになりました。午後2時から健康体操も行われていて、地元のみなさんと密着して運営されている印象を受けました。

⇒県立宮古病院では、
大変立派な病院のホールでの演奏となりました。静かで天井も高いので演奏しやすかったと話していました。聴いてくださるのは患者さんで点滴をうけながらの人、看護師に付き添われて来た人、仮設の人、教会関係者、医師、看護師の方々が演奏に誘われて、立ちながら遠まきに聴かれていました。アンコールも行われた後、最後に院長先生がご挨拶をしてくださり、感謝状が授与されました。是非また来て下さいねと労われ演奏者も感激しておりました。

⇒きれまちでは、
いつもこられる○さん引越されていかれたそうです。よかったと思う気持ちといつものお姿がないので淋しい気持もしました。いつもの〇さん夫婦が来られました。盛岡の医大病院で手術をされました、早く回復されますように。昼近くに〇夫妻と社協の人達がお茶の葉を持って来られてそれぞれが持ち寄った昼食を頂きながら語らいました。

⇒児童相談所では、
いつもの仲間に〇さんが曾孫さんをつれて、あいかわらず皆さんのアイドルになっていました。いつもお昼をご馳走して下さいます。ぶどうを煮詰め寒天にして作ってくれました。仮設の方が引越され少なくなったと思っていましたが、この場所は街中なのと県所有地でもある事で、他の仮設から集約された方々が新たに来ているので、人数は減っていないとの事でした。

⇒浄土ヶ浜では、コーヒーの準備をしていると、2人の方がコヒーの良い臭いに誘われたと、入ってこられました。後の方も入ってこられ、サーモン君とみやこちゃん作成の作業に早速はじめておられました。低気圧の影響を受けて、浄土ケ浜の遊歩道の一部分が崩壊してしまったと言う。折角復旧したのに観光客に影響しないか仮設の皆さんが心配しておられました。


2015年9月27日(日)~10月3日(土)

⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・中里、なかよし公園、西ケ丘、河南、清寿荘の仮設住宅、住民交流施設よっとでんせ

中里では、到着すると外のベンチで10人程が話をされ移動販売車を待っておられた。コーヒー準備に大忙し、芋団子も焼いて食べて頂く。昼食は蕎麦。東京在住の息子さんがカフェにこられた、お母さんは4年間1度も談話室に来られていない、お誘いに行ったら来て下さった。1人が近日転居されるので皆様が過去を振り返っておられたが、3,11の苦労話が中心でした。

よっとでんせでは、児童公園仮設に水を貰いに行き鍵をあけて頂く。今日も社協2名がこられ話題のなかで応対されていた。会場を2つ使用していたので午前は傾聴ができませんでした。ブドウや栗の茹でたもの等、持ち寄り下さり味を楽しみながら会話が続きました。

なかよし公園では、無口でいつもニコニコしておられる○さんとゆっくり話ができました。11時半頃よりドドッと13名と社協3名が見え、コーヒー等、大混雑でした。社協が話相手になっていただきました。午後からは2つのグループ分かれて婦人の方は手芸品の作り方や、出来上がった品の品評など行われていた。男性の方は漁業の製品作りに外注加工をせねばならず利益がでないと話された。

河南では、荒天により宮古到着時間が予想出来ない為休止としました。

清寿荘では、いつもの方々をお迎えして集会室へいったら数人の方が来られていました。今日の一番の話題は、被災者の医療費が一年間延長された事が県知事から表明されたことでした。皆さん助かると大変喜んでおられました。子供と関わる仕事をされていたボランティアさんが子供とカードゲームや外で鬼ごっこをして遊んでくれて楽しく過ごしていました。帰りには手を振って見送ってくれました。まるで24人の瞳のお別れの様な光景でした。


2015年9月20日(日)~9月26日(土)

<TOPICS>
■シルバーウィークの20日(日)から23日(水)までは活動を休止させて頂きました。


⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、児童相談所、愛宕小の仮設住宅

清寿荘では、既に3名が待っておられた。近くでおでんせ、とお声かけをした。 栗拾いをされていた方が栗を茹でて持って来られ、みんなでいただいた。登別教会のUさんが持って来られた手作りリボンブローチを喜んで受け取られた。社協コーデネーター2名も1時間半くらい話し合いをされていた。肩、足のマッサージをしましたが、毎回楽しみにしておられる。ご婦人達は秋の味覚の話、戦時中の食糧難などの話されていました

⇒児童相談所では、昨日も転居者の送別会をされた。登別教会のリボンブローチを受け取り、これなら自分達も制作指導を受け作りたいと話され、ここでも大変喜ばれました。一家4名も来られ社協2名も加わり大混雑です。蕎麦を17人で分けて食べました。○さんは宮古市での宅地探しの難しさや住宅建設費の高騰を嘆いておられた(坪70万位になっているとのこと)

愛宕小学校では、3名の男性が待っておられ次々に見えて賑わいました。話題は秋の食べ物で栗、くるみ、さんま、柿、きのこ等へ。男性は黙って微笑みながら聞いていて大笑いの連続でした。昼食に蕎麦とカボチャ団子。酢づけのタマネギ、枝豆、セロリの差し入れもありました。一人の女性は他の人々とは全く話さず、ボランティアの二人がゆっくりと聞きました。 家族を亡くされ100日が過ぎて漸く外に出られる様になったそうで、満足そうにお帰りになりました。


2015年9月13日(日)~9月19日(土)

<TOPICS>
■宮古ではチリ地震による津波警報が鳴り響いたそうです。幸い20cmほどの津波観測で済みました。


⇒今週のボランティアは1名から4名
⇒移動カフェ・・・崎山、高浜、荷竹、赤浜、田鎖、二中の仮設住宅

崎山では、畑で採れた茗荷を持って来られた方がいらした。今日も蕎麦屋さん(蕎麦打ちのボランティア)が来るかと思ってとのこと。CT検査の結果、次の受診が心配との話から、医師に助けられたこと足指を広げる健康法のこと、楽観的に前向きに生きる事の大切さなどを若いボランティアに話してくださった。よい天気だったので2人のボランティアはカフェ後に浄土ヶ浜を観光した。

高浜では、いつものメンバーが集まり、おしゃべりを楽しんだ。方言を“通訳”してくださり、しゃべる人も周りも爆笑が続いた。午後は、カラオケをしようとなり、機材を取りに出たところ、ある男性に語りかけられ、ボランティアや仮設住民への批判的な意見(誤解が多い)を聴かされた。お話しを聴いた結果時間がなくなり、カラオケは中止となった。
社協で連絡会議があり、岩手大の方から、新しいコミュニティ作りに関しての実践(大船渡市)に基づく講演が聞けた。要約すると、支援者が何かをしてあげるのは簡単だが、住民自身が担って行けるようにリーダーを見出しその方をサポートしていくことが重要との内容だった。

荷竹では、暖かな日よりで、しばらく外のベンチで3人と会話した。公営住宅を見てきたが、家賃・共益費等を払ったら生活していけない、ベッドを入れてはだめと説明を受けたと不満を口にされた。集会室でも会話は少なかった。体調不良や病院の混雑などの話題だった。ある方は、カリタスさんが来るからと昨日4時間山を歩き、採れた松茸2本をくださった。夕食は美味しい松茸ごはんになった。

赤浜では、到着を待っていましたとばかりに8人が来られた。「段々に完成し出て行く人があるので淋しくなる、私はまだだけれどカリタスさんは来てくれますか?」と問われ、待たれているなら来たいと思うと答えた。宗教の話になり、病気が治ると信じて行った修行の結果亡くなった方を見て神は信じられないと仰る方に、ご利益宗教の虚しさを話し合った。「本当のキリスト教は、皆に平等にしてくれる(クリスマスプレゼントのことか)から好き」とのこと。午後は「敬老会」として、ハーモニカや山田線音頭、皆で唱歌を唄い気分よく解散した。途中1時間ほど、世話人は重茂小、同漁協に「奏楽(そら)」のポスターを届け、張り出しを依頼した。

田鎖では、午前3時から20分置きにチリ地震の津波注意報のアナウンスとサイレンが朝まで続いた。住人男性が一人来られ、捕鯨した経験などをお話ししてくださった。昼前に財務局から3人が来て特殊詐欺防止の話をして行かれた。地元の食材の美味しさの話題になり、今度来たら美味しいヒッツミ(うどんの様な郷土料理)をご馳走すると言ってくださった。○さんは女子大生に、ご自分の体験をお話しされ、「幸せになるんだよ!祈ってるからね」と言って帰られた。終了後、小雨になったのでドラム缶コンロを花輪橋自教にお返しした。

二中では、2人の学生Vlr.は朝離宮。東京からのマッサージVlr.2人とのコラボとなった。皆さんコーヒーを飲んでは腕のマッサージ、整体を受けられ、気持ちがいいと喜んでおられた。今日から「宮古復興まつり」で、中心街では山車が出たり、さんさ踊り等が繰り広げられるそうで楽しみにしている方もおられた。多くの住人の出身地である鍬ケ崎地区の変貌ぶりも話題だった。カリタスさんからミシン・アイロンを貰ったがほとんど使われておらず、さをり織機のように譲ってほしいとの要望があった。


2015年9月6日(日)~9月12日(土)

<TOPICS>
■9月13日(日)はわくわく祭りが行われました。
■わくわく祭り当日は荷物満載で8時に出発。会場の設営を終え、9時半の開始に合わせて炭をおこしてジンギスカンを焼き始めると行列ができ、隣の生協ブースの方や浄土ヶ浜仮設の方が売り手を務めてくださった。
休む間なく焼き続け、11時過ぎに教会の信徒ら4人が、12時過ぎに更に2人が来てくれたのでコンロを2台にし、14時ころまでは休む暇なし。「美味しかった」の声を何人もから聞けて良かった。


⇒今週のボランティアは2名から7名
⇒移動カフェ・・・児童相談所、浄土ヶ浜、あゆみ公園、藤原、白浜の仮設住宅

児童相談所では、ここの仮設も他と同様災害公営住宅に移った方が多くなり、久振りに顔を見せた方もありお互いの近況を確認し合っていました。その後もうすぐ1歳になるHちゃんが見え、その可愛さにみなさん癒されていました。お昼はきな粉餅を作って下さり、ごちそうになりました。午後からは依頼されたクラフトの籠作りをしながら、避難所生活でのことや被災直後の様子の話になりました。4年以上も同じ仮設に暮らしながらその時の話を今日までしていなかったことに少し驚きを感じました。

浄土ヶ浜では、到着するとすでに2名の方がサーモン君とみやこちゃん作成の作業にはいっていました。イベントが何回かあるそうで、そのために忙しそうに手を動かしていました。そのようなかボランティアに織り方の体験してみなさいと好きな色の糸をえらび、さおり織の体験をさせていただきました。作業の手を止めて教えていただき3名合作の織りを編むことができました。午後からは鍬ヶ崎の今昔のDVDをみせていただき、津波の破壊力をあらためて実感させられました。

あゆみ公園では、強い雨のため来る人が少ないのではないかと心配しましたが、まず2人がみえそのあとK夫妻が作りたての暖かい餃子を持ってきてくださいました。雰囲気がいっきに明るくなり皆さんでおいしく頂きました。震災当日のことも話題になりお一人の方はお孫さんの卒業式で盛岡に行っており、その帰りに道の駅で鍬ヶ崎は全滅との話を聞き信じられない中、途中まで行ったが通行止めで現実を知らされたとのことでした。

藤原では、今日も雨だったためどれだけの人が来てくれるのか心配でした。準備をしていると一人の方がきてくださって、今日はうどんを食べようと準備を手伝いました。また野菜がたくさんあるから取りに来てと言われ、自宅にうかがって頂きました。震災から4年半、やはり人間関係のいざこざはまだあまり消えないのだなと言う事を、お話しを聞いて感じました。その後テレビで常総市の洪水のニュースを見ながら津波の事を思い出すといっておられ、でも津波は引くけど、氾濫は止めない限り浸水が続くと心配されていました。

白浜では、オープン30分ほど前でしたがすでに3名の方が話をしながら待っていました。早速準備に取り掛かり10時には皆さんにコーヒーを提供できました。皆さん昨日からの茨城県の洪水の話をされ、同じ被災者として今後のことを心配されていました。その後、乗り合いバスの話になり、学生のマナーや親切にされたこと忘れ物をしたことなどを楽しそうに話されていました。ちなみのここ白浜から宮古までは片道500円とのことでした。若いボランティアに「また来てね、待ってるからね」と嬉しい言葉を頂きました。


2015年8月30日(日)~9月5日(土)

⇒今週のボランティアは3名から5名
⇒移動カフェ・・・愛宕小、西ケ丘、河南、きれまち、鍬ヶ崎小、実田の仮設住宅

愛宕小では、野菜が多く出回る時期になり、仮設の皆さんから頂いたゆうがお、カボチャ、なすび、それにボランティアの学生.が親から預かって来たとうきびを皆で食べ、いつもより楽しく語らいました。折り紙で羽ばたく鶴作り、新聞チラシでゴミ入れの制作に取り込んでいました。少し体の不自由な○さんも元気そうに来られていたので嬉しく思いました。

西ケ丘では、いつも明るく迎えてくれます。引っ越しをした方も来てくれています。学生さんは胡桃拾いに連れて行って貰いました。昨日と同じ様に折り紙、ゴミ入れ作りに挑戦。壁側に奇麗なバラが飾ってあったのでのお聞きすると、震災の年に仮設を訪ねてくれたボランテイアの方が、みなさんが癒されるならばと言ってその後4年間に渡って枯らす事がないよう送り続けてくれてとのこと。ホットな気持ちになりました。

河南では、やっと夏らしい日。コーヒーをおとすと香りに誘われてきたと、5人のお母さん達が談話室へこられました。近況を宮古弁で話されていたので丁重に傾聴に徹しました。お一人の方はご主人を「つなみで」、隣のご婦人も「娘を亡くしました」と。話題にしたことに対し「気にしないで下さい、こうして笑って過ごすことが弔いになるから」と話された。仮設の皆さんは大変な思いをして笑顔や努力をされている事を再認識しました。

きれまちでは、いつもお見えになる方が入院されているので一人が来られた。90歳を超えて大変お元気です。「結婚は早くしなさい」「夫婦喧嘩は子供のいる処ではするな」「なにもしないとボケるから働け」などと若者に話されました。自分は14歳で稼ぎに出されて「おしん」の様な生活だった。働いたお金は親へ自分は稼ぐだけだったが辛くなかったと語ってくれました。

鍬ヶ崎では、折り紙をはじめました。アサガオや、足のある鶴やさいころ、コマ等お互いに教え合いながら過ごしました。午後から隣の仮設の方が見えたのでトランプをすることに。ババ抜き、ジジ抜き、7並べ最後に大富豪。大富豪は初めてとのことで、娘にカリタスさんと大富豪と言うゲームをした事を報告すると言ってとても喜んでいただきました。

実田では、今日も4歳の子を中心に皆でその成長ぶりを楽しませていただきました。談話室で育ったと言っていいほどで本人も来る事を楽しみにしているようでした。平日は幼稚園に行っているのでカリタスカフェが土曜日にあたるとおばあさんと一緒にこられます。今日はお弁当とおやつ持参でこられ、皆さんに配ったり絵を描いたりして一所懸命に遊び満足して帰っていきました。いつも皆さんをなごませてくれています。


2015年8月23日(日)~29日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・中里、よっとでんせ、なかよし公園、二中、田鎖、清寿荘の仮設住宅

中里では、10時前に見えた方は転居された方で20分かけて歩いて来られたそうです。その後、9名の方が見えました。社協の担当者2名が見回り後、1時間ほど転居後の話をされた。転居された方が新しい方式に不慣れの為に予備知識を与えられていた。談話室の使用料が取られるので割り勘にしたり、共同で使用する所の掃除や分担金の話でした
今日はWさん持参の炊き込みご飯、Sさんのケーキ、そばと豪華でした。午後からは、戦後の食糧難、3,11直後の食べ物状況の苦労話でした。でも此処へ来てなんでも話せるので元気が出ると話されていました。そして今が幸せ、そして皆様からの支援が嬉しいと何度も言っておられた。中里の方々は鍬ヶ崎公営住宅に移られる方が多いのですが、工事が遅れ来年完成予定だそうです。

よっとでんせでは、順次8名がみえました。ここは水が出ないのでポットにお湯をいれてもって来て下さる方、スイカを1個もって来て下さる方、感謝の気持ちで一杯です。午前は折り紙、午後は手芸をされ 和やかな談笑がつづきました午前8名、午後は同じ方5名でした(仮設の方2名、地域の方6名でした)

なかよし公園では、常連さんを中心に8名と乳幼児1名が参加された。神戸から里帰りした9ケ月の乳幼児2名が一番人気でした。いろんな表情をして皆さんを楽しませてくれました。復興住宅の話題や健康の話しでは談話室に血圧計があり皆さんで測定をされていました。お一人の方が何度も測定しても血圧が少し高くて薬をのんでいるがこんなはずがないと数値が高く首を傾げていました。途中に一人の男性がこられてズボンの裾治しを縫製の先生の被災者の方が仮設住宅に帰られてすぐに直して持ってこられて感謝されていました。

第二中学校では、Nさんが待っておられました。13名の皆さんがこられて賑やかに話をしながらコーヒーを待っておられました。Nさんはいつもの様に温度計でお湯の温度を計りながらコーヒーを入れてくれました。普通のコーヒー豆は82度から85度で(茶色した豆)で落とす。黒い深みのある豆(黒褐色の豆)は90度から95度で落とすのだそうです。頂いたコーヒーは本当にうま味が出て美味しかったです。午後からは8名の方々でカラオケを歌い、青春時代を想い出して楽しく過しました。

田鎖では、午前中にお一人だけがこられました。午後から仮設を出られた親子が訪ねて来ました。復興住宅は3DKに住んでいるが、仮設では4年間も身を寄せ合って生活をしていたので、今も1部屋にかたまって寝ておられると言う。別々に寝るとゆっくり休めないと話してくれました。Hさん夫婦も午後からこられました。ご主人が足の土踏まずを化膿したので盛岡の医大病院に40日間入院するという。痛くて眠れないと話された。元気になって帰られる事を祈る。久振りに生協BrのFさん夫婦も来られました。

清寿荘では、いつも世話役をしてくださるOさんが健康診断で遅れてこられるというので津軽石小学校で移動検診車での検診なので終わる頃にお迎えに行った。Oさんは普段は既に自宅を新築されていてカリタスが訪問する時にタクシーに乗ってこられていますので本当に頭が下がります。皆さん揃った処で以前作っていた籠の完成品の評価をされていました。その後折り紙で鶴、羽ばたく鶴作り、ゴミ入れの制作に取り込んでおられました。いつもこられるおじいちゃんが肩揉みをしてほしいというのでお揉みしましたが依然より肩がほぐれている様に感じました。


2015年8月16日(日)~22日(土)

■ボランティアの方々はリピーターが多いせいか、仮設の方々となじんでいらっしゃって家族的雰囲気があり、再会を喜んでいらっしゃいます。
■お盆休みが明けて、17日から活動再開です。


⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ・・・藤原、崎山、荷竹、高浜、西ケ丘、赤前の仮設住宅

藤原では、以前から、蕎麦を食べたいと聞いていたので早速準備。公営住宅の建設が遅れ、来年2月の転居予定だそうです。ここにいる間は旅行は出来ないが、落ち着いたら北海道、沖縄に旅行したいと話し、以前より明るく希望を沢山持っておられたので安心しました。

崎山では、社協担当員がきて勧誘に廻ってくれたが4人しか在宅されていなかった。昼食に蕎麦を食して頂いた。小学校は今日が始業式。給食がなくお腹をすかして来た子達に蕎麦を出す。家族的な雰囲気が感じられ心が和みました。日焼けした健康そうな児でした。昼食にマンボウの刺身をいただいた、美味。仮設に住んでいて亡くなられた方の話をされていました。

荷竹では、この仮設はもう56世帯しか住んでいないと話された。9月か10月には公営住宅へ転居されるそうで、手芸品はもう作らないとも。社協担当者も2時まで滞在され公営住宅の状況やマイナンバー制度のことが話されました。ご高齢の方に足湯をし、散歩の足取りが軽くなったと話された。昼食にはお蕎麦。

高浜では、7名が来店。多くの方が転居され、いま来られる方はこれ位だそうです。折り紙の皿作りをボランティアさんから習い皆さん覚えられたようです。早めの昼食に蕎麦を食して頂きながら、足湯を3名が受けられた。11で奥深い悩みに近い話をされ最後はすっきりしたと呟いておられた。

さ・わカフェ(社協主催)のため13時に退室。社協開催のさ・わ(茶輪)カフェには社協2名、岩手生協2名、カリタス2名協力。14回目の開催で情報交換と仮設や復興公営住宅に住まいの方々の様子を共有し、社協も知らない事があったら知らせてほしいとの事でした。今後はボランティア同志協力しましょうと話しました。

西ケ丘では、女性6名、男性2名が来場された。田老産のそば粉が入手できたので賞味していただいたつるつるして、腰もあるが風味に欠けるとの評でした。8名の内、仮設に残っておられるのは2名で、この方も年内中に転居予定。西が丘は集約仮設になっているので、他の仮設から転居して来られるとおもいます。今日は皆さん久し振りに会われたのでおしゃべりと笑い声で盛上がりました

赤前では、今日はS社の弁当配布日なので蕎麦は遅くに用意しました。次々に見えコーヒーのおかわりはセルフで。足湯を午前4名、午後4名行い、12時より弁当、お茶、お菓子等が配られ40名以上の方が見えた。土曜日のせいか40歳前後の主婦が多かった様です。コーヒー、蕎麦を食された方は16名で賑わいました。赤前も12月には4,5世帯しか残らないと話されました。90数歳のおばあちゃんも元気です。


2015年8月9日(日)~8月15日(土)

<TOPICS>
■今週は12日からお盆休みのため、ボランティア活動もお休みです。17日から再開しますので、皆様のご協力をよろしくお願いします。

⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・あゆみ公園、白浜の仮設住宅

あゆみ公園では、仮設の中心だった〇さんは引っ越され、今日はお出でにならなかった。近くの仮設の方が孫の幼児2人を連れて来られ、その子らは絵本読み聞かせをおとなしく聞いていた。昼からは高校野球を見ているところへ、地元Vlrさんら2人が来て息子の野球部でのことナどの話題で盛り上がった。お手製のケーキはいつもどおり称賛された。世話人は午前中宿舎の床のワックスがけを行った。

白浜では、到着時すでに7人が集まってお話ししておられた。久振りの再会だったボランティアさんと懐かしい挨拶を交わされた。コヒー、お菓子、コーヒーゼリー、スイカを食べて頂き談笑。若いころの遊び、船に乗っての嫁入り、嫁ぎ後の大家族での暮らしや漁への従事などを話され、「思いで話はいいなー」と仰っていた。


2015年8月2日(日)~8月8日(土)

⇒今週のボランティアは2名~4名
⇒移動カフェ・・・鍬ヶ崎小、浄土ヶ浜、荷竹、実田、児童相談所、きれまちの仮設住宅

鍬ヶ崎小では、ベンチに座っていた男性3人をお誘いし、コーヒ-を飲んで頂いた。男性が入られたのは初めてと思う。ウニの話になり、北海道のウニはいい昆布を食べているので旨いんだとのこと。明日の口開けに備えた作業がある由で、15分ほどで5人の女性と交替。ウニは中身の入ったものを獲るのが腕とのこと。お盆のしきたりの話題になり、公営住宅に入ったらこれまでのように家の前で松を燃やすことも出来ない…いっそ様々なしきたりを止めたらいいとの声も出た。Vlr.が冷えたスイカを提供、とても喜ばれた。午後は例によって開店休業。

浄土ヶ浜では、3人が見えたが皆さん「暑い」を連発。コーヒーより冷たいジュースを好まれた。さをり織りマスコット作りに取り組まれ、自分の分担を黙々とこなしておられた。今日は中心となって引っ張っているSさんが不在で、「体調を崩したり仮設から出たりで徐々に作業をする人が減っており、何時まで続けられるのか…」との声もあった。休憩時間にお茶、スイカをお出しし、喜んでいただけた。

荷竹では、常連3人に加え、今夏一の暑さで、家にいるのは電気代もかかるからと誘われた1人が来られた。冷たいジュースで話をしているところへ、教会の伊藤さんが手作りのチーズケーキを持って来られたのでコーヒーを落とし、昼にはお握りを分け合った。お盆の墓参が話題になり、各自省略形で回数を減らしたり松を燃やす(松明かりと言う)のを止めたりしているそうだ。2年前に半懐の自宅を直して移って行かれたK夫妻が来られ、久しぶりの再会を喜びながら、近況報告からいつの間にか被災時の、年寄りを連れての避難の大変さなどが話された。残っていたスイカが喜ばれた。

実田では、住民は1人、元住民が2人、その他の方が2人お出でになった。昨日の劣らずの暑さで、皆さんタオルを首に巻いておられ、コーヒーの注文は1時間経ってからようやく。今のところは週に1回程度の顔合わせとのこと、畑仕事のこと、蛇が出たこと、振り込め詐欺にあいそうになった話、その断り方~宮古弁できっぱり言ってやる、病気のことなど様々な話題が時間一杯話された。

児童相談所では、常連さんの内の2人が予告なく復興住宅へ移られた、もう1人は体調を崩し現在の所在が分からない等、色々な異動があったそう。今日は盆の「七ケ日」と言うのだそうで、昔はこの日午後には仕事をせず7回水に浸かって(泳いで)は7回「はっとう」を食べる習わしだったとのこと。「はっとう」は小麦をこねて伸ばし、10㎝ほどに切ったものに小豆あんにたっぷりと絡めたもの。これをNさんが作って持参下さり、皆で頂いた。リーダーのNさんは住宅を建てるべく土地を探していること、ご主人の病状のことを皆に詳しく話され、その大変さを思い知った。集まる方々は互いを思いやり、楽しく過ごしておられる様子が一層印象深かった。

きれまちでは、いつもと同じH夫妻とKさんがお出でになった。Hさんは最近お祭りがあったそうで、おこわをたくさん持って来て下さり、大きな胡瓜に辛い味噌を付けたのとをお昼に頂いた。午後は高校野球をTVで観て一喜一憂、各自解説者・評論者となって楽しんだ。H氏の若いころの鉄橋屋としての働きの話も興味深かった。世話人は午前中、市立図書館の事業で震災関連の記録を残すとかの聞き取りを受けた。


2015年7月26日(日)~8月1日(土)

⇒今週のボランティアは2名~4名
⇒移動カフェ・・・愛宕小、なかよし公園、田鎖、高浜、河南の仮設住宅、鍬ヶ崎集会所

愛宕小では、この日は梅雨明け宣言された日で、朝から暑い日差しとなりました。早めに到着してエアコンを入れ、部屋を冷房していると、10時過ぎには次々と8人来て下さり、皆さんから「待ってたよ」との言葉を頂き本当にうれしい。ボランティアさんの手作りカステラが大好評でコーヒーにとても良く合うのか、コーヒーの「おかわり下さい」も次々と2杯3杯・・・。リーダー的存在のKさんがウクレレを弾いて、知っている歌を皆で歌う。またVrのMさんリードで「ふるさと」の手話を熱心に覚えてくれた。午後からはカリタスのカラオケセットで盛り上がり、時間いっぱいまで楽しい時間を過ごしました。

鍬ヶ崎集会所では、社協の到着遅れで、少しバタバタ。その上、コンロを持参するのを失念し、電気ポットとコーヒーメーカーを借用して何とか問題なく対応出来、ホットしました。高台に住んでいる仮設外の3名が来られ、ややしばらくして8か月のお孫さんを連れてきたUさん。あわせて8名の参加。赤ちゃんのおかげで終始和やかな雰囲気の中で談笑が続いた。談笑しながらの簡単な肩もみは、ふれあいの中で大切なことだと実感しました。お昼前に近くでお店の商売している仮設の男性が「コーヒーごちそうになります」と入って来られた。午後からも4名がこられ、ここではあまりしていないカラオケも楽しそうでした。帰り際にアワビを差し入れして下さりありがとうございます!

なかよし公園では、11時過ぎに鍬ヶ崎のUさんが見えて、電話でお仲間を呼び出して下さいました。お昼までに6名が揃い、刺繍の手芸をボランティアさんから手ほどきを受け、おしゃべりしながら楽しんで作業を続けておられた。昼食はU神父様お得意のスパゲッティを10人がテーブルを囲んでの会食となった。新鮮なサラダを添えたメニューに皆さん感謝感激!仮設住まいの方が一人もいなかったのが気になりましたが、暑い日差しの中、皆さん明るくお元気で集まって来られたのはうれしいことでした。

田鎖では、社協の方が見回りで「今日は、きれいな刺繍とパスタの昼食ですよ」と呼びかけして下さいました。早速、夏休みで日焼けした女の子を連れたお母さんが見えた。お昼前には6人が揃い社協の女性も残って熱心に刺繍に取り組んでいた。大盛りのシーフードパスタは大好評で、全員で食卓を囲み満足そうな笑顔いっぱいでした。仮設は27軒中13軒が残っているうち、8月以降復興住宅に移る方も多く、当面の関心は引越しに伴う様々な事柄が話の中心。仮設の備品関係の持ち出しは、従来禁止であったエアコンも作業費は自己負担で許可になっているとのことでした。

高浜では、時間前から早々に一人2人と来られ、6名の皆さんが興味を持ってリボンテープの刺繍に取り組んでいた。30度を超える暑さの中、仮設から出られた方は下の町の自宅から歩いて上って来たということですね。当初の予定通り、午後からは移動図書館の女性メンバー4人による紙芝居(愛染かつら)と映画(水戸黄門)が15時まで行われ、皆さんそれなりに楽しんでいる様子でした。

河南では、朝から強烈な暑さ。集会室の2台のエアコンを稼働させ、ようやく涼しくなりました。この仮設にしては少なめの7人が同時に来られ、早速リボン刺繍に挑戦。指導者の水上さんには次々と声が掛かるため、座る暇もない状態。住民の皆さんも、普段なら大声でしゃべり、笑い声が絶えないのだが、今日ばかりはひっそり、黙々でコーヒーもあまり売れないため、二人の世話人は手持無沙汰でした。今晩は八戸聖ウルスラ学院の先生1人と高校生3人が、明日の復興市営住宅でのボランティア活動(美味しいものとげーむの提供)に備えて一泊。夜遅くまで野菜切り等準備をしていた。


2015年7月19日(日)~7月25日(土)

<TOPICS>
■今週は7月23日(木)~25日(土)までの3日間は活動休止です。


⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・中里、藤原、赤前の仮設住宅

中里では、10時少し過ぎて最初にみえたのは佐原の公営住宅に移った2人が来られました。その後生協の販売車での買い物を済ませた方がポツポツと集まりました。
話題は作晩の佐原の火事の話からはじまりました。その後は公営住宅の住みごこちについて聞かれていました。5階に住んでいる方は眺めがよく、海も見えるし夜景もきれいとのことでした。お昼は仮設の皆さん帰られましたが、それ以外の3人の方と持参したおにぎりを一緒にいただきました。午後からは気温が上がってきたためクーラーをいれ、冷たいカルピスを飲んでいただきました。

藤原では、談話室につくとすでに一人に方が見えていて「今日はお昼においなりさんを作るので食べてね」と話され、つけ合わせに胡瓜の酢の物を作るのをお手伝いしました。「本当はもっとみんなで集まってわいわいおしゃべりをしながら作って食べるのがおいしいのだけど、みんな色々でなかなか来なくなって・・・」と。
ご近所の年配の男性が通りがかり声をかけられベランダの所に腰をかけてコーヒーを飲んでいかれました。御飯が炊きあがったところにお友達がやってきて一緒においなりさんをつくりいただきました。しばらくしてそのお友達のお孫さんと8ケ月のひ孫さんが見えられその可愛さに皆で目を細めました。

⇒赤前では、10時前に皆さんが集まりました。コーヒーを飲みながら宮古のお盆やお正月の風習についての話で盛り上がりました。特にお盆は1日4回のお供えやお墓参り等で大変忙しいようでした。午後から再度皆さんが集まりましたが、午前中の椅子よりは床のほうがゆっくりできるらしく座ったり、横になったりしていました。ボランテイアの方がストレッチを披露しみなさんも無理のないように一緒にしながらすごしました。


2015年7月12日(日)~7月18日(土)

<TOPICS>
■最近のカフェへの来訪者は、公営住宅へ移られた方の参加が目立つようになりました。「お久しぶり。お元気でしたか?」が最初の挨拶になっています。移転先では、なかなか話す機会がないようで皆さん熱心に歓談されている様子でした。


⇒今週のボランティアは3名から5名
⇒移動カフェ・・・清寿荘、崎山、荷竹、西ケ丘、二中、実田の仮設住宅

清寿荘では、今年一番の暑さ、社協の方がこられて入室後すぐにエアコンをいれる。籠作りメンバーの方々が話をしながら製作に取り掛かりました。強引な業者を退散させたかつての武勇伝をお聞きし、震災に負けない強さを感じました。

崎山では、気温がどんどん上がり暑くなりました。到着するとゴミステーションの掃除をしていた方がカフェにいらっしゃいました。昔話になり戦時中の大変さを話された。あの頃は食べ物がなくなど。それを思えば震災も乗り越えられると話してくれました。今日はウニ明け、採って来たウニを持ってきて下さいました。磯の香りがして大変美味しかったです。 感 謝

荷竹では、昨日の35℃と比べると低く感じられましたが、午後からは結構暑くなりました。いつもの方が見え、津波のことや自分の身内のことなど話をされました。その後、地元のボランティアさんと地元ならではの身近な話題。津軽石の公営住宅も9月には完成と言う事でこの4人の方はそちらに移られると言う事でした。ここは他の仮設と違い交通の便が悪いため移転後の来訪は難しいと思われます。

西ケ丘では、東京からの女性3人のボランティアによる手芸教室。前日は大槌で活動し、今朝宮古に到着し、活動後は釜石にもどり夜行バスで帰られるというハードなスケジュールをこなす元気な80歳2名(それぞれ膝と肩に障害をもちながら)と50代の方々でした。ハンカチを使ってかわいい壁掛けピエロやかぎ針編みのサマーバックを指導してくださいました。皆さんそれぞれ興味のあるほうに取り組みました。それぞれの出来上がりに満足して帰られました。

二中では、住民のみなさんから3.11当時の様子を聞く事ができましたが、いまでも思い出すと夜、眠れなくなることがあるそうです。明日神社のお祭りがあるようで皆さん楽しみにしていました。台風の影響がなければと心配していました。自分の笑顔と若さはボランティアの皆さんからいただいたとの話は印象的でした。

実田では、常連の方2人とそのお孫さんの3名の参加。すでに仮設は出られ、それぞれ改築後のもとの住宅と新築の家に住んでいますが、カリタスのカフェを楽しみにしているとの事でした。今日のボランティアさんは司法書士であったのでその事を知らせたら.早速少し相談したいことがあるとうことでお話しをされていました。小人数だったので持参したおにぎりを分けあいながらいただきました。


2015年7月5日(日)~7月11日(土)

<TOPICS>
■2ケ月振りの北三陸沿線の樹木が色濃くなり、津波で塩分を含んだ木々もしっかりと葉をつけ、自然の力を力強く感じさせてくれます。高規格道路も相当に整備され、国道もずいぶん走りやすくなったとの感想を頂きました。
また、その一方で、被災者の方々の心の痛みはどうなのでしょうと思いを巡らせていらっしゃいました。


⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・実田、あゆみ公園、児童相談所、きれまち、白浜、板屋の仮設住宅

実田では、.開店まもなく4人の方が来られた。仮設住宅に住んでいる方はお一人で、他の3人はカリタスが来ると言う事で訪ねて下さった様です。いつも来られているS君のおばぁちゃんが、S君が「ばばの馬鹿」と言ったが、「そのことば悪いことばだよ」とさとすと「わかったごめんなさい」とあやまったと言う。今の世の中、素直に謝らない大人が多いなと、とっさに思った。
皆さんで病院、復興住宅、健康等々の近況報告をされていました。昼にはささやかにおにぎりと漬物を食して頂きました。

あゆみ公園では、朝方、大船渡ベースから佐原ベースへT神父が案内して、6名が視察にお見えになりました。
今日は快晴で談話室は30度と非常に暑い日となりました。長町仮設から仮設住民を訪ねてお一人の方がこられ、その後、常連のK夫妻が「久振り」と談話室に見えた。いつもの様に冗談話をされて楽しく過ごされました。まもなくカリタスの幟をみて皆さんに会えるのでと言って入ってこられた人がいました。大変嬉しい気持になりました。
午後から2歳になったSちゃんとお母さんが来られた。ちょっとだけ人見知りをしていましたが元気になってアンパンマンの自動車に乗って上機嫌でした。

児童相談所では、.昨日と変わって涼しいより寒い位の天候となりました。
ここの談話室は、日常的にコミュ二ケーションが良く保たれている様に思いました。お互いに声を掛け合って思いやりの気持ちが伝わって来ます。来訪者も年齢が9ケ月の幼児から90代位のおじいちゃんといろいろです。明日も岩泉へブルベリーを採りに行く打ち合わせをしていました。お昼はMさんがラーメンを作ってくれました。談話室での一番の人気者はなんといってもFさんのひ孫Hちゃん(9ケ月)が、皆さんの気持ちを和ませてくれていました。

きれまちでは、10時になってもどなたもこられない。いつもこられるKばぁちゃんの仮設玄関スロープを修理中でしたので完成まで談話室にはこられないと思っていたら、11時近くに車に乗って仮設住宅に帰ってこられた。「歯医者さんに行って来た」との事。96歳?お元気です。帰りに着物のミニチヤを頂いた。10時半ごろHさん夫婦が車でこられた。M世話人の病状を心配されていた。昼にうどんを皆さんで頂いた。Hさんはいつもの鋭い切り口で豪快に笑いとばしておられました。

白浜では、到着するとN婦人が待っていらっしゃいました。開店時間と同時に皆さんが来られてテーブルを囲んで座りますが、場所が固定していて、いつも同じ様にお座りになります。早急にコーヒを落とす準備をしました。
昨日バス旅行があって盛岡、花巻、遠野と日帰り旅行を楽しまれてこられたとの事。今日はお疲れ休みでいつもより少なめの参加でした。今朝早朝に地震があり、震災の時を思い出し怖かった事を語りあっていました。

板屋では、どなたもお見えにならないので仮設廻りをすると、Sさんが布団を干しておられる最中でした。「カリタスですコーヒを飲みにいらして下さい」と伝えた。談話室へ戻るといつも来られるお2人がお見えになりました。その後Sさんもこられました。Sさんは入院で前回談話室こられませんでしたので心配をしておりました。病状はあまり良い状況ではない事を話されていましたが元気でいられる事を明日のミサで祈りたいと思います。
宮古市司法書士相談センターの税理士と司法書士6名の訪問がありました。住宅ローンの返済方法、生活や相続問題、住宅の補助相談等々を話していかれました。


2015年6月28日(日)~7月4日(土)

<TOPICS>
■29日には、日本全国のカトリック教会の第5回復興支援担当者全国会議のAコース視察の方々18名が宮古ベース視察からスタートして行きました。
■他市町村の復興の様子を調べましたら、宮古市が比較的早く復興が進んでいることが感じられました。朝夕に国道ですれ違うダンプカーは一層数を増したようです。


⇒今週のボランティアは1名から2名
⇒移動カフェ・・・田鎖、愛宕小、荷竹、河南、浄土ヶ浜、鍬ヶ崎小の仮設住宅

田鎖では、1030より、復興支援全国会議のAコース出発にあたり、世話人が30分ほど概況説明を行った。この間、教会信徒のS氏が一人で5人の来客に対応。手製のケーキが好評だった。1130からは二人で対応。2人はすでに復興住宅に転出しているが、カリタスには顔を出してくれた。その内のお1人がすっかりスマートになり見違えるほど。体型の話題、食べ物の話題、虫(ゴキブリ)の話題等々、様々な話題で談笑した。午後から隣仮設の夫妻が来られ、話題が更に膨らんだが、この方の口ぶりが怖いと訴える住人がいるため、社協職員がカフェに参加する事になったとのことで、午前一人午後二人が加わった。

愛宕小では、午前と午後で男性お一人が入れ替わったが、各7人が来られ、大きな声でおしゃべり。Fさんがとても老けて見えたが、皆さんの話でも痴呆が進んだ、奥さんがきちんと対応していない、デイサービスを利用させたいが本人が同意しない等々、話のタネになっていた。が、それだけ心配をしておられることが強く伝わってきた。本人はあまりしゃべらずニコニコしていた。リーダー役のKさんの取り仕切りが上手で、話が途切れない。被災時の瓦礫出しの大変さなどもそれぞれに思い出を話された。Vlr.はほとんど口出しできず、聞き役だった。

荷竹では、固定メンバーの3人が来られた。小さなストラップ作りも最近は来客(イベント)がないので持って行ってもらう事も出来ず、休止状態とのこと。Mさんは「仕事がない」と怒るそう。Vlr.所属教会のバザー用に40個の注文をしたところ、「明日から仕事だよ」と声掛けし、早速パーツ作りを始められた。Mさんへの対応に心配りをしていられる様子が判った。午前の1時間ほど研修医が社協職員に伴われて来たが、それぞれが病院の対応への不満を述べた後は専らMさんが身の上話を語られた。(これまでと違ってカフェを共に過ごすのではなく帰ってしまった)

河南では、これまで通りテーブルを2グループ分用意したところ、皆さんが横に長くし、6人ずつ対面して座られた。大きな声でのおしゃべりで半分の方は大笑いするがもう半分は話が遠くて比較的静かといった状況が続いた。体型の話で盛り上がり、ある方はこんなに笑ったのは久し振りだと言って喜んでいられた。札幌からのお菓子がとても美味しいと喜ばれた。Vlr.2人は今日もほとんど口出しできずに聞き役だったが、方言を聞き取れなかったこともその要因でもあった。

浄土ヶ浜では、3人の方がさをり織りに取り組み、2人は手を休めておしゃべり、自宅再建されたK氏がカリタスの車を見て坂を上って会いに来てくれ、H夫妻はブルベリー摘みの帰りにそれを土産に持参、Hさんの旧知の方がここの中心的存在のSさんのご主人とのことで初めてカフェ参加といった様々な方が集まり、楽しくお話しできた。宮古のキャラクター作りは少しの間中断中。イベントがあると売れるが日常的には沢山は売れないので、今はバッグなどを手がけておられた。それぞれが何らかの病を抱えており、通院のことなども話題であった。

鍬ヶ崎小では、開店直後に常連の3人が来られ、北海道の有名店のお菓子を楽しまれる。外を通った仮設外の知人に声をかけ2人が初参加。更に住民が2人来られた。一帯の再開発事業で日々変わる街並みに戸惑いつつもどんな風になるか楽しみだと話された。昨夜NHK地方版で放映された、公営住宅ないしは再建した自宅で孤独を深める人たちのことも「まるで都会のようだ」「おれたちもそうなるべか」と話題になった。「みそかりんとう」の袋を開けて「これはうまい」と、有名店に劣らず好評。昼になると皆さん丁寧なご挨拶をされて引き取られ、午後は開店休業。


2015年6月21日(日)~6月27日(土)

<TOPICS>
■宮古教会司祭間の屋根と外壁工事が終了し、一連の改修工事が終了した様子です。
■コンベンツァル会司祭が訪問して下さり、ギターと歌を披露して下さいました。感謝です。


⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・中里、なかよし公園、赤前、河南、高浜の仮設住宅、鍬ヶ崎集会所

中里では、10時オープンと同時に4名が見え、順次12名になりました。佐原公営住宅からも転居された方が歩いてこられた。昼に全員帰られたが午後から7名が再来場され、話題は病院の評判と医師の対応についてで色々と話された。転居の時期が近付いてきて、よくもこれだけの品物が有るのかと驚いておられた、もう何も要らないと話されていました。

鍬ヶ崎集会所では、誘い会ってくださったので7名が来場、折り紙をされYシャツの形をした爪楊枝入れを皆でされた。昼に全員帰られたが午後から新しい方を含め8名こられた。午後からも難しい駒作りに励まれた。ボランティアのIさんが指導し皆が出来て喜ばれた。来場された方は仮設の方と住民の方と半々との事でした。

なかよし公園では、社協担当者さんも同時に来られた。3列有る仮設住宅のうち2列の方が転居され、残り1列も4世帯となりました。仕事をされている方が午前中、休暇を取り参加。転居された方や他の仮設から会いに来られた方が半数を超えています。元の住民の方がおにぎりと煮物を持参され美味しく頂きました。久し振りに会った方が多くお互いの近況を楽しく語り合い、これからされる方の話題は住宅の事が中心です。

赤前では、揃ったところで折り紙をしました。Yシャツの形をした爪楊枝いれで時間がかかりましたが全員できました。お昼に帰れれる方なく午後からも折り紙で駒作りと紙飛行機に挑戦。真夏の様な気温で多くの方が眠くなり座布団を枕にして昼寝されました。仮設は熱く帰られる方おられず3時に退出しました。

河南では、以前はテーブル2組セットしていたのですが1組で足りるそうです、それでも9名が見えました 今日も折り紙を楽しんでいただきました 午前中に帰られる方がおられるので早めの昼食。自治会長が見え90世帯が50世帯弱に減った、年末には30世帯になる予想をされていました。住宅の話題で自宅を建設される方はライフライン工事が遅れ目途が立たないと話されました

高浜では、昨夜からの大雨で来場の心配しましたが順次8名がみえました。折り紙をお互いに教え合い楽しまれ昼食に蕎麦を食して頂きました。午後からはコンベンツァル会T司祭のギターと歌を披露。コンサートをされているだけに素晴らしく皆様よいしれておられました、花は咲く、や 美空ひばりの歌では聴きながら口ずさんでおられました。終了後、鍬ヶ崎と田老をご案内、夕方大槌町へ向かわれました。


2015年6月14日(日)~6月20日(土)

<TOPICS>
■公営住宅への入居が始まったとともに、宮古市では仮設住宅の集約(61ケ所⇒20ケ所)が発表されました。新たな生活をはじめた方、まだ待たなければならない方、まだ決められない方など、それぞれの方への寄り添いが必要となっています。


⇒今週のボランティアは1名から3名
⇒移動カフェ・・・児童相談所、清寿荘、荷竹、崎山、二中、実田の仮設住宅

児童相談所では、いつもにようにオープン前より来て準備をしてくれていました。月曜日恒例のSボランティアさんの手作りケーキを食べていただき、コーヒーを飲むのもそこそこにお昼の準備をしてくださいました。午後からは会長さんが地元ラジオのインタビューに出演し、皆さんは中でラジオを聴いていました。現在の仮設の状況や今後の課題などについて話されていました。

清寿荘では、鍵が開いていないと皆さん外で待っていました。一緒に社協さんが来るのを待っていました。今日は皆さんクラフトのかご作りに夢中のようでした。津軽石の先生の指導ではじめたようです。進んでいる方が遅れている方の手伝いをしながら、次回の講習日までに仕上げねばと、口と手を一所懸命動かしていました。

荷竹では、到着後間もなくいつもの2人が見えられ、もう一人の方はお昼ごろにこられました。奥さんを亡くした方が転居先から来られ、生前はこの仮設の花や野菜の手入れを熱心にしていたそうで、花をもらっていかれました。ある方はボランティアIさんに○○さんの娘さんではないですかと尋ね、昔の知り合いとわかり懐かしそうに話がはずんでいました。

崎山では、44軒の崎山仮設も春以降の公営住宅へ転居にともない、現在は56軒が残っている状態でした。そのような中、畑仕事帰りの方がみえてくれました。丁度社協の方2名もこられ一緒にコーヒーを飲んでいただきました。家が建つまではここに残らなければならないと話されていました。それでも昨日は4名の人が集まっておしゃべりをしていたとのことでした。

二中では、米国青年がボランティアでジャズピアノの演奏をしたいとのことで急遽今日の二中に入っていただくことになりました。声かけをして下さったようで多くの人が集まりました。開演近くには社協の職員さんもあつまり20名以上となりました。演奏もすばらしく休憩をはさんで約1時間半、日本の歌もとりいれ皆さん感動していました。昨年大学を卒業し、南三陸をベースにボランティア活動をしているとの事でした。

実田では、お互いにお久しぶりと声を掛け合っていました。3人のうち一人は5月に仮設をでてお一人で近くの公営住宅に住んだそう。公営住宅ではほとんど話す機会がなく、お昼まで3人で昔のことや、家族、友人のことなど話は尽きないようでした。午後、ある方が今日のカリタスさんは1人のようだと聞いてわざわざきていただきました。その後、男性の方もみえられ話をされていました。


2015年6月7日(日)~6月13日(土)

<TOPICS>
■6月9日・10日・11日の3日間、仮設訪問は休止させて頂きました。 ボランティア活動に今後も皆様のご協力をよろしくお願い致します。
■地元のラジオ局が、今日のカリタスの活動先を案内してくれています。感謝です。


⇒今週のボランティアは、1名から3名
⇒移動カフェ・・・あゆみ公園、白浜、板屋の仮設住宅

あゆみ公園では、宮古教会のお2人と一緒に活動に入りました。地元同士ならではの震災当時の生々しい模様や避難生活のつらさを話されていました。昼前には1歳半のお子さんを連れたお母さんを交えて幼児の無邪気な笑顔に癒されました。地元のラジオ番組でカリタスが訪問する仮設をお知らせしているとのことですが、嬉しい限りです。

白浜では、午後からのオープンでしたが着くとすでに数人の方が見え、早速準備にかかりました。13時には訪問者が8名となっていました。今日は世話人一人のためお手伝いの申し出もありましたが、何とか待たせることなくコーヒーを提供することができました。知り合いの消息などの情報を交換していました。ここにも都会にはない地域のつながりを感じることができました。

板屋では、女子サッカーカーワールドカップの日本の試合がやっており、前回の大会が丁度4年前の震災後であり、4年という歳月をあらためて感じさせられました。
いつもの方が見えられ前回訪問したボランティアに渡しそびれた手芸の品を届けてほしいと頼まれました。希望の公営住宅は選考から漏れたが、息子さんの所に身を寄せる予定とのことです。


2015年5月31日~6月6日(土)

⇒今週のボランティアは2名から3名
⇒移動カフェ・・・きれまち、浄土ヶ浜、荷竹、二中、実田、鍬ヶ崎の仮設住宅

きれまちでは、いつもの3人の方がこられ、ひさしぶりのW世話人との再会を喜んでおられた。午後からはペットの子犬をつれてこられた。宮古教会のSさん手作りのカステラをいただき、手製の補聴器をたしかめながら3時過ぎまでゆっくりとおだやかな時間を過ごし最後はいつものように窓から手を振って見送っていただいた。

浄土ヶ浜では、お一人で来た方は下の仮設から30分も歩いてこられた。仮設以外の方もいらした。さおり織のサーモンくんとみやこちゃんの制作に黙々ととりかかかっていた。毎日5~6人で手分けして制作していとのことですが、今日は通院日で集まりが少ないようでした。帰り際に作業の手を休めたところで、ふっと洩らした言葉「震災直後よりは今の方が大変です」「無我夢中で過ごしてきたころよりも、これから先の不安が沢山あるからね」が心に残りました。

荷竹では、10時の開店を待っていたように3人がみえ、同居していたお孫さんが結婚して仮設を出たことなどを嬉しそうに話された。普段の生活のなかで作り続けているストラップなどの作品を持って来て無償で提供してくれた。午後からあまり使っていないカラオケを試していたら、ぽつぽつと3人がみえたので、一緒にカラオケを楽しんだ。9月以降に完成予定の津軽石の復興アパートにみなさんが移る予定とのことであり、荷竹での活動見極めの時が近い様に感じた。

二中では、開店と同時に次々と13名の方が見えコーヒーのお代わりもあって忙しいスタートとなったが、みなさんの協力でスムースにカフェ提供ができました。お互いに近況を和気あいあいに語り合っていましたが、お昼前に帰って行かれた。午後からは4名の方が再度みえ、いわて教会の牧師さんと3名のボランティアの方と一緒に歌と紙芝居を楽しみました。この仮設の世話役さんがよく機能しているようで、いつも参加者も多く雰囲気もまとまりを感じさせます。

実田では、仮設居住者1名、転出者3名の方が来られた。震災の年に生まれたお孫さんはこの仮設で育てられたようなもので懐かしく、仮設を出てから2年以上経っている今もこうして集まりがある時は通って来ているとお話しされた。最近は、他の仮設と同様に転出者が目立つようになってきたようである。大槌から駆けつけたKさんの足湯と、彼女のユニークで温かみのある家庭と子育て方針の話で、大笑いし楽しい時間を過ごした。

鍬ヶ崎小では、集会室の掃除しているときに4人の方がみえた。しばらくすると隣の鍬ヶ崎仮設からも加わり元気な声で近況の話し合いが続いた。簡単なゲームをすると皆さん熱くなって楽しまれた。昼前に小学3年生の子が2人来たので招き入れ、少しの間皆さんと一緒に遊んで帰って行った。帰り際に社協の方がみえたので、仮設のゴミが溜まっていることを報告した。


2015年5月24日(日)~5月30日(土)

⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・中里、河南、高浜、二中、赤前の仮設住宅と鍬ヶ崎集会所

中里は、80戸を数えた大きな仮設だが、すでに3分の1の方は外へ出られたとの事です。ある方が、宮古から何処にも出たことがなく何も知らなかったが、震災後方々からボランティが来てくれ色々教えてもらったしコーヒーも初めて飲むことが出来た。お陰様で…としみじみおっしゃっていました。岩手臨床心理士会が教えてくれた折り紙を皆で折り、こうやって手を使ってボケ防止しなくちゃあと、おしゃべりも楽しんで過ごされた。公住に越された方ものぼりを見てコーヒーを飲みに立ち寄って下さった。

鍬ヶ崎集会所では、到着とほぼ同時に地域住民がお湯の入ったポットを持って来て下さった。下水設備がなく流しやトイレを使えないためです。近くの仮設の住人と自宅の方とが半々で見えたが、皆さん顔馴染みで楽しそうにおしゃべりが続いた。家並みが再開発ですっかり変わる街らしい話題が多かった。被災時に避難した学校が目の前にあり、水汲みや水洗トイレの水に苦労したことなども教えて下さった。お昼にはお二方から山菜の煮物、ツブの差し入れを頂戴した。

河南では、以前は20人を超える方が来られたが、今はいつもこの程度だという。ところどころに出てくる方言が理解出来ず聴き返す度に笑いながら意味を教えてくださった。4月にこの集会所で行われた「奏楽(そら)」による演奏会の感想を聞いたところ、「良かったあ」「また来て」とのこと。山菜の手料理を届けて下さった方があり、美味しく頂いた。午後はカラオケを使って皆で歌を歌い、輪になってのゲームに誘導して大笑いして終わりました。

高浜では、公住からの2人も来て下さり世間話。地鎮祭が終わった、誰それは分譲宅地が当たったらしい等。あるお母さんが、子の抱える問題を告げられたが、ゆっくり話を聞く時間がなく焦らず時間をかけようとだけ話した。その子は昼休みに談話室に来て40分ほど話をした。以前と違い成長と身長の伸びが見られ、進路希望も伝えてくれた。幼稚園児の子が顔を見せに来てくれたが中には入らず、こちらは“アイドル卒業”の成長を感じさせてくれました。

二中では、開店とほぼ同時に15人が見え、大きな声でのおしゃべりが始まり40分間程はコーヒー・お茶の提供に追われた。お菓子も良く売れ途中で追加。明日は田老のグリーンピアで老人会の演芸会(?)があるそうで、皆さん楽しみにしていられる様子。宮古の盆踊りについて尋ねたところ、皆で歌い、数人の方はそれに合わせて踊りを披露して下さった。「4月に訪問演奏に来た奏楽(そら)には是非秋にまた来てほしい」とのこと。終了後、3人のVlr.は浄土ヶ浜を見物に行き、貸し切り状態のバス運転手と楽しいやり取りがあったそう。

赤前では、今後の新たな住宅への転居見通しなどが話された。午後は4人だったが、被災後の2年くらいは(無我夢中で)何をしていただろうかといった話題から被災時の話しになり、流される人を目撃した高校生が突っ伏していたこと、自宅に入り込んだ瓦礫を出すことに必死だったこと、避難所の学校で食器洗いやトイレ掃除が大仕事だったこと、校長のリーダーシップ・配慮が適切で嬉しかったこと、仮設へ移る際には皆が支援物資の毛布などを奪い合う風だったこと、仮設に入ってホッとしたことなどを吐露された。皆、共感してお聴きした。


2015年5月18日(月)~5月23日(土)

<TOPICS>
■宮古湾沿いを走ると、コンクリートパイル打ち込みの機械や、大きなクレーンが何本も立ち並び、港や防波堤の修復が進んでいます。
■近い将来を見据えて、宮古教会の信徒によるカフェ活動の協力について話し合いを行いました。ご協力に感謝です。


⇒今週のボランティアは3名から4名
⇒移動カフェ・・・愛宕小、清寿荘、西ケ丘、崎山、荷竹、板屋の仮設住宅

愛宕小では、午前中8人の方が集まり、先日の地震のことから自然と被災時のことを思い出され、水汲みの大変さ、硬いお握りが喉を通らなかった、避難所先の学校長の四角四面な対応、市職員の非協力、“津波泥棒”の横行等々の不満が話された。また、癌だった夫が急変し病院へ行ったが冷たく対応されたことなども話された。午後は所用を終えたもう一人が参加し、住民5人とVlr.とでウクレレに合わせて歌ったり輪になっての軽いゲームに興じた。Sさんは深く感謝を表して下さり、先回りして車を見送って下さった。

清寿荘では、到着時すでに2人、やがて更に2人が見えた。3人のお年寄りは仮設入居前からの知り合いで、あの○さんは…、△さんは…と共通知人の噂話が延々と続いた。もう一人の若いお母さんは、作秋くも膜下出血で長期入院された方だが、世話人はちょうどその救急搬送日にこの仮設にいたことから、まだ軽い片マヒがあるものの無事だったことをとても嬉しく思った。一人の子は大震災のその日に生まれたこと、ベビー用品がなくて苦労したことなどを、あまり他人には話さないのだけれど、と語られた。午後は高齢の2人がこの地区に嫁に来た頃に意地悪い仕打ちを受けたこと、それに敢然と立ち向かったことなどを、様々な苦労話を交えてお話しになった。Vlr.はあまり口出しする暇なく耳を傾けた。

西ケ丘では、仮設を出られた方3人、元社協職員夫妻、さをり織りのO氏、岩手日報の記者1人、住民8人が利用された。手のオイルマッサージ、背中たたきは皆さん気持ちが良いと喜ばれた。さをり織りの作品を見せて頂き、一部買い上げさせていただいた。30代の男性住民が会社の昼休みにコーヒーを飲みに来て下さった。社対面だったが、出身の山田町のことなどをお話しされた。新聞記者は連載の住民登場記事の取材で、それに応えたKさんの、再開発による故郷の変貌に対する複雑な思いをお聞きした。
夕、浄土ヶ浜仮設から頼まれたゆるキャラのマーク等を届け、試行してもらうこととした。

崎山では、駐車場に車がなく、外のベンチ・仮屋根もなくなりシンとしている。仮設内を歩き、下肢障がいのある男性(74)がコーヒーを望まれたので出前。ホームヘルパーの助けで生活している、社協に通帳と印鑑を持って行かれ大金を盗まれた、この棟の住人にも盗まれた、裁判所に行かなければ…と妄想様の話が続いた。公営住宅が決定しているがいつ入れるのか?とも。集会室にはSさんが来られ、3月に義母を見送ったと知らされた。良くお話しをする方だったので残念に思った。畑仕事のこと、山菜のこと、熊のこと、住んでいた部落のきれいな風景などをゆったりと話された。昼にはアサリのみそ汁を頂戴し、持参したそうめんやイモもちを一緒に頂いた。集会所仲間の多くは市営住宅等に出られたが、する事がなくて淋しいらしいとの話だったので、カフェの際、希望があれば送迎するから集まろうと提案してもらうことにした。

荷竹では、仮設の世帯数が随分と減ったそう。他自治体からの派遣職員が住んでいたが、その多くも転居した由。常連だったK婦人は3月に急逝されたとのことで、昨日に続き悲しい情報に接した。残されたご主人は、丁度1年ほど前に誕生祝いをしたことを皆で思い出話ししたが、ご当人は新築住居に越されたそうでお会い出来なかった。初めてのVlr.には、いつものようにたくさんの手作りマスコットをくださった。お礼にストラップパーツをネットで注文しプレゼントした。が、3人も9月に完成予定の公営住宅に入居予定で、この活動も終わるかもしれないとのこと。それでもまだ来てくれますか?と問われ、必要とされるなら来ますと返答した。カリタスの時はおしゃべりしているが、普段は何もしゃべらずに黙々と針を動かしているのだとか…

板屋では、静かな仮設…駐車場には1台だけ。午前中は来客なし。午後になってSさんが始めてカフェに来るという方を連れて来られ、ほどなく男性も1人。体調が思わしくないこと、宮古市内の病院は混んでいるし腕がどうもといった話になる。公営住宅の話題になり、男性は田老の平屋がほぼ決まった、女性も近くに決まったようで、秋以降は増改築して子どもと同居予定のSさんだけが仮設に残ることになりそうだと、不安げだった。「カリタスさんはまだ来るの?」と問われたので、必要とされるうちは来るつもりと答えた。


2015年5月10日(日)~5月16日(土)

<TOPICS>
■13日に震度4、17日に震度3と余震とみられる地震が続きました。住民の方々は、携帯やTVに入る警報音が本当に嫌だとおっしゃっていました。
■公営住宅の家賃情報をもっと知りたいとの声や、入居したものの一人がさびしいとの声が聞かれます。
■フランシスコ会司祭が韓国からの司祭を含め9名が視察に訪問される。


⇒今週のボランティアは、2名から3名
⇒移動カフェ・・・高浜、田鎖、児童相談所、あゆみ公園、鍬ヶ崎、浄土ヶ浜の仮設住宅

高浜では、カリタスカレンダーを贈呈。気候の話などをしながらコーヒーを出した後は、肩マッサージ(午前二人、午後二人)を行いました。いつもSさんの肩こりがひどい。昼食は野菜たっぷりのかしわうどん。昼食後、腹ごなしと称して、笑いヨガを実施。とても乗りが良かったです。3時30分から15分間紙風船バレーボールを全員で実施。皆さん、積極的に参加し楽しそうでした。皆さん、汗をかなりかいていたので、最後に冷たいぶどうジュースを飲み、挨拶をし帰路につきました。

田鎖では、朝から社協職員2名来店、住民の皆さんと一緒に話をする。11時から昼食準備。今回はムール貝のスパゲッティ、岩泉町のホルモン鍋、キャベツ炒めとトマトでした。皆さん喜んでくれました食後、午前とは別の社協の二人が来ました。一緒に笑いヨガ実施。皆さんと大笑いしました。ヨガ終了後、社協の二人に質問がありました。「私たちは近内の復興住宅に入居したばかりであるが、近隣の状態がわからず、妙な住民もいて、不安で不安で仕方ない」「一度も社協の職員が来ず、見捨てられた感がする」と訴えた。職員は「これから行く計画を立てることになっている」と答えられたが「今が大変なのだ。先の計画では意味がない。」と要望されていたた。3時から社協主催の「宮古市生活復興支援センター連絡会議」があるため、2時に集会所を辞した。

児童相談所では、到着時、すでに住人の方がきて作業をされていた。まもなくもう一人が人参等の野菜をもって来られた、今日はカレーライスを作るとの事ぢした。午前中に3人の肩マッサージをする。昼となりカレーライス(辛めで美味しかった)と「しどけ」(山菜の王様とのこと)のおひたしで食事。食後、腹ごなしと称して「笑いヨガ」実施。汗をかいたので、岩泉町の冷たいヨーグルトと黄桃をいただく。300万円争奪じゃんけん大会と紙風船バレーボールを行う。皆さん笑いながらも必死であった。冷たいジュースを皆でいただく。この仮設は、お二人の方を中心に、お互いに気遣い助け合う等まとまっているとのこと。毎月定期的にイチゴ狩りなどの行事を行っているとのことです。カリタスや社協に対しては「十分にしてもらっており、なにも要望はない」とのこと。

あゆみ公園では、7人のうち住人は2人。他の1人は個人ボランティア、4人は退去者。公営住宅では一人で淋しいと同じ住宅の知人を誘って来られた方は、被災後精神のバランスを崩した経験から今の状況を不安がっていられた。歳を重ねるごと、新しい環境への順応には時間がかかるので焦らないようにと語りかけた。昼食はボランティア手作りの味噌ラーメン。皆さんお腹いっぱいとなり、腹ごなしの笑いヨガはノリがいまいちだったが、風船バレーは大いに楽しまれた様子。韓国のフランシスコ会の神父様たち9人が短時間視察に来訪された。

鍬ヶ崎小では、顔馴染みの5人が来られ、知人の消息話から発展して、名前が出てこないことから痴ほう症の不安などに発展しました。近しい方が急激に痴ほうを発症されたのを目の当たりにされた方は、いずれ自分が…と不安がられた。山菜採りに行かれた方の話から、その調理法、保存法なども話題となった。午後は所用を済まされたお1人が「顔を見たくて」と立ち寄って下さり、コーヒーを1杯飲んで行かれた。娘さんが札幌に居ることで共通の話が出来たSさんは公営住宅に移られたとのことで来られなかった。

浄土ヶ浜では、4人の方がさをり織りでご当地ゆるキャラマスコット作りに熱心に取り組んでおられた。ストラップにもなる程度の小さなものを試作中で、あれこれ研究し、貼りつけるマーク作りをカリタスが依頼された。作業を手分けして進めながらも楽しいおしゃべりも途切れない。他の方は別室で自分用の織りを楽しまれ、コーヒーを飲みにお寄りいただいたが、すぐに作業に戻られた。織りのグループの会長さんは公営住宅へ移られ、実質的には身を引かれたようだ。それぞれの関係に少々軋みが生じたようです。


2015年5月3日(日)~5月9日(土)

⇒今週のボランティアは4名から5名
⇒移動カフェ・・・なかよし公園、2中、鍬ヶ崎小、荷竹、実田、白浜、赤前の仮設住宅

なかよし公園では、「お昼はウニ丼」ということで、仮設のお二人が調理を始められ、他の方は手作りバッグや衣服やデザインなどの話で盛り上がっていました。函館のボランティアさんの指導で「折り染め」を開始、皆さん工夫し意表を突く作品をつくられたのには驚かされました。これらの様子を宮古市の委託を受け震災の記録をしている方が撮影していました。帰りには、皆さんが全員外へ出て、手を振り見送ってくれました。感謝です。

二中では、11名の方の参加でした。ひとしきりおしゃべりの後、折染め開始。皆さん興味を持ち、徐々にレベルを上げて行き、満足そうになさっていました。全員での昼食会となりました。昼食後、腹ごなしに「笑いヨガ」行い、皆さんは最初、ぎこちなかったが、徐々に慣れ、大笑いするようになりました。今日がボランティア初日であった札幌の女性3名も間もなく皆さんとお話しする等、馴染み、後で「ホッとした」と話されていました。

鍬ヶ崎小学校では、「折り染教室」から始まり、昼食は餃子定食、食後は「笑いヨガ」、ゲーム大会、昔の唱歌斉唱、カラオケを実施(少しやり過ぎか?)。最後にはお土産に餃子を持ち帰って頂いた。皆さん「今日は楽しかった」と言っておられました。札幌の三人組は動きも良くイベントにも積極的に参加し、ボランティア初体験でも楽しそうになさっていました。

荷竹では、挨拶、世間話、肩もみと進み、「折り染教室」を8名で実施し好評でした。昼食は餃子、そーめん。食後、笑いヨガ、じゃんけん大会を行い、風船バレーボールは91歳の方を含め積極的に参加し楽しそうでしたた。ボランティア4名に対し、数十個のアクセサリーを頂いた。「いつも食事等でお世話になっているのでお返しの意味を込めている」とのこと。感謝です。

実田では、コーヒーをお出しした後、折染め教室が始まりました。キツネうどんとキャベツ炒めで昼食。食後は笑いヨガ、風船バレーボール。皆で昔の唱歌・童謡を歌った後、カラオケを楽しみました。最後に実田仮設の重鎮である方の指導で手話付き「ふるさと」を歌い終了しました。皆さん、「今日は楽しかった」言い帰られた。

白浜では、10001200の午前中の開店。今日は午前中だけで、「開店時間を短くしてほしい」との要望が社協に対してあったためとのことです。到着早々「笑いヨガ」を実施。コーヒーを飲んだ後、「じゃんけん大会」、「風船バレーボール」を全員で行いました。皆さん熱心に笑いながら行い身体も熱くなっていたようでしたた。冷たい岩泉ヨーグルトと黄桃(大変好評)を食し、急いで片付けをし、次の仮設へ向かいました。

赤前では、13001500の午後の開店こちらも2時間の開店。「じゃんけん大会」、「風船バレーボール」を全員で行い、唱歌・童謡を歌った後、カラオケを歌い、3時過ぎに辞した。この間、男性が来店なさり、ご自分の病気のことを話し始められ、うんうんと聴きました。ご家族を津波で亡くされたことなど話をされた。この方の窮状は社協に連絡した。


2015年4月26日(日)~5月2日(土)

<TOPICS>
今週の前半は先週に続いて、札幌交響楽団演奏家のユニット「奏楽」のミニコンサートが、宮古教会や田老グリーンピア、河南仮設住宅で行われました。皆さん楽しんでおられました。

⇒今週のボランティアは4名から12名
⇒移動カフェ・・・河南、児童相談所、赤前、きれまち、愛宕小の仮設住宅と宮古教会、田老グリーンピア、鍬ヶ崎集会所

宮古教会では、教会の皆様のご協力により大勢の方々が来て下さり、白熱した演奏を聴き入っていらっしゃいました。アヴェ・マリア演奏時には聖堂で聴いている方々と演奏者が一体となり、音楽が私たちの心を一つにしてくださったように感じました。演奏が終わってから、司祭館でお昼をご馳走になり楽しいひと時を過ごすことができました、お客様から「次は知っている人に知らせてもっとたくさんの方に来て聴いて頂きたい」と話され、秋に再度宮古に来ることを約束しました。宮古教会の皆様に感謝です。

河南仮設では、12名の方々がいらっしゃいました。バイオリンを実際に触り、弾いて頂き喜んでおりました。演奏後、椅子に座っておしゃべりしていた皆様一緒に写真を撮り見送していただきました。手作りの人形まで一つずつ頂き帰途に着きました。

田老グリーンピアでは、10時になっても来場者少なくやきもきしましたが、表に出ている人を誘い何とか15名が来て下さいました。しかし、集客の様子とはうらはらに、アンコール2曲が終わった後も、まだ名残惜しそうにしていた方がおり、個人のリクエストにも応えて30分延長して12時まで演奏が続きました。

鍬ヶ崎集会所では、朝から夏の日差しで集会室にエアコンをいれました。午前中に8名の方がみえ、なごやかに談笑されておりました。自己紹介をかねて家族のお話しとなりました。午後からも和気あいあいに日常生活のお話しが続きました。カリタスから布生地を提供しましたが、5名の方が楽しそうにご覧になり大変喜んで持ち帰っていかれました。

児童相談所では、開店早々に6名の方がみえ、しばらくはお互いの近況についてのお話し合いでした。PPバンドを利用した編み籠の制作をボランティアに教えていただきました。昼前にはお爺さんも揃って、皆さんでカリタスの提供したお汁粉を食べ美味しいと喜んでいただきました。午後からも一緒に10人がテーブルを囲んでゲームに興じました。涙を流すほど大笑いの連続でとても楽しかったようです。

赤前では、時間どおりに8名が一緒に来られ、どなたも静かでゆったりとした雰囲気でした。社協の女性がみえ、最高齢のおばあちゃんにリクエストすると「恋の山田線」という、地元のしりとり歌を元気に歌い皆さんの拍手で盛り上がりました。お汁粉をとても喜んで頂き、社協の呼びかけでお昼には4名の方が駆け付け一緒に食し総数14名となりました。

きれまちでは、暑い日差しの中、11時頃いつものおばあさんが来て、お孫さん、曾孫さん合せて18人のことを楽しそうに、そしてなるほどと思わせるような話を聴かせてもらいました。ご夫妻が来て全員集合3人となり、午後からは函館から到着したTさんを迎えてさらににぎやかに過ごしました。明日から社協が連休に入るので、ボランティア5人揃ってご挨拶しました。

愛宕小では、誘い合わせたように7人がお見えになりました。カリタス訪問以外にも日常的に集会室に三々五々集まってお茶会しているとのことで、とても気軽にお話し合いが出来ているようです。新しい「折り染め」という技を指導してもらい、半紙を折って6食の染色に浸すと絞り模様のような作品が出来上がり、皆さん喜んで持ち帰りました。ウクレレ伴奏で「ふるさと」を手話付きで歌い楽しいひと時を過ごすことができました。


2015年4月19日(日)~4月25日(土)

<TOPICS>
■札幌交響楽団演奏家のユニット「奏楽」の集会所を回ってのミニコンサートが行われました。震災直後からの演奏活動で、住民の皆様の心を温かくして頂きました。いつも感謝です。


⇒今週のボランティアは2名から8名
⇒移動カフェ・・・中里、なかよし公園、西ケ丘、高浜、二中、河南の仮設住宅と鍬ヶ崎集会所

中里では、皆さんが続々と集まりコーヒーを落とすのもフル回転でした。それぞれでお話しをしていましたが、今日の集まったメンバーのうち6名程はすでに仮設を出られた方とのことでした。ほとんどが鍬ヶ崎の方々でしたが、鍬ヶ崎は区画整理と防潮堤建築の賛成、反対で復興が一番遅れているようでした。

なかよし公園では、今日はなかなか皆さんが集まりませんでした。2名の方がみえ、いつものメンバーに連絡をとって下さいましたが、風邪が流行っているようでこられないようでした。それでも午後から更に2名の方がみえ、お一人は朝からめまいがしていたが、カリタスの日なので来ましたということで本当に感謝です。

西ケ丘では、今日は昨日ようやく近くの公営住宅に引っ越しをした方がカリタスの日だという事で荷物の整理のほどほどに、先に引っ越しした方と一緒に来てくれました。皆さんから新居の様子を色々と質問攻めにあっていました。このあと4名の方5月に完成する西ケ丘の公営住宅へ移るそうです。全戸24のうち8名が西が丘の仮設の方ということで、知っている人が多いので安心とのことでした。

高浜では、コーヒーを落とした頃には6名が来所、午前中は男性も1名見え、今はあさり貝の最盛期で許可のない人もマスク、帽子は目深にかぶり取りに行っているとかの話題で盛り上がりました。午後からは5人の方に足湯をし気温は高いのですが皆様身体が温まると喜ばれました。皆様カリタスの来る日を心待ちにしていると言われ嬉しい気持になりました

二中では、今日は宮古港開港400周年記念日でパレードなど大きなイベントがあり来場が懸念されました。それでも順次12人が見えました。午後1時より奏楽の演奏会が開かれ近隣住民の方も含め16名が見え、中には涙をぬぐっておられる方もおられました。

鍬ヶ崎集会室では、奏楽の音楽家5名には、着替えする間もなく移動して頂きました。来場者がまばらで気を揉みましたが、途中入場も含め9名が見えました。皆様こんな少人数でもったいない、もっと大きな会場で演奏すればと話しておられ、楽器の説明にも聞き入って感動されている様子でした。

河南では、開場まえから集まって来られ皆さんがテーブルをセットされました。いつもは2グループに分かれるのですが今日は1テーブルで和気あいあい。金浜の土地の抽選が終り皆さん購入する様で行先はっきり決まり明るい表情でした。家屋の完成は来年にずれこむそう。今日はお茶いれ皆さんが手伝って下さいました。明日の奏楽の演奏会へんも来場をお願いしてきました。


2015年4月12日(日)~4月18日(土)

<TOPICS>
■仮設住宅への入居可能期間が2016年まで延長になったとの由。公営復興住宅の建設が遅れていることの証明でしょうか?
入居期間が延長の中でも、公営住宅の完成とともに仮設の方々は引越しされ、集会室に見える数が半減したところも出てきました。一方、移ったものの知り合いもなくカフェの日を聞いて見える方も多くなっています。公営住宅の集会室はまだ稼働してないようです。


⇒今週のボランティアは2名から4名
⇒移動カフェ・・・鍬ヶ崎、田鎖、荷竹、崎山、清寿荘、あゆみ公園の仮設住宅

⇒鍬ヶ崎では、
カフェ開店と同時に数名がこられその後7名になりました。コーヒーを飲み、すぐに星形の紙皿づくりに挑戦。忘れていた部分も「あっ、そうだった」といくつもの紙皿ができました。「星より桜の花に似ているね!」と手と口がよく動きます。午後からはバイヤス縫いのマフラーを作りました。鏡を見て満足な様子でした。

田鎖では、4月も中旬となり暖房の必要もはじめのうちだけになって来ました。ボランティアさんとの再会を喜びながら話がはずみました。社協の方も見えお昼はうどんをゆで皆さんと召し上がりました。今年の宮古の桜は「ウソ」という野鳥につぼみが食べられたとのことで可哀そうな木があちこちでみられます。

荷竹では、到着間もなくご高齢の方が来られ、ご自分の昔のことを話し始められました。おばあさんの話までて記憶におどろかされました。そのあと仮設を出られた男性がミシンを借りにみえ、あっという間に50㎝四方のふくろを縫い上げました。聞きますと昔船の帆を自分で縫っていたとのことで納得しました。

崎山では、大半の住民が引越しをされ数軒しか住んでいない状況となりました。鍬ヶ崎の宅地造成が済むと新築予定の方が堰を切ったように話し始めました。代々の土地を守るため流された所にもう一度帰るとのことでした。お昼を一緒にして足湯をして帰られました。その後数日前に公営住宅に移られた会長さんが書類のコピーをするためにみえ、公営住宅でも役を担わなければならないようでした。

清寿荘では、.皆さんが部屋を暖め湯を沸かして待っていてくれました。コーヒーを飲んで早々、古い着物地からバイヤス縫いのマフラー作りに挑戦していただきました。「短すぎた」「頭に入らない「似合うよ」と笑い声と共に何とか出来上がりました。お昼は持参したおにぎりとうどんをゆで召し上がっていただきました。2人は復興住宅に引っ越し予定という事でした。

あゆみ公園では、お世話役さんが連絡をしていたようで、いつもの方々が集まりました。今月から近くの公営住宅へ移られたが皆さんにカリタスの日ということを連絡してくれていました。こうやって集まって下さる事に感謝です。お昼も用意したうどを皆さんでいただきました。公営住宅にも集会室は有る様ですがまだ使用できないとのことでした。


2015年4月5日(日)~4月11日(土)

<TOPICS>
■あるボランティアの方が久しぶりに参加して、浄土ヶ浜・なかよし公園・愛宕の仮設住宅を訪問したが、自治会長さんが居なくなっても、代行の方が皆さんのお世話を目立たぬようになさっている様子が心に残ったとの事でした。
■カリタス全ベース会議では、今夏には、カリタス大槌ベースの声掛けで、子ども達のサマースクールを全ベース参加で行うことになったとの事です。要項がいずれ配布されることになろうかと思います。


⇒今週のボランティアは2名
⇒移動カフェ・・・浄土ヶ浜、愛宕小、なかよし公園、白浜、赤前、児童相談所、板屋の仮設住宅

浄土ケ浜では、久し振りに温かい日となりました。訪問したらすでにお一人の方がさをり織りをされていました。その後、5名がこられてコーヒーを飲みながら世間話で、先日、小山田トンネルの復興道路工事で落石があり一人が死亡したこと、1歳の幼児が父親の車に轢かれて亡くなった事などを話されていました。その後、さをり織りのみやこちゃん、サーモン君を織る人、綿を詰める人、袋にシール張りなど、手分けして黙々と作品造りをされていました。

愛宕小では、10時から15時まで絶えまなくおしゃべりや笑いが続きました。高齢の方が大切にされていたり、障がいを持った方を心配されたりが自然に行われ、温かい雰囲気を感じました。ボランティアのUさんが「宮古で一番美味しいスパゲテイ」を2種類作り皆さんに食べて頂きました。とても喜んで頂き、次回来る時は「すき焼き」を作ることを約束されました。 ウクレレを習った女性が弾く音楽に合わせて歌ったり尻取りゲームで女性陣がなかなか単語が出てこないが80代の障害のある男性からは単語が出てきて驚かされました。笑いとおしゃべりの時間の大切さを痛感しました。

なかよし公園では、11時位から皆さんが集つまり手芸品を一生懸命に作られていました。Uさんが自慢のスパゲッティ・カルボナーラを作ってくれました。大変美味しく皆さん喜んで食べておられました。それにデザートにケーキ.も準備して頂きました。午後から、市議会議員が無投票当選の話題となり政治のあり方、社会問題が話題となり、Sさんに選挙に立候補されたら?と大喝采でした。最後に甘酒をご馳走になりました。

白浜では、班長さんが迎えて下さいました。既に10名の方がお待ちでした。前回1月9日に伺っていましたので皆さん仲良く挨拶をさせて頂きました。それぞれに世間話しをされていました。隅でお一人話の輪に加わらない方がおられたので、声かけをしました。津波の後にご主人を亡くしたとの事、自分も骨粗鬆症で毎月病院へ通っているとの事でした。そばに杖がおかれていました。子供の声がしないのでお聞きしたら小学生が一人スクールバスで赤前まで通っていると話されました。子供の声が聞こえなくて淋しいと話された。午前中だけのカフェでしたので失礼して帰りました。

赤前は、午前中の白浜から引き続きなので、途中でおにぎりを食べて赤前へ向かいました。到着間もなく皆さんが来られました。前回お蕎麦をご馳走になり美味しかったですとお礼の言葉を頂きました。赤前という地名が珍しいのでお聞きしました。「昼前から夕方まで日が沈むまで良く日が差しこみ宮古湾が赤くなるから」「日が長く射すので赤前には朝から晩まで働かされるから嫁にだすな」「日が長いので食物が良く育ち収穫が多い」など諸説があるようです。 震災の話になってお一人の方が4年が経っても海を見るのがイヤ。海が奇麗と思う事が出来ない。実家の2階から見た真っ黒な大きな波がどうしても脳裏から離れないと悩みを話されていました。

児童相談所では、到着したらすでに2人の方が来られていました。大変寒い日でしたので助かりました。今日はお昼をご馳走して下さるとの事で準備をしていました。白ご飯、スブタと茎ワカメの炒め物、ふきの食感のようで柔らかく美味しかったです。食後のデザートも用意して頂き、りんごと楕円計の葡萄で皮も食べられる大変美味しかったです。90歳のおばあちゃんと86歳の病気知らずのおじいちゃんは元気そのものでした。午後から親子4世代の家族がこられました。6ケ月のひ孫さんが来てにっこり笑うと部屋の空気が一変に明るくなり希望に満たされました。

板屋では、以前からこられていたお2人がお見えになりました。人数が少なかった分、心のうちを話してくださいました。この仮設へ来た時、他の地域から来たので冷たくされて支援物資も頂けなかった。「よその地域の人にはあげられません」といわれたので「いりません」と言った事が「あの人はいらないといった」と話をねじまげられ仮設で孤立して夜も寝られない事があったこと、身内が5人亡くなった事などを涙ぐんで話されていました。昼にはごまご飯を持って来て御馳走してくれました。もうひと方は重茂から漁師に嫁ぎ息子さんも漁師をしていて鍬ヶ崎に家を新築中との事。いつ完成なのですかと聞くと「どうなんだか?出来たら連絡があるでしょう。私は息子にまかせていますので」と話されました。


2015年3月29日(日)~4月4日(土)

⇒今週のボランティアは2名から7名
⇒移動カフェ・・・西ケ丘、河南、きれまち、高浜、荷竹、実田の仮設住宅


西ケ丘では、4月に復興住宅に入居する方のお別れ会だった。計16名の参加となり会場は満杯。①足湯、続いて②藤女子高から「お花と野菜の種贈呈」(趣旨を説明し、高校生がメッセージを朗読。仮設の皆さんはとても喜び、受け取った)③昼食 ④笑いヨガ(盛り上がった)⑤懐かしの唱歌斉唱でした。
  こちらの仮設は、当初50世帯入居、現在は30世帯。今年はさらに10世帯くらい転居の予想。「転居後もこちらの仮設にときどき来る」と話す方もいる。

河南では、朝すぐに10名の方がこられコーヒー出し準備が大忙し。気温も最高気温22度になりました。笑いヨガ教室で腕を使っての振りつけで大笑いをして楽しみました。プレゼントされた花と野菜の種を学生のメッセージを読みながら、お母さん方が選んでおられました。唱歌を皆さんで合唱をし、のど自慢のカラオケと続きました。

きれまちでは、雨模様で朝方はどなたも来られませんでしたが、おばさんが室内犬を連れて来られました。常連の方がお見えになり風邪をこじらせ大変だったこと、糖×病の治療方法をあれこれ話し互いに気を付けましょうと交流をしました。テレビ観戦、高校野球の決勝戦北海道のチームを一生県命応援して下さいました。

高浜では、いつものお母さん方々がお見えになり加えてカリタスのコーヒーが美味しいので訪れてくれた方々がいました。嬉しく思いました。皆さん仲良く手芸品の子犬を作って展示してありました。今日は折り紙で地球儀を作っていました。お孫さんの話になり、仏壇で手を合わせて祈っているという。

荷竹では、おばさんが手芸品を作って待っていて下さいました。ここは手芸品作りが盛んで壁には沢山の作品が飾ってあります。フナッシー、あんぱんマン、くまもん、イチゴ、きのこ、カレー、今人気になってきたサーモン君と宮古ちゃん等が壁一杯に展示してあります。めずらしく家族3人でこられお話しを静かに聞かれましたが、合いの手をいれる暇もなく、純宮古弁で言葉の意味がわからず私たちもジーット傾聴させて頂いた。

実田では、腰が痛い足が痛い、脳梗塞で倒れたとか病気の話が中心。一人の方がお昼に来られて津波の時の話を具体的に話されて亡くなられた方の話を涙を流しながら語ってくれました。1132日生まれの子が震災時まだ病院に母親と入院中でしたので助かったとの事。その子は一段と逞しくなり、成長が楽しみです。